第2話 出会い

「なでなで~♪」


 もこもこ毛玉生物(仮)を撫で続けるピィ。

 その様子に癒されながら、改めて周囲を見回す。


「やっぱり異世界……なんだよな?」


 先ほど投げ捨てた光る網は跡形もなく消え去っており、防虫ネットの類でない事は明らかだ。


「それに……」


 空を見上げると太陽と2つの月が光っている。

 俺の知る限り、地球に月は1つだけ。


「ど、どうしよう」


 ピィを助けた時に転落死することは避けられたものの、もこもこ毛玉のような”モンスター”が出現する世界で、ピィを連れてどうやって生き延びればいいのか。


 なにしろ今の格好は、作業着に安全靴……転移前と同じ服装なのだ。


「……あの、お怪我はありませんか?」


「え?」


 その時、透き通るような女性の声が背後から聞こえてきた。


 ざっ


 草原をかき分け現れたのは一人の少女。


 年のころは16~17歳くらいだろうか。

 腰まである長い金髪が風に揺れている。

 すらりとした上半身を包むのはゲームの魔法使いが身に着けるような蒼色のボレロ。

 上品に羽織られたマントと相まって、深窓の令嬢のようなシルエットだ。


 だが彼女の大きな赤い瞳は好奇心たっぷりに見開かれており、きりりとした太眉と相まって活動的な印象を受ける。

 厚着な上半身と対照的に、白いショートパンツからすらりと伸びる脚は程よく日焼けしており、足元は走りやすそうな金属製のローファー。


(か、かわいい!)


 ゲームや漫画でも見ないレベルの美少女である。

 思わず顔が赤くなる。


「私の名前はモフィーティア・ソフティス。

 レヴィン王国で代々聖獣ブリーダーを務めるソフティス家の現当主です」


「そこにいる親聖獣を追っていたのですが捕獲魔術に失敗してしまい……大変なご迷惑をおかけしたこと、改めて謝罪いたします」


 モフィーティアと名乗った少女は深々と一礼する。


 レヴィン王国?

 聖獣ブリーダー?

 捕獲魔術?


 分からない単語ばかりで頭が混乱する。

 一つだけわかったのは、この少女がいいとこのお嬢様だろうという事だけ。


「よろしければ親聖獣を止めていただいたお礼と、傷の手当をさせて頂きたいのですが……。貴方のお名前は?」


 ゆっくりと顔を上げるモフィーティア。


 そういえば、光る網で両手をやけどしてたんだった。

 意識すると痛みがぶり返してくる。


 いや、それよりまずは自己紹介だ。

 異世界でのファーストコンタクト、第一印象が重要である。


 俺は精一杯のキメ顔を作ると、帽子を取り一礼する。


「山下鶏舎所属の柔 晴翔(やわら はると)です」

「ひよこ鑑定士をしています」


「……は?」


「へ?」


 ぽかんとした表情を浮かべるモフィーティア。

 やはり元の世界とここでは、色々と常識が異なるらしい。



 ***  ***


「えっ……ええええええええええっ!?

 聖獣に性別があるってどういう事!?」


 自己紹介を終えた後、モフィーティアは回復魔術(?)で俺のやけどを治療してくれた。ためらいがちに別の世界から転移してきたことを明かすと、あっさりと納得される。まれによくある事らしい。


 俺の世界のこと、ピィの事などを話しているうちに興奮して来たモフィーティアの口調はどんどんと砕けてきて。


 聖獣……俺が今もたれかかっているもふもふ毛玉生物のことに話が移った途端コレである。


「どういう事って……ほら」


 俺はもふもふ毛玉生物……ああもう長いな、コイツの名前は『けだま』にしよう。

 けだまの毛を掻き分けると、尻尾と思わしき部分の途中に2本の突起物が見える。


 おそらくこれがけだまの生殖器だ。


 がう?


 身じろぎするけだま。

 なんでそんなところを見るのと言いたそうだ。


「えーと、あの。

 これはオスの証というかなんというか」


 可憐な令嬢に対してストレートな表現をする事は憚られる。

 俺が言葉を濁していると……。


「あ~~~!!」


「それが聖獣のち○こなのね!!

聖獣ってスライム型だったりガーゴイルみたいに石で出来てたり個体によって姿がバラバラなのよ。そもそも精霊の集合体だから、雌雄の区別があるなんて発想自体が無かったのよねっ」


「……は~、思ったより小さいわねち○こ」


 デカい声でちん○と連呼するモフィーティア。


「…………」


 俺の配慮はいったい……こちらが赤面してしまう。


「これって大発見よ!!

 本当に凄いわハルト!!

 聖獣ブリーダーの歴史が変わるわよ!!」


 興奮して俺の両手を握ってくるモフィーティアだが、聖獣の知識がない俺には何が何やらである。


 そ、それより彼女の顔が近い。

 モフィーティアの頬は興奮で赤らんでおり、赤い両目は潤んでいる。


 超絶美少女に迫られた経験などない俺は先ほどから動悸が収まらない。


「まてよ? ならどうやって交配してるのかしら? このちん○を伸ばしてメスのま……」


 たたたたっ……どがっ!


 可憐な少女から一瞬でオタクっぽい顔になったモフィーティアが危険な単語を口走りそうになった時、どこからともなく走って来た少女がモフィーティアを蹴り飛ばす。


「……仮にも貴族でソフティス家当主ともあろう方が、殿方の前でち○こだのま○こだの口走らないでくださいっ!!」


「ぐはっ!?」


 豪快に吹っ飛んで、草むらに転がるモフィーティア。


「……えーっと」


 唐突な展開に頭が追い付かない。


「当家の変態当主が失礼いたしました。

 親聖獣を捕まえて頂いたお礼と、当主がしでかした様々な暴挙につきまして誠心誠意謝罪させて頂きますので、平にご容赦を」


 深々と一礼したのはメイド服を着た青髪の少女。

 なにより目立つのは頭頂部でピコピコと動くネコミミと、しゅるりと伸びた尻尾で。


「申し遅れました」


「わたくしソフティス家でお嬢様の介護人……もとい侍女を務めておりますマリンと申します」


 ネコミミ少女はそう名乗ると、もう一度深々と一礼したのだった。

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