変わらぬ花を

柄杓で掃除を済ませた墓の上から、水をゆっくりと黒貌がかけていた。



「毎年、律儀な事だな」「えぇ……」



エタナは、隣の墓石の上に腰掛けて頬杖をついていた。


「呼ぶか?」「俺だけそれをやってもらうのは、ずるいというモノです」


「そうか、まぁポイントは貰うがどうしても会いたかったら言うのだぞ」


そういうと、宙に空けた黒い穴によじ登って頭だけ出した状態になる。



「毎年、その花だな」「生前毎年どんなに貧乏でも、どんなに生活が辛くてもこれだけは送ってたんですよ。死んでからも、毎年墓に備えているんです。流石に今みたいに鉢植えがおくれるようになったのはエノちゃんの店長になってからですけどね。一本しか送れなかった時もあったし、生花が送れなくて紙で作っていた事もありました」


「箱舟の社員割の中には、花屋もあるからな」「農場フロアが頑張って下さるおかげで、こうして食料品が暴騰する段階でも箱舟の関係者だけは助かってます」


全て、あのクソ真面目な黄金のスライムとそのバカについていく連中の頑張りあってこそだ。


「全く、どうしてああも他者の為に頑張れるのか理解に苦しむ」

「貴女がそれをいいますか」「私が愛しているのはお前達だけさ」



優しく笑うエタナはどこか、寂しそうで。



「外へ売る気は無いんですか?」「それは、私が決める事ではない。魔国の三魔王とダストが、相談して決めるべき事だ」「そうですか、それはいう相手を間違えましたかね」


「しかし、この墓は凄いな。これほどきちんと掃除が行き届いて雑草もしっかりぬかれておって。死んだ後も、それだけの想いを忘れぬとは。良い母親だったのだな」


「貴女と違って、人は必ずいつか死ぬ。それは、俺もですよ。墓なんてのは生き残る方の心一つです。この墓だって、母の遺言が無ければもう少し良いものを買いたかったんですよね」


「ほう? お前の母親はお前に最後になんていったんだ?お前の口から聞きたい」


(力を使えば直ぐに判る事でも、なるべくこうして会話にしてやることが大事)


「こんな自分の墓立派にする位なら、貴方の貯金にしなさい。貴方は飲食店なのだから人気がなくなる事だって仕入れに困る事だってある……と」


しばし、三つの眼を同時に閉じて口の端だけ吊り上げてエタナが笑った。


「いい、母親だったのだな」「えぇ……」


(人気がなくなっても、私という寿命の無い常連が消えねば店は潰れはせぬし。材料の仕入れも銀行も私の配下だがそれは伝えなかったのだな)


「まさか、神様がしょっちゅう来るなんて言えませんでしょう?」「言っても構わんかったぞ、もちろんお前の母親にだけだが。人の記憶や噂など改竄してしまえば、残るのはお前の母親の頭にだけだ」


しばし、眼を閉じ黒貌は首を横に振る。


「貴女もうちの母親も、そういうやり方はお嫌いでしょう?」

「判るか」「付き合いは長いですから」



(メモリアルソルジャー:閃咆奏爛葬華吹雪(せんぽうそうらんそうかふぶき))



エタナが急に、左手を握りしめて。天へそれを突き上げ、頂点から力の奔流が溢れていく。


「これは、綺麗ですね」



「勝手についてきた私が、勝手にお前の母親に華をおくったに過ぎん」


「ありがとうございます」「よせ、勝手にやった事だ」



夕日に映る、全ての光がカーネーションの花びらへ変化し地面に落ちるとともに光の粒子に戻って消えて行く。それを、黒貌の母親の墓の周りだけに降らせていた。


「さて、帰り道に何処かに寄って帰ろうではないか。墓から何かついてきたとしても何処かに寄る事で厄は落ちるぞ」


「そうですね、貴女はそもそも厄という意味でも闇の王なのですから貴女より恐ろしい存在もそうそう無いでしょうが。一緒に来てくださったお礼という意味でなら、どこかに寄る意味もあるんじゃないですか?」


口をもにょもにょしながら、肩を震わせるエタナ。


二人で、手を繋いで墓を背にした時。


無言で、黒貌の母親の幽霊がてをふっていた。


(また、お盆に会おう)


声を出さず、念話でエタナが母親の幽霊にそう言うと。

黒貌の母親は、しっかり頷いた。



(幽霊になっても年を食っても、母親にとって子はいつまでも子というわけか)



「どうかしましたか?」「いんや、帰る途中による場所で何を頼もうか考えていただけだ」「そういっていつも、わらびもちとかしか食べないじゃないですか」「お前の作ってくれたものには劣るがそれでも好きなんだ」


黒貌が少し驚いたように、眼を見開くが直ぐに元に戻る。


「何か見えたか?」「いえ、エタナちゃんは光の花をふらせてくれただけですよね?」


「あぁ」「じゃぁ俺の見間違いです。失礼しました」


まだ、振り続ける光のカーネーション達をチラ見して首を振る。


「あれは、今日の夜十二時まで光って振り続けるよ」「相変わらず、凄い力ですね」


「そのくらいの事をやってやれないのなら、神を名乗るのは恥ずかしいだろうに」



「それで、何が見えた?」「死んだはずの母が、笑って立っていた様に見えました」

「なら、それはお前の心が見せた幻だ」「お前の弱った眼でそれが見えたのなら間違いなくどこかで喜んでいるのだろう。花ではなく、お前がここに来たことをな」


「神様がいうと説得力がありますね」「私は、神らしい事などしたくはないのだがな。世に万難あろうとも、働いたら負けだと思っている」



今度こそ二人で、墓に背を向けて帰っていく。

孫と祖父に見える、男が女神の手を引いて。


「きな粉を埋まるぐらいかけてもらいましょう」「そうだな、それがいい」

「前回みたいに、くしゃみで全部ぶちまけないようにして下さいね」「善処する」




(おしまい)

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