屑乃手(黒貌を助けに行った時の話)
「そうか」
目を閉じて、かみしめるようにぽつりと言った。
「如何にも、貴女に挑む為。俺はただ殺して来た、ただ潰して来た。今こそ、貴女に届く時。今こそ、貴女をその座から下ろす時。いざ、この俺が表の世界でただ全ての命を喰らい我こそが最も強者たるを知らしめんが為」
相対するエタナは、ピーカーブーに構えた。
ピーカーブーのまま左下に体を捻るように、体全体で握りしめる様に小さくなる。
指抜きのレザーグローブから幼女の手から鳴っているとは思えない程の音がギリギリと鳴っている。グローブがギリギリと鳴る度、空間の彼方此方がひび割れ壊れ悲鳴をあげ。
肩幅に開いた大地が哭き叫び、その邪悪な両手から力が溢れる度にエタナの全身を脈打つ様に血管が走っていく。
「引導を、渡すとしよう変神」
六対十二枚の黒い翼、両肩に五個づつ、顔に三つの合計十三の魔眼。
普段おかず海苔の様な文字で神乃屑と背中に書かれているそれが黄金に輝き、背中いっぱいに拡大。習字で書かれた様に文字体が変わった。
顔の方の眼の虹彩が黄金になり、眼球が深い闇に変わる。
瞳孔が複眼になり、全ての個眼に様々な象形文字と梵字が浮かび上がり。
その髪の一本一本がまるで巨大なトルネードのごとき神力を蓄え、まるで意思がある様に首をもたげるような動きを示した。
両肩の十の魔眼は露出した和彫りの百鬼夜行が宝玉の様に持ち、それぞれの魔眼から莫大な神力を吐き出す。
その翼をかたどる羽は全てが、屠ってきた神や精霊等の手。
欄干のブレスがエノの正面で霧散して、欄干は眼を見開いた。
蛇口を緩めた僅かな神力と存在値だけで、長きに生きた巨体の邪龍のブレスすら霧散したのだから。
エノは、右足の親指だけで大地を突き刺す様に踏みしめる。
欄干の爪や牙が、必要最小限に体を傾けるだけでかわされていく。
小指の爪が一瞬だけ光り防がれているのが判る、欄干は自身の千メートルはある爪から閃光のごとくくり出される爪撃を楽々とかわしているエノに心底驚嘆していた。
爪など防がなくても良いと言わんばかりの余裕、それが欄干の神経を逆なでた。
踏みしめる大地が、水紋の様に見え。
その踏みしめている場所だけが、大地ではなく魂。
あらゆる、空中に一瞬でその足場を創っては消していく。
「貴女は、それほどか」
エノは、その言葉を無表情で聴いている。
ドラゴンに剣で挑むもの、魔法で挑む者は数多居る。
だが、体術でドラゴンと相対するものは限られる。
ましてや、年老いたドラゴンを体術で難なく叩き潰す等。
「矜持の為に、邪魔になる全てをねじ伏せる。それはお前とある意味同種、違うのは深さと練度」
両肩の魔眼が一瞬火柱の様に上がり、エノ両手をよく見ればあらゆる元素を複合しまるでノコギリの刃が木を削り斬る様に。
元素の全てに文字と数字が浮かび上がり、それを並び替えただけであらゆる魔導と魔術が鎖の様に繋がっていく。
それは、いっそ両手にチェーンソーをくっつけている様に見えた。
「私の真実など知れたこと、愛する眷属以外の全てを恨み抜き幾億の呪詛を携えて。天を貫き大地をかち割り理を踏み付けあらゆるものを削り潰す暴君さ」
ならば…、とエノは欄干の存在ごと削り取る。
「これは単なる残照、醜怪なる我が身が眼を覚ませばそれだけで全ての存在は塵芥」
私は、私が愛したもの達の希望でなければならぬ。
私は、それ以外の全ての絶望でなければならぬ。
故に、私はあらゆることが出来ねばならぬ。
故に、私はあらゆる望みを叶えうる存在でなければならぬ。
私は、武を望む我が眷属が徒手をもってとするならば。師となり導き手となれるべくあらゆるものを埃のごとく払えねばならぬ。
私が私であり続ける為に、愛されるに足る神でなければならんのだよ欄干。
「全ては出来て当然だ、私に不可能などあってはならん」
私が愛した連中に、私が愛される為だけにこの力はあるのだ。
誰かを愛せだと?笑止!!
