悲哀(五十九幕でウォルが帰った後の話)
アクシスは、ぼんやりと煙草を吸っていた。
あぁ、楽しかったな。
久しぶりに、熱のある若もんとしゃべってた気分だ。
コンとアクシスは休憩室に座って、向かい合っていた。
「うちは安くやってるけど、そりゃうちが特殊なだけだ」
アクシスが煙草をくゆらせて、苦笑しながら言った。
「眼の前にいるのが、ダンジョンマスターで魔神様で人間ですらないからな」
それを言われたアクシスも、コンを煙草で指してにかっと笑う。
「おめーも、貴族の若様がそんな格好で働いてるなんて誰も思わねぇだろうしな」
「若様はよしてくれ、俺はもう四十越えてんだよ」
コンはいうが、アクシスは爺にとっちゃ若者は幾つになっても若もんさ。
明るく楽しくやって貰って、俺らが死んだ後も未来はあるんだって気にさせてもらえりゃ御の字だ。
「安くしろって、客は言うがな。安くして仕事貰ったところで、少なくとも製造業は生き残れねぇよ。だって、箱舟に出す方がずっと設備も良くて安くやれる。大型資本に逆らえる町工場なんていやしねぇ(笑)」
それが判んねぇ客は、〇〇は幾らでやってくれますよとか抜かしやがる。
納期まもって、誠意を示して、でも値段分きっちりもらわねぇと。
消耗品も機械もただじゃねぇ、安くするには良い道具いれるか無理しないといけねぇ。
得てして、いい道具や精度の高い道具は大体たけぇんだよ。
自動化しましょうは、正論だし是非やらなきゃいけねぇが何処からその金出るんだよ。
箱舟みたいに、全部自社製で回せてトップの号令で言う事聞く様なトコならともかく社内政治から予算まで問題は山積みだろ普通。
そして、そんな切羽詰まってるのに成長する為に必要な勉強の時間がとれねぇ。
製造業は投資してかねぇと、細って最後は消えてなくなるだけ。
借金とは別の、自転車操業みたいなもんさ。
人をとるのが難しいのに、人を維持しないとまともな品質になんかなりゃしねぇ。
人を続けさせるにゃとどのつまり、どっか美味しくないといけねぇが町工場に美味しい思いなんざさせる余力はねぇからな。
「だから、環境よくしねぇといけねぇって事を理解してねぇウルトラ馬鹿が多すぎる」
煙草の火をごりごりと消しながら、アクシスは林檎をかじる。
「にしても、その箱舟からきた嬢ちゃんは良い腕してたな」
会社が消えるにしても、あーやって真面目でものになってる若いもん見る度に俺ら爺は負けてらんねぇなとヨボヨボの体に鞭打って頑張りたくなる。
「魔神は、年取らねぇだろうがアクシスさんよ」
既に見た目が逆転している自分のしわがれた手を見ながらコンが苦笑し、アクシスもしまったと頭をかいた。
「あぁ…、そうだったな神様は年を取らねぇんだったわ」
存在値がなくなりゃ死ぬが、病とも老いとも無縁。
「自分が神様だって事、よく忘れちまいそうになるんだよ。毎日が楽しいからな」
コンは溜息を一つつくと、羨ましいねぇと笑う。
「おめーも、感心してたろうが」
指さして、アクシスが言えば。コンは、膝を叩いた。
「関心もするさ、俺があの年の頃は酒飲んで勉強なんざ無縁だったぜ?」
「ばーか、真面目で素直できっちりやってりゃ腕は後からついてくる。それが一番むづかしいんだよ。キツイ、汚い、危険、給料安いの安心と信頼の四Kだからな」
馬鹿じゃねぇと続かねぇが、馬鹿では必要な技術全部覚えられねぇ程分野が広い。
多能工をどこの会社でも欲しがるが、爺が多能工になるのは大体必要に迫られてだ。
「それが判ってんなら、もうちょい給料だしてもいいんじゃねぇの?アクシスさんよ」
「秘密工場(当社)では、逆立ちしたって一生懸命振ってもホコリ以外出ねぇんだよ」
「「「「ちげぇねぇわ!!」」」」
他の従業員の声も重なって、工場中に笑い声が響く。
そして、急に真顔になったアクシスが誰にも聞こえないように。
「本当は、箱舟みたいに報いてやれたならと思わなかった日はねぇよ」
なんて呟きは、誰にも聞かれる事なく…。
おしまい
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