箱舟の年末

大あくびをしてその後で、歯をギリギリさせている幼女エタナ。


「なぁ、黒貌」


黒貌は優しく微笑みながら、幼女に答える。


「なんでしょう、エタナちゃん」


クリスマスパーティをしないのか?、お前が経営してる孤児院の子供達にプレゼントを持っていく。


お菓子もだ、沢山料理ももっていく。

ケーキもチョコの家と靴下とサンタとトナカイの飾りがのった奴だぞ、それを箱舟グループの子供全員に提供する。


ケーキが食えない奴は申請すれば、別のも用意できるようにしよう。


「おや…、神がクリスマスなんて祝っていいのですか?」


エタナはあくびをしながら、口をもにょもにょやった。


「祝う分には良いだろうよ、誰の祝いでも何者を祝うのでも。私は箱舟の関係者が心から喜ぶというのなら何回でも何を祝っても良いが」


誕生日でも、年末年始でも、海の日山の日なんかでもいいぞ。


そうですか、じゃぁ楽しいパーティにしないといけませんね。

黒貌は洗っていた皿を置くと、手を拭いていそいそと準備を始めた。


外はまばらに雪が降り、エノちゃんの店内では古臭いダルマストーブが揺れていた。

安っぽい金物のヤカンの鶴首からはゆったりと湯気がでていて、コンクリートむき出しの床から冷える店内を気持ち程度に温めていた。


「あぁ……、楽しくないパーティなんてクソ以下だからな」


そういうと、エノちゃんの黒電話からダストに連絡が行く。


ちなみにダストは「マ ジ デ !?」なんて大慌てでパーティします通達とパーティの準備に必要な臨時の仕事を振りまくるという絶望のロードワークがスタートする合図となった。


※ちなみに、ほぼ毎度の事でありお偉いさんが余計な一言言って苦労する部下の役は殆どダストとはろわが担っているのが箱舟の実態である。


箱舟の内部にあるレトロ駄菓子屋工場、プジョルではその一報を受け「在庫のクジ全部だせやぁぁぁぁ!!」と大慌てで引っ張り出す事になる。


ちなみに、ゴムボールから水風船。プロマイドから電子ゲームが当たる玩具クジまで、プジョルは容器に入ったスルメやらキャラメルやらも大量に時間停止倉庫に保管しているが、毎年何かしらの号令がある度に在庫が掃けては年単位でその在庫を増やすのを繰り返している。


夏に売るアイスを、秋>冬>春と作り続けてさらに夏も売りまくっているからこそ夏も作り続けないと生産が追い付かないのだ。


プジョルは一個単位の利益等殆どない、正に大量生産する事で出鱈目なコストダウンをして一個の単価を限界以上に下げている。


キラメキアイスの様な専門店であつかえないような、安くて大量に生産される駄菓子はよく黒貌等が配る為に買っていく。


星の形の星屑キャンディーは十キロと書かれた透明な袋に、様々な虹色がついたものが入っているがプジョルでこのキャンディーの袋一つが六百コインと言えばどれ程出鱈目か判るだろうか。


ハッカ等の色が一色のモノ等は、三百コインで十キロとかいう単位だったりする。


それが、全製品に及んでいるのである。


※ちなみに販売価格で、原価はもっと下。


「大路のクソ爺んとこ誰か走って、砂糖ときなことか必要なもん全部おろして貰え。直で買える奴は農場フロアからかっぱらってこい!!」


まるで砂漠の砂の様に、機械からは大量に乱暴に生産されているが逆に言えばこれだけの設備と仕入れルートがあるからこそ定時に帰れるとも言える。


箱舟は定時と週二の休みは絶対であり、シフトも誰も来なかろうが機械を止めてでも休めと言われる始末であるがもし労働者に選択が無かったらぞっとする程度には仕事自体はあるのだから。


上記の様な乱暴な台詞は割と、プジョルの何処の部署でも聞く事ができる。

それを、年老いた爺と婆達がせっせと靴下っぽいものにつめていく。


もちろん、箱舟では好きな時に休める上でノルマなんてものはない。

休憩室では、御雑煮やお汁粉が振舞われている。


爺と婆とはいえ、各種族で談笑しながらもちゃんと手は動いているし衛生管理についてはそもそも箱舟で結界のある部署は病魔も汚れも出た側から浄化されて消え失せる為常に清潔を保つことが出来ている。