誰かを救えだと?笑止だ!!
天をを覆いつくす程の星、その数よりも空気中に浮いてる弾幕。
「咲けよ血と肉の獄華。吐息と共に吹き荒れよ、白い息は揺蕩う魂達。弱き命など滅びよ糧となれ、私はっ!その、養分の上に咲く害悪であるっ!!」
紅葉の様な右手に、魔法陣が次々に吸い込まれ。
両手に吸い込まれる度に、あらゆる属性が唸りをあげた。
それは、様々な元素が超振動と共振を繰り返し増幅された削り取る螺旋。
塔全ての腕の手首から肘までが横回転を始め、手首についたジェットエンジンの圧縮機が獣の様なエキゾーストをあげる度に回転速度が上昇した。
まるで、逆さの城全ての手首から肘までが巨大な怪物破砕機(モンスタークラッシャー)。触れるだけで、吸い込み噛み砕く奈落に消えるが如く全てを破壊する為に生まれてきた機械。
魔法陣が一つ吸い込まれる度に、桁が一つづつ上がっていく。
その魔法陣の数は、まるで花粉の様に舞い散らかしているのだから。
自然ごときが、私にかなうか。
邪龍ごときが、私に届くか。
輪廻と時間すら、私を縛るに値しない。
万物よ、滅びろ。
「私にとって、世の全ては不要である。私にはあいつらに愛される事だけあればよい!!」
龍の再生力と膂力を持ったとて、引き裂いて見せよう。
お前が星を握り潰す事ができるなら、その巨体ごと私はその宙域にある全てを握り潰して見せよう。
(メモリアルソルジャー:狂乱駁神手・一屑(きょうらんまだらしんしゅ・いっせつ)
エノの、背中の翼。その羽全てに一斉に別々の印が浮かび上がる。
欄干は、神力を纏った。
術式の壁を作り、それは刹那に八百万。
その場の全ての力が、エノの頭上の逆さの城の前で消えていく。
瞬時に作った、八百万の結界すら拷問城の眼光だけで霧散し吸収。
「希望とは不滅でなくてはならん、私にとって支配者の椅子は副産物でしかない」
そのまま、エノは両手に螺旋を纏ったまま次々と力を圧縮と増幅を繰り返していく。
分かれたそれは、更なる振動と共振と増幅を呼び余波だけで容易く防御を削り取る。
エタナの頭上の逆さの城に吸い込まれ、権能である塔がついには動き出す。
逆さの城全ての髪の先端についている神獣の生首が一斉に欄干を向き睨む。
頭蓋の花が咲き乱れる逆さの庭園からは呪いのオペラが聞こえ、背に翼の様に集まる数多の暗黒の手が虫の様に蠢いて。
全ての拷問器具の刃が輝き、嵐の様に揺蕩う時計が不可逆に回転と反転を繰り返し。
首に巻かれた口元だけを覆う漆黒のマフラーの先端についたデメキンの様な血走った眼玉に血管が幾度にも走りぎょろりと欄干を睨みつけた。
花粉の様に飛び舞う、黒い液体が意思を一つに数多の武器に姿を変えていく。
塔の二十四本腕に数珠の様につけられた、ジェットエンジンの圧縮機が爆音をあげ。
獣の様におぞましい雄たけびのごとく天に轟く。
全てのジェットエンジンが三十度角に倒れた瞬間に塔の全ての手首から先が腕と逆方向に高速回転し、力場と煙が尾を引くように腕に絡みつきよく見ればそれを黄金の龍をかたどっていく。
圧縮機の全てが、力場で出来た龍と化し城の表面全ての収束レンズと銃口は欄干を完全に捕える。
全ての弾道が虹のオーロラに見え、空を覆いつくす。
エノの白い指抜きの皮グローブをつけた両手が握りしめられ、チェーンソウよりも凄まじい音が握りしめるだけでこだまする。
幼女の両肩は魔眼が怪しく光り輝き、その両肩の素肌は和彫りの百鬼夜行が地獄と化して。頭上には地獄をこの世に顕現させた様な拷問城、その動きは完全にエノと一体化していた。
