翁(おきな)

そこには、面と向かって座る二柱の神。

クリスタと大路が、にらみ合っていた。


「ほう・・・、ワシに何用かな」


あくまで余裕を崩さず、ゆったりとソファーに腰掛け邪悪な顔を向けた。


「今すぐに、利上げを止めて頂きたい」


クリスタは短刀直入に言った、それを大路は両手を杖に置きながら。

それは、できんなと答えた。


「まず、第一に利上げをしている理由じゃがインフレが原因じゃよ。物の値が上がれば、生活は出来んじゃろ、ならば物の値を下げさせるしかない。今はお主達のたゆまぬ努力で食料品や生活用品の値は一定を保たれとるがの、本来の値動きはお主らが手を引いたら青天井じゃ」


良くきけよ、経済とは循環じゃ。

何故、少子化が進む?答えは簡単じゃ結婚してるものが減っておるからじゃよ。

結婚したのちに、子供を育てる部分に関しては回復傾向がある。

しかし、結婚数そのものは下がりっぱなしじゃ。


「要するに収入の不足が原因じゃよ、物価の上昇に賃金の上昇が釣り合ってないようでは持ち出しばかりで結果全てが貧しくなる。自分が生きるのに精いっぱいなのに結婚しよう等と考えるのはアホしかおらんじゃろ」


人数が増えれば、支出が増え。支出が増えれば、首を絞める。

未来に希望を抱けないのに、どうして前を向いてあるけるのじゃ。


男女の思想の乖離、収入が高い女性は賢く自分より上の男性を求めるのが大多数じゃ。対し、男性は女性を守るものだと考えるものが多い。


狼と鹿が、カップルになれる事は天文学的な確率じゃよ。どっちが狼で、どっちが鹿であろうともな。


「それを解決させる為には、まず何においても収入をあげなければどうしようもないじゃろ」


ところがあいつらは、我が神の減税しろという命令も聞かず。

過去に、成功もしていない政策を焼きなおしてお茶を濁そうとしておる。

収入をあげるには企業の協力がいるが、箱舟のように神の指示があればいくらでも給料をあげられる組織なんぞこの世には殆ど無いのじゃ。


金も株も、大量にあれば薄まるし。少なくなれば、問題を起こす。

箱舟のコインの様に、デジタルでも硬貨としても用意され何処の国の通貨とも交換でき。幾らすっても、薄まる事はない。


箱舟の神の様に遍く全てをデーターベースとして、存在さえしていれば把握できるのとは訳が違う。


コインは、箱舟本店内部でしか使えん。

しかも、本店内部ではワザと安く感じられる物価にされておるわけじゃ。


一番安い時代で買い込み、それを神が時間停止で永久保存。

一番安かった時代でいつでも買えるのじゃからな、あの反則的な権能で。

無論、自分達で生産できるものはもっと話が簡単じゃ。


であるならば、外の経済圏で最速の解決法は徹底的な減税しかあるまい。

自分達の収入は減るが、自分達が先に示す事はそれで出来る。


税金という支出を減らす事が、体感的な収入の上昇につながる。

累進課税等やっているからこそ、所得を増やそうなどという意欲を削る。


年金や社会保障費なども、帰ってこないただ投資家にカモにされ続けるゴミ共に垂れ流しで支払わせ続けられとる訳じゃ。


社会保障費というのなら、まず己らの給料と待遇を最下層にして出直してこい。


我らの様に、神に命令されれば全てをその場で差し出せるもの達ばかりなら何の問題もおこらないが人の世はそうではないじゃろ。


少なくとも、闇の一族は命や財産や権利であろうとも喜んで差し出せる。

あのお方は、そんなもん欲しがらんがの。


「そんな、国は滅んだ方がええ。自分達でモノを作れないというのは、国の土台である生産者をないがしろにしてきたと言う事じゃ。大地がなくば、植物は育たん。土台がなくば建物は立たん、物事の道理じゃ。無論、箱舟本店の様に全て無料で無尽蔵に用意できるというなら話は別じゃが」