※女神エノの圓真凪断界箱(えんしんなぎだんかいはこ)は設定したものを爆散させたり無効化したりする上で設置も撤去も一瞬で終わる。


サイズも何処に設置するかも、何をどう設定するかもエノが決めているので箱舟側からは要望としてしか出せないが。


むしろ、箱舟の生産工場をでて出荷され箱舟グループの全ての運搬設備にはこの結界が設置されている為に箱舟の外の店に並ぶ時の方が実は衛生管理の面では一段以上劣る。


特に危ない薬品を使っている訳でもない為、混ぜ物なども一切していないのである。


「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」


何処かの部署の担当者の叫びが聞こえれば、それは在庫として積み上げたものが大量に買われて行ったという事であり。


「コインカステラが…、また積み直しだぁぁぁ!」


思わず、爺婆がそちらをちらりとみれば今まさに倉庫からコインカステラと書かれた袋が大量に出荷されていた。


参考までに言えば一般的には、在庫は適度にはける方が嬉しい。


しかし、このプジョルではあまりにも大量生産に特化しているため在庫が減りすぎると次の注文に対応できない恐れが出てくる。


何故なら、注文の単位も基本大量だからで。小売りはしているが、プジョルに小売りを頼むのは基本箱舟グループの内部だからある程度は大丈夫な予定だ。


第一から第八までのコインカステラ倉庫が空になり、かなりの大規模な注文があったことが判る。


ちなみに、倉庫のサイズは一倉庫につき上記の十キロ袋なら五百万個は入る程の馬鹿でかい倉庫であり出口と入り口にコンベアがついており内部は時間停止倉庫な上全自動になっている。


日付順に並んでおり、出口の操作盤で幾つ必要だと入力するとコンベアが勝手に倉庫内部から持ってくる仕組みになっている。


操作盤には、現在の在庫状況がリアルタイムで反映されエノの結界によって虫も汚れも入れないしつかない。


空になると、倉庫の出口のシャッターが自動で降りてしまうので担当者が良く叫んでいる。


コインカステラだけでなく、いくつかの担当倉庫から空になった報告が上がってくる。


「年末と年始の休みが確定してる以上、年始一発目からまた在庫を積み上げなければ…」


いう間でもなく、クリスマスパーティ用や配る様に大量発注したのは箱舟本店で。

他にも年始の祭り屋台等の注文が重なった結果ではあるのだが、担当者の気持ちは来月は注文受けられないだろこれというのが本音だったりする。


基本的に、ジングルヘル(地獄)で。

今日は、(担当部署以外は)楽しいクリスマス。


いつの時代も、働く人が泣いて。

その日を楽しく過ごすもの達が、楽しく過ごす。


ピザ屋の十二夜では、ミニスカサンタやトナカイの着ぐるみをした憂鬱幹部達がデスマーチの様に終わらない電話と戦っている事だろう。


ケーキ屋のクリスタクリストでは、天使達が今頃必死にケーキのクリームを塗って飾りをのせている事だろう。


大量生産のものは工場で、一品物の様な職人芸が光るものは専用の厨房で。

それが、箱舟の体制であった。


それでも、天使達はむしろ喜びに満ちていて。


自分達の神ではないにしろ、神や聖人を祝うイベントは天使達にとってはまさに慈雨の様なイベントだからだ。


半面悪魔や邪神達は苦虫を噛み潰して、口の中にツボ一杯の梅干を食べた様な顔を全員でしていたわけだが。


※特に大路


連絡に来た、使いの邪神の胸倉をつかんで。


「誰がそんなアホなイベントの為に、調味料を用意しろっていっとんのじゃボケェ!!」


唾で滅多打ちになりながら、連絡係の邪神は「エノ様ですぅ・・・、じゃなきゃ俺だってこんな連絡しませんよぉ。」


と大路に半べそで文句を言って、命令書を差し出せば。

悪鬼羅刹の顔が、途端に輝く恵比須顔になる。


「なんじゃとぅ!それをはよ言わんか。えぇい、仕方がない。四百番倉庫までの調味料は必要な分全部持っていけいっ!!丁寧に運ぶんじゃぞ、ワシは年末の休みまでに少し働いて調味料を補充しとくから会計は年始に回収しに行くとつたえるのじゃぞ!!」


