やっちまった列伝


※これはゲドの若い頃の話



薄暗い部屋で画面を見つめ、十六進数のテーブルとバイオスと目線を動かしながらゲドが唸る。



「これ、どこ見てやがんだ…」


「ゲド先輩どうしたんすか?」


「あぁ…、これだよ。本当は、値を二百に設定して二百で処理するはずが四になってんだ」


動作している、各所にブレークポイントをしかけながら一つ一つを丁寧に確認するが動作自体はうまくいってるので滑らかにコードが走っていく。



「綺麗なもんじゃないすか、これ何がまずいんです?」



「後輩ちゃんに判りやすく言うと、お前が綺麗なおねーちゃんの店にいって一杯酒頼んだら本来二百取られて。払えなけりゃ今日は無料でいいわよってのが本来の動作なんだがよ」


後輩は一つ頷く、ゲドはコーヒーをあおる様に飲む。


「優良店じゃねぇっすか」


「ねぇよ、そんなもんあったら教えろ。バカタレが、俺だって行くわ」



「ところがこいつは、酒が一杯四取られる仕様になってんだよ」


「それ、安くなってるって事っすか?」


「だけなら、俺もこのままスルーしてゲームだから出しちまうがこれはそのまま出せねぇ訳があるのよ」



ごくりと、唾を飲み込む音が部屋に聞こえた。



「こいつは、特定の条件を満たすと請求書の金額が四、五十万請求してくる」



「は?」


「つまり、同じ店に行って同じ酒頼んでこわーいオジサンがチャカとかパイナップル沢山でやって来るようになっちまってる訳だな」



「ぃ~」


「本来は二百、ルーチンもメニュー表もテーブルにも不備はねぇ。だから、困り果ててるってこった」



「あれ?先輩ここ見て下さいよ、この十六進数おかしくねっすか」


「何処だよ…、指さしてくれ」



「ここっすよ、先輩が二百で出せってメニューに書いてるのにメニュー見に行かないでこっちの全然関係ないとこ見てるんじゃないですか」


「あぁ~?ホントだよ…。これ一時ライブラリ見てるわ」


「先輩良かったっすね、ここをメニュー見る様に直せば多分なおりますよ」


「後輩ちゃんナイス、しっかし誰がこんなしょうもないスカタンみたいな事やってんだ。これ、チェックで出たからいい様なものの笑いもんのさらしもんじゃねぇか」



いそいそと、担当場所や履歴などのデータベースを調べ始める。


そこで、急に祈る様なポーズで真顔になるゲド…。



「ゲド先輩、誰がやったか見つかったんすか!」


「これ、俺だ。八年前の、俺が担当したとこだ…」


「マジっすか、じゃ誰も怒れないっすね。つか、よく八年も誰にも見つからずに通りましたね」



「流石に、過去の自分の尻ぬぐいじゃやるしかねぇよな。つか、後輩ちゃんに見つけて貰わなきゃ未だに判んなかった訳だし」



「これ、十六進数が読めてかつマップテーブルに何が入ってるか判ってて。更に、変化した瞬間をブレーク出来なきゃ見つけられるわけねぇっすよ。偶然って、あるもんですねぇ」



「多分、打ち間違えてるのにたまたま正常動作で通っちまってルーチンに渡せてねぇのに解答が出ちまってしかも解答に間違いがねぇから計算式の不備に気がつけなかった受験生のそれですよ」



「儚く、眩しい朝日を浴びてしくじったか」



そういうと、何とも言えない顔をして二人で笑う。



「つか、安心しましたよ。先輩でもこんなしょうもない事やるんすね」



「アホぬかせ、見えてねぇだけで幾つアホやってるかわかりゃしねぇよ。俺もお前もな、見えないもん作ってんだから」



「そりゃそうっすね…、だからこのデバックの作業は不可欠である割に作った奴の恥をさらす選手権みたいなもん」




(なぁ、後輩ちゃん…)


人にゃ限界がある、だから例え非効率でも分業して一工程を極める。

極めて、極め抜いて。だからこそ、完成品は世界に轟くんだよ。



何もかも、みんなそうだろうが。


会社は多能工が欲しい、一人でやらせりゃコスパはいいからな。

そいつが安く使えりゃ言う事はねぇ、そう言う奴が奴隷やってくれりゃいう事はねぇ。



「だが、それで品質は作れねぇんだよ。だから、何百人何千人という屍がいるんだからよ。それが人の限界だ」


てめぇの都合ばかり言って、心のコスパっての軽視してる。コストパフォーマンスが判ってねぇ三流経営者なんてニートと変わらねぇごくつぶしだろ。



(親に寄生してるか、社会に寄生してるかの違いしかねぇ)



「世界に轟く品質は、世界に轟く拘りと魂から出来てんだ」



「先輩、それいつも呪文みたいに言ってますよね」



「人は苦しい時こそ、頭抱えて死にそうな時ほど本音がでるんだよ後輩ちゃん。俺は今、過去の自分の赤っ恥で死にそうだからな」



その台詞に、コーヒー淹れてきますよと背中を向けた。


「先輩、それ死にそうになる度に言ってるとしたら。毎日言ってますよ?」



「こちとら、毎日死にそうですが何か」



「そうっすね、先輩大体笑ってるか頭抱えてるかっすもん」


はい、どうぞと紙コップで渡されたコーヒーに口をつける。



「あぁ…、わりぃ」


「そういや、後輩ちゃん自分の仕事は?」


「今日の分は終わって、シャワー浴びて帰ろうとしたら面白いもんが見えたんで見物してたっすよ」


「道理で、不釣り合いないい匂いがすると思ったわ」


「それ、セクハラっすよ」


「手厳しぃ世の中になったねぇ…」


「まぁ、先輩のとこはずっと煙草の匂いしかしてないから。煙草以外の匂いがしたら大体いい匂いでしょうけど」



ゲドがコードをなおし終えて保存すると、肩を僅かに竦めた。


「ちげぇねぇ、大体俺んとこは視界霞むぐらい白い煙が充満してっからな」


「打ち間違えたのって、画面も見えてなかったんじゃないっすか」


ふと、真顔にゲドがなると。



「ありえるわ~、それが一番ありえそうで嫌だわ」



そういって、二人で笑う。


「早く帰れよ、雪乃」そういって、画面に再び向かうゲド。



「アホやるような先輩に、新しい仕事ふられたくないっすからね。ちゃんと帰るっすよ」


そういって、雪乃が出ていった。



「拘っても、極めても道半ばってな」



(なぁ…、後輩ちゃん)


「しっかし、どうやったらこんな下手くそにやれるんだか…」


かといって、時間がそれを許しちゃくれねぇし。これをなおしたら別ん所でコケるんだろ、知ってるよだってしょっちゅうだからな。


「現実は、妥協の連続だよなぁ。見えないものを作って、見えない想い気にしてさ



そういうと、オイルライターをパチリと閉じた。



「新しい仕事なんか、ふらねぇよ。特に、てめぇみたいな見込みのある奴は生き残ってもらわなきゃいけねぇからな」



勉強させて、成長させておめーも失敗して良いんだぜって笑いあえるぐらいじゃなきゃ。



(くたばるまでは、俺がやっとくさ…)



「まっ、くたばったら後は頼むわ」


そういって、おどけては自分を鼓舞して画面に向かった。

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