蝉鳴 (せみなり)

カツン、カツン……。


今日もミヅガーの鍛冶場では、金属を加工する音が聞こえてくる。

そんな中、その鍛冶場の道路側に貼られた一枚のポスターを幼いウォルは見つめていた。


箱舟のイベントは多い、なので緊急で決まった事以外はこうして協力してくれる場所にポスターで貼られているのである。


「これは、一体なんだろう…」


ウォルは、それが花火と金魚すくいの写真だと判らなかった。

生きる事に精一杯で、技術を覚える事に必死でウォルはそれがなんだか判らなかった。


金属を加工する音が急に止まって、外に出て来たミヅガーがウォルに声をかける。


「なぁ、ウォル。お前そこでそのポスターをじっと見てるけど行きてぇのか?」


相変わらず不愛想で、しわがれた声。


「じっちゃ、おはようございます。ボクには、これが何か判らなくて。じっちゃはこれが何か判るの?」



ウォルがそう答えた瞬間、急にミヅガーは真上をむいて目頭を押さえた。


「あぁ…、そういうことかい」


首をこてんと傾ける、そんなウォルにミヅガーが上を向いたまま答えた。


「そいつは、夏祭りのお知らせのポスターだ。本店じゃ、イベントは年がら年中やってるが特に俺達ドワーフは祭りっていやー酒だからなぁ」


「おまつり?、じっちゃ祭りは冬にもやってたよ」


「あぁ、それの夏バージョンだ。ここじゃ、屋台の衛生でぐだぐだ言われねぇし、ゴミを散らかしたら犬共がすっ飛んでくるの知ってるから投げ捨てやるのは命がいらねぇ奴ぐらいだし。材料も予算も人員も本店持ちだから、何の憂いも無くやってられるんだ」


なぁ、もう一度聞くぜ。ウォル、行って見てぇのか?

ウォルはもう一度じっとポスターを見て、ミヅガーの方を向くと。


「行ってみたい」


と短く言い、ミヅガーがちょっとここで待ってろといって一度引っ込みシャワーを浴びて浴衣を着て戻ってきた。


痩せた、小さな手を握りしめて。ウォルが、もう一度ポスターをじっと見る……。


「待たせたな、今日はやめだ!祭り行くんなら、お前の浴衣買わなきゃいけねぇしな」


「これで行っちゃダメなの?」


ウォルが自分が来ている名前付きの作業着をつまんでパタパタやった、子供のウォルにその作業着は若干大き目だったからだ。


「ダメってこたぁねぇよ、そんなルールはねぇ。だけどな、そんなんで行ったら全員ドン引きしちまうだろが!」


そっかと、ぱたぱたやるのを止めた。


「柄は自分で選べよ!」


そういって、早歩きでどかどかとミヅガーは歩いていく。

その後を、ウォルもミヅガーの浴衣の背中をつまみながらついていった。


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「いらっしゃいませ~」


ここは浴衣屋のソメアック、某チェーン店の薬屋のワンフロアみたいな馬鹿でかい敷地に様々な柄の浴衣が下がっている。


ちなみに、ランクとしては準高級店なので値段も少しお高めだ。


連れてこられたウォルはそんな事は知らないし、ミヅガーも祭りに今まで興味なんぞなかったから浴衣を売ってる場所はココしか知らない。


※子供をお祭りに連れて行った時に、ここで浴衣を買ったんだと自慢しまくった職人仲間がいた為耳たこの原理で覚えていただけ。



ウォルは初めて見る色彩豊かな浴衣が所狭しと下がっているのをみて、ミヅガーの背中の服を力強く握りしめながらキョロキョロおどおどしていた。


「すまねぇ、ちょっといいか」


そう言って、店員を呼ぶとぶっきらぼうにウォルの背中を両手でそっと押して店員の前に出す。


「あら~、可愛いエルフさんですこと」


目をらんらんと輝かせて、着物を着てまるで世界樹の様なパーマをかけたおばちゃん店員が手をワキワキさせながら答えた。


「この子にあう、浴衣探してんだ。三つ位、見繕ってもらっていいか?」


そう、ミヅガーが言った瞬間店員がその場から一瞬で居なくなる。

きっちり三分で、その手には三着の子供用の浴衣を手に持っていた。


(はぇぇぇぇ!この店員かなりはぇぇぇ!!)


内心で、ミヅガーが戦慄しているのをしり目に店員がウォルを連れて行こうとするがウォルはずっとミヅガーの浴衣の端を持ったまま中々離れようとしない。


「おぃ、離れなきゃ浴衣を選べねぇだろうが。試着室の前で待っててやるから、ちゃっちゃと選べ」


そうミヅガーに言われてやっとの思いで、試着室までの道を歩き出す。

何度も何度もミヅガーの方を振り返っては、不安そうな顔を浮かべて。

その度に、ミヅガーが苦笑しながら左手をちらちらと振ると笑って前を見る。

そして、ウォルが前を向いて歩きだす度にミヅガーが目頭を押さえやや上を向いていた。


(全く、祭りに使われてる技術ってのは多いんだ。これは勉強、弟子を勉強さすのに必要なんだ。)