いつも、ニコニコ一括払い以外認めん。

もちろん、エノ様がくれと言うならいくらでもタダでええがの。

それ以外の奴からは例え身内でも、きっちりかっちり請求するんじゃ。


「散れ!!」


※ちなみに、ほぼ毎度のやりとりなので使いの役は不人気。


六百番以降は高級なものが入っているので、実質安価で安全な奴は全部出せと言っているに等しい。


「あっそうだ、大路さん」


なんじゃい、わしゃ今から補充作るのに忙しいんじゃ。

顔中が真っ赤になり、頭のてっぺんまで血管を幾つも浮かべて叫ぶ。


「年始の挨拶に、エノ様来るそうですよ。出すお茶ぐらい用意しといた方がいいと……」


そう言いかけて、光の速さで飛んできた大路が両手で邪神の顔を挟みながら今にも殴りそうな剣幕で叫んだ。


「もっとも、大事な連絡じゃろそれはぁぁぁぁ。座布団を洗濯して、一番いいお茶とお菓子を用意せねばいかん。コインなんざそういう時ぐらいにしか役に立たん、相分かった。調味料の製造を半分で切り上げて、準備をせねば」


いつも、最高級の砂糖をおろしているケーキのクリスタに怒鳴りこまんといかん。

あの、天使共には年始に取りに行くと連絡せねばな。


ぶつぶつとやっている大路を横目に、抜き足差し足で連絡員の邪神が一柱逃げていく。


餅屋キングでは、もう年始に向けて店に餅を並べ始めていた。

工場からはまるで砂利の様に大量に四角い切り餅が袋詰めされ、そうでないものはオーガ等がねじり鉢巻きで杵と臼で餅をついては粉をまぶしている光景がそこらでみられる。


ちなみに箱舟の鏡餅は六百七十号までは普通に買えるが、それ以上は要相談とされている上種類も鏡餅以外では桜エビ、ショウガ、黒糖、昆布、トロロ、生ハム等実に様々な餅が売られていたりする。


※一般的な米屋で売られているのは五十号前後位までで号数はサイズの事。

※また、箱舟で売られているのは基本が下六上四のタイプで一号(一寸)となり下百二十グラム上六十グラム(上は星とも呼ばれる)。

つまり、十号一尺は約一万一千グラムの事を指すので如何に馬鹿でかいかが判る。


それらをちらりとみては、年末を感じる。

大路は、にやりと笑って。


「我らが神よっ!、この大路が最高の品物を用意してご覧にいれますぞ。乾坤一擲の努力さえしていれば、我らが神は全てに応えて下さる。」


拳を握りしめ、冷たい水で小豆を洗い。

しわしわの手で、豆の状態を確かめる。

皮を破らず磨きあげ、アクだけを絞り出す。


「人の心を絞り出す事に比べたら、児戯にも等しいこの作業が豆に真実を与えるのじゃ。じゃが、温度に湿度。豆一粒ポテンシャルなど、条件など直ぐに変わってしまう。だからこそ、最高のものにする為に一回一回が真剣勝負じゃがの」


児戯にも等しい作業にすら、魂込めて。


凄まじい技術で、豆一粒一粒のポテンシャルを引き出しながら邪悪に大路は笑う。


「花なら枯れないでと、願いながら。花は咲いて枯れるからこそ、咲く瞬間が美しい。調味料も同じじゃよ、口の中で咲かぬ調味料等二流以下じゃ。」


支える影でなくば、我らが神の様にな。


調味料以外にも、大路は薬味まで取り扱っているが炒りゴマや鰹節なども拘りぬいて制作している。


どれだけ供給しても一粒たりとも妥協が無いその腕だけは、箱舟の飲食店や工場に広く知られている。


こうして、箱舟の年末は慌ただしく過ぎていく……。


竜屋では、紅い帽子の人形などが入れ替えられ。

漢研究所では、エルフ達が怪しい笑みを浮かべ。

農場フロアのアンデットは、麦わら帽子にベルの飾りがついていて。


貧乏神達は、クリスマスチェキをサイン付で売っていて。

勇者は、クリスマス限定イベントガチャで爆死して燃え尽きていた。


その横で、エタナちゃんも…。

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