転生ひよこ鑑定士のもふもふスタリオン ~俺氏、拾ったチート級モンスターを繁殖させうっかり世界の覇権を取ってしまう~

なっくる@【愛娘配信】書籍化

第1話 ひよこと異世界転移

「オス、メス……メス、オス」


 かごに入れられたひよこたちを選別していく。

 繊細で集中力のいる作業だ。


 ぴよぴよ


「うっ……!」


 つぶらな目で俺を見つめてくる黄色いモフモフ。

 卵を産めないオスは食肉用に選別するのだが……。


「……メス」


 思わず鶏卵用のかごに移してしまう。


「こら! 柔(やわら)!! 鶏卵用にオスが混じってるじゃねえか!!」


「す、すいません!!」


 柔 晴翔(やわら はると)もふもふ大好き31歳。

 今日も親方に怒鳴られるのであった。



 ***  ***


「はぁ……」


 鶏舎に隣接した休憩室でため息をつく。

 アラサー、一人暮らし、身寄り無し、貯金極少、高卒、趣味はゲームとぬいぐるみ集め。


 ないない尽くしの俺、なんとか難関と言われるひよこ鑑定士の資格を取ったのだが……。


「やっぱ慣れないなぁ」


 作業帽を脱ぎ、少し茶色ががった頭髪をかきむしる。

 鶏は経済動物とはいえ、どうしても私情を加えてしまう。

 なぜなら……。


「あの子は優秀だったのに……」


 俺はなんとなくではあるが、動物の心を感じ取ることができる。

 それだけじゃなくその子が持っている”才能”のような物が見えるのだ。


 農業高校の畜産科に通っていた時にこの力に気付いた俺は、嬉々として数少ない友人に話してしまい……電波だコイツやべぇとドン引きされ絶交を食らう。

 ……よく考えたらこの力を使えばもう少しいい所で働ける気もするが、当時のことがトラウマになっている俺はこの力の事を誰にも話したことはない。


「はぁ……」


 戻るか……そう思った俺の目の前を、1羽のひよこが横切っていく。


 ぴよぴよ


 鶏舎から逃げ出してしまったのかもしれない。

 そのままひよこは休憩室の外に出ていこうとする。


「こらこら、そっちは外だぞ?」


 休憩室は5階にあり、部屋の外にはおんぼろの外階段があるだけなので危険だ。

 俺はひよこを保護しようとソファーから腰を浮かせる。


 びゅう!


 次の瞬間突風が吹き、ひよこの身体が宙に浮いた。


「!! 危ない!!」


 慌てて俺はひよこに駆け寄り、何とか転落する前に捕まえることに成功するものの、勢い余って外階段の手すりにぶつかってしまう。


 ばきっ!


 次の瞬間手すりが折れ、俺の身体は空中に投げ出された。


「……え?」


 ま、まさかこんな所で俺の人生は終わりなのか?

 せめてこの子だけでも……。

 俺はとっさにひよこを胸に抱き、目をつぶった。


「……」

「…………」

「………………あれ?」


 いつまでたっても衝撃が来ない。

 恐る恐る目を開いた俺の目に飛び込んで来たのは、青空に浮かぶ二つの月だった。


「……はぁ!?」


 素っ頓狂な自分の声が、やけに大きく聞こえたのだった。



 ***  ***


 慌てて体を起こすと、周囲に広がっていたのは一面の草原。

 まるで北海道かオーストラリアのような、なだらかな丘陵地帯。


 ずしり


 それだけではなく、両腕に感じる確かな重み。


「ふにゃ?」


「……へ?」


 なぜか小さな女の子の声が聞こえ、俺は視線を下に落とす。


「えへへ」


 笑顔で俺を見上げていたのは、モフモフした黄色い髪を持つ小学校低学年くらいの少女。

 くりくりとした黒い瞳が愛らしい。


「……君はあのひよこ?」


 なぜかそんな確信があった。


「うんっ! ピィだよ!!

