義理チョコ

ゆっくりと、街を歩いているのは男装も怪しい仮面もほっかむりもしていないクラウ。


つまり、美しい純白と金糸で編みこまれた法衣のクラウディアだ。



美しい所作と、美しい姿をしたそれは美形の多い魔族の街であってさえ目を引く。



(流石に、義理チョコ配るだけとは言え男の姿で配る訳にはいかないからな)



と本人はこの様に思っているが、毎年彼女が来ると「今日はバレンタインか」等と思い出す輩も多い。



黒貌がやっている孤児院やら、薬師ギルドやらに一通り義理チョコを毎年配る。


「最初なんか、女神と勘違いされたっけ~」


人間の国で信じられてる女神と、自分の姿が非常にそっくりな為いきなり全員が膝をついて拝みだしたのはマジでビビった。



ここで、読者側にだけネタばらしすると彼女に似ているのはある意味当然。地獄の日に大半の神やら大精霊やら邪神やらを滅殺した彼女の守護神エノは、「やっべぇ、神様根こそぎやっちまったら元々魔族みたいに自分が担当してる所以外どうすんだべさ」とか慌てふためいて「元々その予定だしフライング気味に、クラウディアを人間の神様って事で歴史や信仰ごと改竄しとけばいいんじゃね?」的な発想で改竄した結果だった。



※尚、当人であるクラウディアには何の説明もしてないし。了承もとっていないというがクラウディアも人間な為自分が人間の神そっくりだという認識になっている。



クラウディアは、自分の美しい輝く様な姿が好きではない。だから、普段は怪しい仮面をして男装をしている。



「ちっ、まぁ仕方ねぇ。チョコ配ってさっさと帰るか……」


滅多に甘いモノを食べられない、そんな孤児院等では黒貌が来る日やクラウディアが来る日を楽しみにしている子も多い。


「あの神様、権力も金もはいて捨てる程あるってのに。毎年毎回、子供にまじって並びやがって……。普段幼女だから、あいつにだけあげない訳にもいかないんだっつーの」


そういって、何とも言えない顔をしながら各所を周る。


「ついでに、病人や怪我人でも見とくか」


スラムや冒険者ギルド等もうろうろと歩いて、魔国の様子をみて苦笑した。



「モンスターが世界から居なくなっても、病人怪我人貧乏人は居なくならねぇか……」


街を歩く時、ふと汗だくで横を走る子供が眼に映る。

どうやら、子供は二人で何かを一生懸命売っている様だ。


「ごめんね、ちょっといいかな」


クラウディアの時の余所行きの、声の仕事の時に出すだけの声。


クラウディアに呼び止められた、子供達がクラウディアの前で止まる。

余りの美しさに、惚ける男の子の背中を女の子がふてくされてつねった。



「これは、何を売ってるの?」クラウディアが尋ねれば「果物さ」と少年が元気よく答えた。




「そう、じゃ全部貰える?」優しく陽だまりの様に微笑むクラウディア。


「え?!全部って金あるのかよ。ねーちゃん」


法衣の袖から、エノース金貨を大量に取り出して子供達に見える様に両手でそっと出した。


「すっげー、エノース金貨じゃんか!!」少年が大声で叫ぶ。



「私に、売って貰えるかしら。おつりは良いわ♪」


少年と少女は、商品をクラウディアからエノース金貨を受け取ると商品を渡した。



「ありがとう、そうそう今日はバレンタインだからこれ一つづつね」


そういって、義理用の板チョコを一枚づつ差し出した。


アイテムボックスに、全部の商品をいれてかごだけ返すとゆっくりとした所作で立ち上がる。


「おい、ねーちゃん!俺にも……」


一瞬で、路地に引き込んで胸倉をつかんだまま冒険者らしき男を壁ドンする。


「おぃ、誰がねーちゃんだゴラ」「てめぇ、銭ゲバかよ!!」「おぅ、こんな見た目だからいつも仮面してんだよ。判ったら、まわれ右して帰れ帰らなきゃ恥ずかしいカッコで転がすぞ」



冒険者であれば、絶対に聞き忘れない程の武勇伝を持つ銭ゲバクラウの声。


悪酔いしていた、冒険者の赤ら顔が一気に青ざめる。



素早く、道に戻ると再びにっこり優しく陽だまりの様に微笑んだクラウディア。



「またね」子供達が見えなくなるまで優しく手を振っていた。



その後で、くるりと後ろを向いて歩きながらさっき買った果物を一個袖から取り出した。


「外からとって来たばっかだな、子供なのに頑張るじゃないか」


まぁ、ウマくはねぇんだけどお菓子の材料にでもしちまうか。



「あんな子供でも頑張ってんだ、全くあんなクソみたいになるんじゃねぇぞ」


そんな事を言って、各所をうろうろして帰っていく。


だから、魔族の間ではこう言われている。


バレンタインは、人の神様が魔国に来る日だと。

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