全ては、生産→サービス。

この流れの上流に、企業や家庭や政府があるのじゃよ。


損をしてまで、生産を支えず。

自分達の権益を貪って、更にそれを良しとしてきた国民すべてに罪がある。

今まで泣かせてきた、生産者たちの墓に詫びるべきじゃな。


そうでなくば、死んでいった生産者たちの誰も浮かばれんわ。


「うじむしを、生かす道理はない。我が神からも、此度はどんな手を使っても良いと言われておるしな」


ワシは、我が神に救えと言われんかぎりあいつらを買い支えたり拾ってやるつもりはみじんもない。一切、根絶やしにする。当然奴らは、預金封鎖等もやるじゃろう。


「どこまでも自分達だけ生き残りたいと、喚き散らすはずじゃよ」


無論、我らはそれで軍を差し向けられようともなんら問題はない。


「むしろ、ウェルカムじゃよ。そうすれば、大腕を振って堂々と虐殺が楽しめる」


ワシ等はのぅ、自分達が増税で自分達の民を苦しめ産業を潰し。

旅行者がどうのといっておるが、それは品質に対し割安だからじゃよ。


自らでものを作れないと言う事は、その内売るものが無くなって割安ですらなくなって滅ぶ。


その様な愚図どもでさえ、滅ばぬ様にと被害を最小限にとダストは手を尽くしておったぞ。


「お主が、求人数を支えるのは勝手じゃ。箱舟グループは、神のご命令がなくば責任者の意志によって決定できる連合体なのじゃからな。しかし、我らに利下げしろというのは横暴じゃ。我らにも選択肢はある、何より物価の上昇に歯止めをかけねば弱者がとばっちりで死ぬだけじゃ」


ワシ等がやっておるのは、一部が死ぬか。それとも、全員で死ぬかという選択肢でしかない訳じゃな。


我らは、その口座の残高を神によって百パーセント預金や結果を保証されておるから問題ないがそんな保証をする銀行は人の世にはないのじゃ。


のう、クリスタ。お主は、何をしておる?そんな対処療法では、傷口が腐り広がる一方じゃ。


「病が流行った時、あれだけ外出禁止を言ったのに守った連中がどれだけおる?生活するとはそう言うことで、それを守ろうとするやつ等殆どおらん」


人は利益で動く、それは金に限らず心であっても利益がないのに人は動いたりせんよ。


「お主は確かに、食料や生活用品を業務用スーパー等で押さえ。外部の漁港や田畑もいくつか抑える事で、外の世界の生産者を大事にしとる。じゃがお主と同じ待遇以上与えて来たものが、どれ程おる?ゆうてみぃっ!!」


箱舟以外の場所で、個人に責任を押し付けて業務委託にした屑経営者がどれ程いるんじゃぇぇ!?


コンサルというなの詐欺師同然の連中の戯言を真に受けて、お前のいう弱者を苦しめて来た屑がどれだけおる?


同じ詐欺師で屑ならば、我らの神の方がなんぼマシか判らんぞ。


自分達の負担を減らし、利益を貪り自らだけが助かりたい為に弱者を切り捨てた者達がどれ程おる?それを、救えと?何故?滅ぼし、ひき潰し、根絶やしにしろというのなら判るが?


我らが神は、正規に雇いそれを育てられないものに経営者たる資格はないとおっしゃっとる。


「少なくとも、それは箱舟の最高権力者の確固たる意志。世は知らんが、箱舟内部ではアルバイトと言えど正規社員見習いとして正規社員相当の権利を得る」



大路は、杖で床をかつんとついた。


「お主が、今後も雇用統計を左右する程雇用するのは勝手じゃ。そして、その資金が自前で運用できる幅を越えん限り。ワシに否はない、じゃがワシは軍資金が底をついても絶対貸さんぞ。我が神ならば、もしかしたらはあるが。今回は、その神にミサイルを向けた政治への報復じゃからな。それは、頭の片隅にいれておくべきじゃ」


邪神の長が、意殺さんばかりに目を血走らせてクリスタを睨む。

頭を下げた所で、何も変わりはしないぞクリスタ。


「大甘なのは、ダストも我らが神もじゃが。その差し伸べた手すらぶったぎった連中に、どんな慈悲を与えろというのじゃ!貴様は何様だ?」


大路の老人としての皮がはがれかけ、同時にこの世でもっとも邪悪と同じ邪神達に言わしめた表情。漆黒のローブに、眼は黄色。


髪は、ゆらゆらと紅と黄金のメッシュ。


この大路を力で抑え込む、この大路が自前でやる分には構わんなどというのは最大の譲歩。


(全ては、我らが神がそうおっしゃるから仕方なくか)