 助けてくれてありがとう!!」


 ピィと名乗った少女は、元気よく返事をする。


「ど、どういたしまして?」


 彼女を抱いたまま立ち上がる。

 どうやらひよこのピィを助けたはずみで、異世界転移モノのラノベのように別の世界に転移したらしい。


 正直信じられないが、鼻に感じる土の匂いは本物だ。


「ぎゅ~っ♪」


 もふもふ


 嬉しそうに抱きついてくるピィのぬくもりも本物にしか思えない。


「……一体ここはどこなんだ?」


 だが現実は、混乱する俺に考える暇すら与えてくれない。


 ガサガサッ


「…………は?」


 目の前の草むらを割って現れたのは、高さ3メートルほどの真っ白な毛玉。


「な、なんだコイツ!?」


 ウオオオオオオオオンッ!


 ガバァ!


 次の瞬間、毛玉の上半分がぱっくりと開き、真っ赤なあぎとが俺たちに向かって開かれた。



 ***  ***


「はあっ、はあっ!!」


 息も絶え絶えに草原を駆ける少女。

 数か月掛けて王国中を探索し、ようやく見つけた天然物の”親聖獣”。


「まさか、捕獲魔術を失敗するなんて……!」


 いざという時に失敗する自分に腹が立つ。

 だが「家」の再興のカギとなるあの個体を、このまま逃がすわけにはいかない。


「!!」


 なだらかに下る斜面の向こうに、逃げ出した聖獣を見つけたのだが……。


 大きく顎を開いた聖獣の前には、変わった格好をした青年と獣人族と思わしき少女がひとり。


「あああっ!?」


 自分のミスが最悪の結果をもたらそうとしている。

 止めなければ……でもあの個体を逃したら……!

 伸ばされた少女の右手は絶望に震えるのだった。



 ***  ***


「う~ん、変わった生物だな……しかもオスか」


「ほえ?」


 俺たちを飲み込まんとする真っ赤な顎を目の前にしても、俺はやけに落ち着いていた。


 なぜなら、このもこもこ毛玉は俺たちを食べるために襲って来たんじゃないと理解わかったから。


「何か気に障ることがあるのか……んっ?」


 もふもふの毛玉の中に、何か違和感を感じる。

 光る網のようなもの……ソイツがもこもこ毛玉の生殖器らしき部分に絡みつているのが、毛の隙間からわずかに見えた。


「!!」

「まってろ、すぐ取ってやる」


 オスとして、苛立つのは当然である。

 俺は躊躇なくもこもこ毛玉の下腹部(と言っても真ん丸だからよくわかんないけど)に両手を突っ込んだ。


 バチイッ!


「いててっ!?」


 その瞬間、感電したような痛みが両手を襲うが、手を離すわけにはいかない。


 ばりばりっ!


 思いっきり両腕を引き抜くと、バチバチと光る防虫ネットのような物体が現れた。


「なんだこりゃ?

 って、熱っ!」


 網に触れた部分がミミズ腫れのようになり痛む。

 俺は慌てて光る網を草むらに投げ捨てた。


 ぐるるる……きゅ~ん


 己を痛めつけていた光の網が取れたからか、目に見えてもこもこ毛玉の雰囲気が柔らかくなる(たぶん)。


 すりすり


 そのまま俺に頭(かどうかはよく分からないが)を擦り付けてくる。


「よかったね、もこもこさん!」


 もこもこ毛玉を撫でるピィ。


 がうっ♪


 この毛玉、なかなか可愛いな。

 それに手触りがモコモコで最高だ。


 きゅんきゅん♪


 優しく撫でてやると嬉しそうな鳴き声を聞かせてくれた。



 ***  ***


「は……?」


 その光景を見て、少女は呆然と立ち尽くす。


「暴走した親聖獣を……手懐けた?」


 通常のモンスターと違い、精霊の集合体である聖獣は孤高の存在であり人間に慣れることもない。暴走した聖獣を止めるのは至難の技であり、たいていがマナの供給を断って消滅させる事になる。


 なのにあの青年は……。


 何かとてつもないことが起きている。

 そう感じた少女はゆっくりと青年の元に近づいて行った。

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