「今度、うち来ない?」

「おう……突然だねぇ」

 私は、廊下で会った美魚に話しかけた。出会ってからもう三ヶ月くらい経っただろうか。私たちのセーラー服は長袖からすっかり半袖に変わりきっていた。

「その、そろそろテストだから、一緒にお勉強できたらな、って……」

「うん、そうだね。私もそらと一緒に勉強したいな」

「……ほんと!」

「ふふ、そらって分かりやすい」

 美魚がくすくすと笑う。ちょっと恥ずかしかったが、悪い気はしなかった。

「いつにしよっか」

「土曜日とか……あ、でも美魚は部活があるっけ」

「今週末はなかったはずだよ、たぶん大丈夫」

 美魚は弓道部に入っている。袴を着て弓を構える美魚の姿はまだ見たことがないが、きっととても似合うんだろうなと思う。

「じゃあ、学校前で集合して、私のおうちまで一緒に歩く感じでいいかな」

「うん、そうしようか」

「やったあ!」

 私が胸の前で両手を重ねると、美魚は嬉しそうににこにことしてくれた。

「じゃあ、土曜日はよろしくね」

「楽しみにしてるよ、そら」

「うん! 私も楽しみ」

 じゃあね、と私たちは手を振る。

 そこでチャイムが鳴った。


 * * *


 そうして約束の土曜日になった。楽しみで楽しみで、学校までの短い道のりが、いつもよりもあっという間に感じられた。ドキドキとワクワクで胸がいっぱいだ。今日はすっかり晴れてくれた。

「あ、美魚!」

 私服の美魚は初めて見たが、相変わらず綺麗だなあと思った。

「おはようそら。今日はいい天気だねぇ」

「うん! とっても嬉しい」

「さ、ご案内お願いします」

「うん、さあ行こうーっ」


 家に着いて、私たちは私の部屋で向かい合って勉強した。カッカッと鳴るペンで書く音が、部屋に二つ響く。変な感じがするが、顔を上げれば美魚がいるし、目線を落としても机には二人分の勉強道具が並んでいる。

「……なんか、友達って感じだ」

「感じ、じゃなくて友達でしょ?」

「……うん、そうだね」

 美魚は優しい顔をして頷いてくれる。これもなんだか友達って感じだ。嬉しい。


 * * *


 私が苦手な数学に難航していると、大きめな音でお腹が鳴った。

「あはは、こっちまで聞こえた。お腹空いたの?」

「うん……恥ずかしいや」

「そうだねえ、そろそろお昼かな?」

 そう言われて時計を見ると、確かに針は十二時頃を指している。

「お母さんがお昼用意してくれてるかも、ちょっと見てくるね」

「そんな、いいのに」

「遠慮しないでって」

 私はそう言いながら、部屋から出てお母さんを大声で呼ぶ。

「お母さあん」

「どうしたのそらー」

 返事が返ってきたのはダイニングからだった。

「そろそろお昼と思って……あ、作ってくれてる」

「もちろん。お友達も、お父さんも呼んできてちょうだい」

「はあい」

 私は部屋に戻る前にお父さんの部屋に声をかけ、それから自分の部屋へ戻った。

「美魚ー、やっぱりお母さん作ってくれてたから、食べに行こ」

「申し訳ないなあ、ありがとう。今行く」


「いただきまーす」

「いただきます」

 私たちは声を合わせてそう言い、カレーを一口頬張った。

「ん……、美味しい」

「良かったあ、お口に合ったようで何よりだわ」

「カレーなんて久々に食べました、とっても美味しいです」

「そらはどう? いつもとちょっと違う味にしてみたのよ」

「確かに、キーマカレーだし……ルー辛め?」

「そう、正解!」

「よく違い分かるね、すごい」

「へへん、よく食べてるから違いも分かるんだよ」

「さすがそら」

「ありがと美魚」

「ほら、早く食べちゃいなさいね二人とも」

「はーい」

 お母さんのカレーは美味しかった。美魚と食べたから、もっと美味しく感じた。


 部屋に戻ってから、三時くらいまで小休止しようかと美魚が言ってくれたので、私たちはベッドに座ってお話をすることにした。

「思えばもう今年も半分ですか」

「うん、あっという間だったね」

「というか私たち、クラス同じって訳じゃないのにこうやって一緒にいるんだね。変な感じ」

「まあ、きっかけは色々だよ。部活で仲良い子にクラスが違う子だってもちろんいるし」

「たしかに。あ、そうだ、弓道ってどんな感じなの?」

「弓道? 袴着て、弓構えて、こう……」

 と言いながら、美魚は立ち上がって、背筋をピンと張って、弓を引く姿を簡単にやってくれる。その視線は鋭利で、弓でなく視線に射止められてしまいそうに思われた。気迫と、洗練。そんな言葉が思いついた。

「こんな感じ」

 気迫が途切れる。いつもの柔らかい笑みの美魚が戻ってきた。息を吸う。そこで、気迫に呑まれて息を止めていたことに気づいた。

「……、かっっこよかったあ……!」

「はは、そんな言い方しなくても」

「めっちゃかっこよかったの!」

「ありがとうありがとう、でも落ち着いて」

「ご、ごめん」

「いいよ、とっても嬉しい」

 美魚は言いながら満面の笑みを浮かべてくれる。かっこいい美魚も素敵だが、私はやっぱりこうやって年相応に笑っている彼女の方が好きだ。


 それからまた二人で勉強を再開して、最終的に解散したのは午後五時頃だった。

「美魚、今日はありがとう……!」

「こちらこそありがと、楽しかったよ」

「うん! また明後日ね!」

「うん、じゃあね」

 よく晴れた夕方だった。


 次の日から、世の中は雨に包まれた。

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