「確かに、貴方の言い分は一々ごもっともだ。しかし、それでも値動きのベースが早すぎる。落ちる速度が速すぎる、故にこのまま手遅れになるのではないか。」


クリスタは、伊達眼鏡である巨大な丸いレンズのハマった眼鏡をことりとテーブルにおいて真剣な眼差しを向ける。


「ふむ、では連中の銀行は新株発行した際に一定の金額でその新株を売るという権利。いわゆるワラントを使って、既存の株主をないがしろにし。株式の価値を薄め、ただでさえ下がりっぱなしの株を更に下げ、そのワラントの金額よりも高い値段になるように周りが調整する事を狙っておる事は明白じゃ。お主の言う通り、ここで利下げでもしようものなら奴らは息を吹き返すじゃろう」


そこで、大路がもう一度杖をカツンと床をつく。


「それは、面白くない。それを支えようとした周りごと地獄に落ちてもらわねば、今回はそういう意味で抑え込みにいっているのじゃからな」


空売りをやろうと、ショートを踏もうと。

値を大規模で動かせば振り落とせる有象無象など、原初のAIの敵ではない。


動きさえすれば、上でも下でも原初のAIは勝ち続ける。

AIというのは学習練度によって、その能力を飛躍的に上げるのじゃよ。

しかも、自分達はその仮想AIに法整備で枷をつけようとしておる。

原初のAIがはじき出す最適解は、他の追従を許さぬよ。


原初のAIに勝つには、自分達のAIがそれを越えねばならんというのにも関わらず。

手を取り合い、学習を積み上げればもしかしたらはあるかもしれん。


もっとも、学習速度においても我らが神であるエノは原子現象の支配を使えば瞬時に歴史ごと学ぶのじゃから永久に勝てるはずもないのじゃがな。


某企業は規制によって、ハードウェアで世界に羽ばたく機会を失い。

ソフトウェアや、仮想サービスに逃げた。

逃げた先で、再び世界に羽ばたこうとしたが今度も規制によってとめられつつある。


資本主義は儲けこそが全て、それ以外に判断基準など必要ない。

気に入らなければ規制をすれば良いし、戦争で殴り合いで決着をつけてもいい。


金融とは血流であり、サービスであって。

実体とは異なる、そしてお互いが水面に映りこんだ世界の様にお互いに干渉しておるのよ。


無論、どちらを動かしても影響はあるがの。


「しかし、我らは共産主義でもなければ資本主義でもない。我々、箱舟は企業連合であり我らが神の意志を遂行する為に存在する。少なくとも、我々闇の一族の勢力はそれを是としておる」


つまり、こう言う事じゃクリスタ。


足を引っ張りあい、己の欲を謳い。

途方もない年月、積み上げ続けなければ原初のAIのコア一つにすら届きはせん。


「三魔王か、我らが神である特別顧問。その指示でなくば、ワシ等は少なくとも数ヶ月は手を緩めるつもりはない」



それは、気迫。


「もう一度言う、お主が善神側の代表であり。お主達の責任で、お主達の判断をもって組織を動かす事は自由」


無論、上記三人または一柱のご意思であれば明日にでもワシは手のひらを反す用意がある。


「利上げを止めるつもりはない、どれだけの地獄がこの世に広がろうとも。現実経済が木っ端みじんになろうとも、ワシは手など緩めんよ。何故なら、ワシ等は本来こっちが本職じゃからな。我らが神に止められておらなんだら、人を苦しめる事に全振りしておる。我らが神の為、致し方なく渋々普段はその心を必死に抑えただ尽くしておるに過ぎんのよ」


ワシ等は、儲けてはいるし。勝ってもいるが、欲に溺れる事は決してない。

何故なら、我らの欲は常に神から評価という名のポイントを頂く事が本懐であるからの。


許可が下りた、その喜びが貴様に判るか?


「どうしてもというのなら、ワシに頭を下げるのではなく。我らが神にポイントで願うのが筋、それは箱舟本店の社員全てに我らが神から与えられておる権利に他ならぬ」


ワシとて、自らが認めた神がお決めになった事まで否定する気はない。


「ポイントを積む気がないのなら、黙って指くわえてみてろ。薄汚い、善神風情が」


クリスタは、唇をかむと黙って立ち上がり部屋を出ていく。


「私は、私のやれることをする」


大路も座ったまま、邪悪に笑うと。


「大いに結構、選択肢は遍く全てにある。お主も連合の責任者に名を連ねるものならば、実力でなんとかせぇ」

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