小さな手


「おう、ウォル…今日はもうあがろうか」


そういって、ミズガーはいそいそと片付け始めた。


「ねぇ、じっちゃ。まだ、終わりには二時間もはやいよ」



ミズガーはにっこりと笑って、今日は良いんだ。今日だけはな、あのバカニートにも言ってあるしダストにも仲間達にもエルフ共にだって言ってある。



ウォルが首を傾げる様に、顔に?を浮かべた。



「今日だけは?」


「あぁ…、外見てみろ。雪がちらついてやがる、やっぱエアコンついてても工場は冷えていけねぇや」


そういって、紫煙を燻らせながら階段の手すりに手をかけて。


「ついてきな」



ミズガーの後をとことことついていくと、いつもの二階の事務所に二人で座る。



「今日はさ、ここじゃクリスマスって日なんだ。だから、俺は、今からチキンと酒を飲む。お前は、ジュースとまぁケーキは買ってあるが俺はケーキはよく知らねぇから適当に頼んだ」


「お祝い?ボクが前居たとこじゃお祝いなんて無かったよ?」


「ここじゃ、祝うんだよ。ほら、俺だけチキン食う訳にいかねぇんだ。なんか頼め、な?人間の世界とかじゃ、金払って忘年会やらクリスマス会やるらしいが。箱舟本店ってとこじゃ全部こういうのは本店持ちだからよ、なんか頼まねぇと損だぞ」



「じゃあ、野菜たっぷりのシチューとリンゴジュースがいい」


「相変わらず、ヘルシーなもんを好むんだな。お祝いなんだから、可愛くデコる位してもらえよ」


そういって、ニカっと笑う。


「ドワーフ流で悪いがよ、楽しく歌って。ウマいもん食って、酒か酒が飲めねぇ奴はドリンク頼んでさ。こうして、乾杯すんだよ」


そういって、酒がなみなみと入った木の樽ジョッキをそっとウォルがもっていたジュースのカップにこつんと当てた。



「楽しく?じっちゃといる時はいつも楽しいよ?」


瞬間、涙ぐむミヅガー。



「そうかい…、じゃこれも一枚引けや」


そういって、クジの箱をそっと差し出す。


「クジ…?」


「おう、俺のお手製のな。景品は、そこのテーブルに並んでるどれかだ」



拙い出来栄えの、割り箸が四本箱から飛び出しているクジをウォルの前に差し出す。



「じゃぁこれ」


恐る恐る一本引いたのを確認すると、ミヅガーは箱をぽいっと後ろになげやった。


「何番だ?」


「三番」


「じゃこれだな」


そういって、少し離れたテーブルから三番の景品であるマフラーをウォルがすわっている場所の横にそっと置いた。



「じっちゃ、これマフラー?」


ウォルがそっとそれをもちあげると、色々と回してみた。



「あぁ、こちとら女にモノやった事も無きゃ。子供が何喜ぶかも判んねぇし、結局悩んで悩んでめんどくせぇからクジになったって訳だ」



「ありがとう」


そういって、ふわりと笑うウォルに。


「ほら、クリスマスじゃプレゼントとこれがお決まりだからな」


そういって、紙で作ったデカい靴下にお菓子がパンパンにつまったものをマフラーの横に置いてからそっとウォルの頭を撫で「食おうぜ、御馳走が冷めちまう」



「ボクは用意してないよ、プレゼント」


そう言ったウォルにミヅガーが肩を竦め「そういうのは大人が子供にやるもんなんだよ。おめーが、大人になった時近くにいる子供にやってやんな」



そうやって、いい事やいい習慣ってのは積み上げていくもんだ。




そう言っていつもの位置にゆったりと座ると、テーブルの上にあったデカい樽につまったチキンを上から一本取り出してかぶりつく。



ウォルもそれを見て、野菜スティックを一本取り出すとソースをたっぷりつけ。


「いい事は、積み上げてけ……か」



しばらくは、二人の咀嚼音だけが事務所に響き渡る。



(ま、御馳走や酒は毎日食いたいなぁと思っちまうのはドワーフだからかね)


そんな事を思いながら、豪快にソーセージやベーコンに手を突っ込んで。


(プレゼントって、何をもらったかじゃなく誰からもらったかだよ)


そんな事を、思いながら口元だけで笑う。


「でも、ボクの居た世界の村には今日を生きるだけで精一杯で誰かに何かをあげたりご馳走食べたりなんて無かった。寒くて、冬は食料がずっと目減りして無くなる前に春がこないかと凍えて丸くなるばかり。春になるまでに、幾つもの家族が冷たくなって二度と眼をあけないのが普通だったんだ」



こんな事を、全員に出来る神様か…。



「ボクの居たとこには、なんであんなんだったのかな」


ふとそんな言葉が、口をつく。


「あぁ?決まってんじゃねぇか。神様ってのは、願いの数だけいるんだよ。生きてる俺らが誰に祈って、誰をののしるかってだけだ。この箱舟の連中だけじゃねぇ、魔国の唯一神も同じ神様だけどよ。祈るバカはいねぇよ、祈ったってどうにもならねぇのをみんな知ってるからな。ニートで引きこもりで、毎日働きたくないと床でじたばた虫がひっくり返ったみたいにして駄々こねてる奴に祈って何になるよ」



そういって、ミヅガーが苦笑した。


「だから、魔国や箱舟じゃみんな神様が居るとは知ってるが。誰も、祈ったりはしねぇのよ。外から来た奴は、未だにあのクソバカ働けって言ってるだろうけど」



ウォルが、ジュースの入ったカップを強く握りしめた。


「働け、クソバカってじっちゃは人に言うなっていつもいうよ?」


「そうだ、人は神様とは違って壊れやすいし。何より、簡単に年取るからドワーフやエルフみたいな寿命もしてない訳よ。だから、誰に対しても極力労ってやんなと俺は言ったぜ?そういう、台詞は神様相手の時だけだ。あいつらは、もうちょっとまともに働けってな」


そういって、にかっと笑う。


「じっちゃ、それだと余計に働きたくないってすねるよ」


そういって、にっこりウォルも笑った。


「いいんだよ、ここじゃ神様が働かない分。金饅頭や生きてる俺達が、死ぬほど頑張るからな」


「じっちゃ、それだと金饅頭さん達が働きたくないって言ったらどうするの?」


「金饅頭は、働く事が呼吸と変わらねぇ。ウォルのとこには金饅頭が居なかったから、皆で苦労した。それだけの話だろ?。だからさ、魔国や箱舟には感謝はあっても祈りはねぇんだよ」



饅頭達には感謝しなきゃな、おかげで毎日温かく美味しいごはんが食べられますって。


「うん、じっちゃとお饅頭さんにはボクはいつも感謝してる」



「そうかい、だけじゃ無く色んな奴がいるがいいと思う奴に感謝を忘れちゃいけねぇよ」


二人だけの小さなクリスマス、だけどウォルにとってはこれが初めてのクリスマスだった。


窓の外にちらつく、小さな雪がきらきらと。



「外が寒い分、心位温かくしねぇとな」そう言って、ミヅガーが笑った。

「そうだね」とウォルも笑顔で頷いた。

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