そんな言い訳を己にしまくっているミヅガーをよそに、試着室に入っていくウォルを見て正面近くの小さめの椅子にどっかり座る。


「ここは服屋で、禁煙だ。ドワーフにはつれぇよなぁ…、いや辛抱しろよ俺。」


カーテンから頭だけ出しながら、ちょくちょくウォルはミヅガーがそこに居るのを確認するがミヅガーは同じ体勢で腕を組んで無言で座っているだけだ。


それを確認するとまた、カーテンの奥に引っ込んでは三着の浴衣をじっと見てを繰り返す。


そして、ミヅガーがそろそろ溶けかかった頃になってようやく決まったらしくカーテンを開けてでてミヅガーの前に来てクルクルと笑顔で回った。


「おぅ、決まったのかい。店員さん、これ幾らだ」


ぶっきらぼうにクルクルと笑顔で回っているウォルを指さし、限りなく薄い緑色に白色の朝顔が散りばめられた浴衣の値段を尋ねた。


「四万コインになります~」


げほげほっ、思わず咽たミヅガーが咽ながら腕輪を店員にだすとしゃり~んと会計完了の音がした。


(たっか!俺のは一万コインぐらいのだぞ)


クルクル回るのを止めて、じっとミヅガーの方を心配そうに見ているウォルの頭をぽんぽんとやると。


「ほら、いくぞ。着て来た作業着は、後で鍛冶場に届くから心配すんな。」


そういって、立ち上がって店をウォルと二人で出ていく。


「ありがとうございました~」


背中からそんな声を店員がしていたが、ミヅガー的にはさっさと店を出ていきたかった。


「ねぇ、じっちゃこれからどうするの?」


不安そうに、ウォルが訪ねるのをミヅガーが苦笑した。


「今から歩くんだよ、やたらうるさくて楽しいとこをな。」


「そっか……」


(じじいには歩くのは堪えるがしかたねぇよな)


「それより、なんで柄朝顔にしたんだ?」


「この花、朝顔っていうんだね。」


それを聞いて、ミヅガーの眼が点になる。


「そうかよ、でも俺はこの花あんまり好きじゃねぇんだよ」


「そうなの?凄く可愛いし綺麗だよ?」


「ウォルの浴衣の朝顔の色は、真っ白だろこれなら全く問題にならねぇんだよ。朝顔の白の花言葉は、固い絆だからな。だけど、朝顔ってなぁ花の色が違うと例えば青い花は短い愛とかそんな意味になっちまう」


色によっては、随分な意味になるから俺はこの柄がすきじゃねぇんだ。


「じっちゃがこの花嫌いなら、失敗したかな…」


しょんぼりする、ウォルにミヅガーは目線を合わせるとニカッと笑った。


「失敗はしてねえよ、お前の浴衣の朝顔は白い。なら師匠と弟子の絆が固いって意味なら俺は大変嬉しいがそいつじゃいけねぇかい。」


あくまで他の色だったなら、俺はそんな話をしてるんだぜ?


「選んでくれた柄としちゃ最高だがよ、加工もそうだが注意点がある奴はしくじる前に教えとくのが師匠ってもんだろが。だから、謝らなきゃならねぇのは俺の方。そういうのは、店の中で言うべきだったんだがな」


悪意も他意もねぇよ、俺はウォルの師匠だからな。

言いたくなくても、言わなきゃいけねぇ事は山ほどあんだよ。


「そっか……」


そういって、ニコニコと笑いながらウォルが歩きだした。


「ほら、行くぞ。屋台巡って、花火見て。あー今年は盆踊りじゃなくてカラオケかよ、本店事業部は本当に歌うの好きだなぁ」


(アサガオは昼までには萎れちまう、だけどな、俺は桜みたいな季節だけ咲いてその場でめいっぱい咲いて。そんな花の方が、好きなんだよ。)


そんな内心を押し込んで、二人で屋台をめぐって。

フィナーレの花火を五万発あげるのを、二人で見届けて。


「じっちゃ、花火綺麗だったね」


「あぁ、あれも作るのにもうちあげるのにもそれ用の技術が居るんだ。花火師ってやつだな、上がって昇って咲いて…。船からうちあげるなら、船の技術もいるんだぜ?下は地獄の様に火花のシャワーでさ、それでも祭り盛り上げるのに必死にやってんだ」


技術ってなぁ、誰かを喜ばせるためにあるんだよ。

それだけは、よく頭に叩き込んどけ。


「じっちゃ、ボクは花火を見て凄いと思ったよ」


それでいい、感動がなけりゃ人生なんてやってられねぇだろ?

おめーが何かを学んでくれりゃ、教える俺は損しねぇからさ。


「精々、よく学んでくれや。心から感動する様なものだけ、頭にいれてりゃいい」


小さいおめぇにはまだ判らねぇかも知れねぇけどな、それでいいんだよ。

知らない事が一杯ある方が、知った時に感動できるってもんだ。


そういって、紙コップに入ったビールをあおる。

土手に設置された席で二人、夜空を見上げて。


「心から、感動するものだけ……」


じっちゃ、ボクはここに来てからずっと覚える事が沢山あるよ。

忘れたくない程、いい思い出がたくさんある。


「楽しい事も大変なんだね、じっちゃ。」


輝く笑顔でウォルが、ミヅガーに言った。


「楽しくねぇ人生なんてクソだ、それはおめーの方が良く知ってんだろ」


そういって、二人で笑いあった。

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