ボトルシップ

※第五十四幕の蓬莱 渚の話。


私は渚、蓬莱 渚。


今でこそ、スチュームで同時接続数六十万以上を誇るお化けチャンネルの個人勢だけど。私だって、最初から売れてた訳じゃない。


最初は3000リィラ位のやっすいヘッドセットでやってたし、切り抜きや受けやすいゲーム等で先に検索されやすい状況を作ったりしてた。


私が始めた頃はスチュームなんて、お子様が見るもので他のゲラゲラとかの動画サイトの方がぶいぶい言わせてたくらいよ。


当然、サムネイルや切り抜きだって自作だし。ソフト代もただじゃ無ければ、動かす用のキャラクターも当然セルフで作ってたわ。


クリスマス用の新衣装を、春か下手したら去年の夏から作り始めてなんてザラで出来の悪い自作の服を着て歩いているような恥ずかしさもあった。


今みたいに、音源も無料のが転がってる訳じゃないから自作して。

気がついたら下手なクリエイターよりも、複数出来るようになってた。


まぁ、本職と比べたら出来はお察しだし時間もかかるけどね。


この時間がかかるってのが思いのほか曲者で、貧乏してた時は仮想マシンも貧弱でいきなりフリーズして長い時間の作業がパーになったり。貧乏アパートの隣人が無茶な電気の使い方してブレーカーごと落ちたり、そもそもエアコンがなくて部屋の真ん中で人にはお見せ出来ないような格好で自分の汗のにおいと戦いながら。


熱暴走で落ちないで~って祈りながら、毎年作業もしてたくらいだし。


そんなこんなで自分の食費も遊ぶ費用も削りに削って、色んな事を考えたり企画したりやってきた。


まぁ、たまにこれが私の今日の朝ごはんだ!どやぁって写真を上げた時麦茶で草とかヤラセ扱いもされたんだけど。


(当時の私にとっちゃ、麦茶いっぱいの朝ごはんでも相当背伸びしてたんだっつーの)


という怒りを飲み込んで、ドヤぁしてたわね。

毎日貧乏しながら、こつこつとサムネ作って切り抜きあげて。

スケジュール出せとか言われた時は、キレそうになりながらそれっぽいものをでっち上げてそれを今でもテンプレで使っている。


言いたい放題言われた事も、一度や二度じゃないしトラブルなんて日常茶飯事。


現実?毎日やっすい時給でバイトして、その中から配信機材とかソフトを少しづつ買ってたわよ。


生活しながらだと、一つ何か買うのに半年とか一年とか下手したらもっとかかるもの。


未だと、編集や新作のモデルなんかも作って売ってるから昔ほどはきつくないけど。

役者も声優もスチューマーも、人気商売は認知されてない時は本当の極貧生活なのよねぇ。


貧乏してると、知識が偏るし。それしか話せないと、飽きられやすい。

私は雑談をやるから特にそう、最初は人気がないからコメント欄に誰もいなくて独り言。壁に笑顔で話す練習をする為に、画面の横にデカいぬいぐるみを置いてた事もあったわね。


「最初にバズったのが、無能なフリしてバイトして。箱舟の公式スチューマー、採用通知貰った時の話だったっけ」


バイトなんてどれだけ働いても時給しかもらえないんだから、クビになるつもりで無能であり続けた方が効率がいいものね。変に仏心出して誰かを助けたら次も助ける羽目になるし、それで有能がばれたら給料増えないのに仕事だけ増えるもの。


辞める一週間前に、「箱舟に採用されたんで、辞めます~。」って言って書類出して、箱舟にお前みたいな奴が採用される訳~なんて言われたからサクッと目の前で仕事をちょっとやって見せて、じゃ私有給の残りがあるんでお疲れさまでした~って言って家帰ってきてそれからずっと帰ってきてくれって電話がかかってきたのよねぇ。


上司の貴方が私の事を無能だって、散々イジメてくれたんじゃない。全部録音してあるけど?。


(見る目が、無かったですね)


大体、打診された条件の最低保証が前職の半年分の給料を一月でって時点で戻る気なんてさらさらないわよ。


特に特別な理由がないのなら資本主義において、金額という定規は何よりも正しい。

誰かの為なんだとか、自分の夢なんだとか本当に特別な理由があれば別だけど。


「それを言ったら私は、配信者を続ける事は自腹を切って好きだからやってた訳でそっちを続けるならばお金なんか知るかって言いたいけどね。バイトはただの出稼ぎなんだから、バイトよりもお金をくれていい条件で働けるならそっち行くでしょ常識よ」


最初採用通知貰った時は眼が点になって、お祝い金が振り込まれた時に嘘じゃないんだって涙して。


今までずっと、夢にみてそれでも絶対夢で終わると思ってたシーフードの名店リストランテに行ったけど。当時の私はそれはもう服なんて四着しか持ってなかったし、美容院に行く事もできなかったから自分で変な髪型にハサミでカットして。


それが、なんかみすぼらしい服に変な髪型って言って高級店じゃ逆に目立ちまくった。


「その時に、職業は何ですかって聞かれたから箱舟公式スチューマーです。」って答えたら、ぽつぽつそれを聴いてたらしい人がチャンネルに来てくれたっけ…。


(変な髪の女それが、私の公式スチューマーとしての通り名になったわけだ)


だから、私に憧れてスチューマーを始めてくれる人とかにいつも私は言うのよね。


「スチューマーやるのに必要なのは綺麗な歌声でもなければ、可愛い容姿でも優れた知識でもない。あるに越したことはないけど、技術だってなんだって必要ない」


そう、いつだって誰だってなるだけなら誰でもなれる。


「必要なのは、アナタを見つけてくれる素敵な人と出会うまで続ける事だって」


私は、ずっとそう思ってるし。どんな、スチューマーより貧しかったから。



「人気商売はね、愛されてこそなのよ。自分を見てくれる人に、自分に時間を使ってくれる人に楽しいと思われてこそなの」

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