百鬼夜行の意思全てがエノの翼と権能と魔眼と連動し、エノの敵を苦しめ潰し打ち砕かんと牙をむく。
拷問城の週末の笛は二十八気筒の星型エンジンが二つ巨大な髪留めの様についており、そこからも爆音と神力を吹き上げた。
欄干は次々に牽制をいれ、防御の手を増やすがまるで止まらない。
結界は破砕し、魔法は霧散し、己の爪やブレスはそのオーラに触れた側から融解していく。
塔のブロック全てについているように見える、収束レンズからは自在に糸の様に折れ曲がるレーザーがガンマナイフの様に的確に交点でエノの敵を焼き切らんとする。
否、そのレーザーは触れただけで生半可なものを切り裂き溶かし両断する。
やはり貴女は、俺よりも遥かに邪悪。
認めたくなどないが、それでも貴女は強すぎる。
まるで、ものが違う。
エノの権能である塔が、幽鬼のごとき揺らめきで顕現した。
欄干のブレスすら、そよ風程も効いていない。
両手両足全ての爪が同時にへし折られ、全ての手足がまるで明後日の方向に千切れとぶ。
エノの頭上遥か高くにむき出しの筋肉繊維のごとき絡みつきでケーブル状に繋がっている、巨大な逆さの城がゴーレムの様に見える。
遠くを見る事が叶うなら、それが見えたろう。
太陽系と同等の大きさの小指、そこから溢れる死と怨嗟の力が吹きすさぶ腕が。
その手が塔本体から無数の紅色の刃に見えるそれが、二十四本左右に生えていた。
小さなエノと連動して動く神速の破砕機、その城の全てが拷問器具で彩られていた。
その城の全ての手から増幅され続けるあらゆる力場の鎖が引きちぎられて、自らの戒めが壊れていくのが判る。
エノが殺すと認識したもの以外は透けて抜けていく、しかし余波も含め殺すとしたものだけ確実に痛めつけ屠っていく。
それが龍でも、神でも。時間や空間等も、お構いなしに削り破砕していく。
城の左手の手刀で切断した欄干の首を引きちぎり、返す貫手で背中から心臓(かく)を握り潰した。
星より巨大な、四肢。
属性で作られた、鱗。
長い時で蓄えた、膨大なスキルとレベル。
その力の、全てがエノの前ではただ無力。
本来なら意識を向けるだけで殺せるが、それでは光無に高みを見せてやるには至らぬ。血肉だけでなく、魔法も現象も喰らう化け物の咢が満天の星空の様に覆いつくし。ただ、抵抗すらも許さず貪り食らう。
女神エノの権能が一つ塔、積み上げる屍と怨嗟の城(拷問城)
この巨体を誇る拷問城こそ、エノの十三の権能が一つ。
もっとも、欄干を屠るのに必要なのはたった一体。
本来の塔は、この城がエノ一柱につき六万五千五百五十六体同時に顕現するのだから。
「我がブレスすらまるで意に介していない、踏みつぶす事も好きな方向に曲げる事も容易だというのか」
欄干は、呟いた。
「この私に、権能をもちいて容易でない事等存在せんよ」
空間にエノのドスのきいた、何処までも恐怖をあおる声がそれに答える。
首だけで、眼の光が失われながら、欄干が塔の左手に鷲掴みにされながら言った。
本来ならお前は長年かけて蓄えたダンジョンの力で、モンスターの命を糧に再生をするのだろう?
「希望等存在せん、全ては嘆きを繰り返すこの世を命が無理やり生きる為の方便に過ぎん。澄み渡るモノに真なるものは何もなく、ただ無垢なだけと知れ。他を傷つけひた走る事が生きる事なれば命など翻弄される小舟よりも脆い」
「私は全知全能には程遠い、それでも私に容易でない事があってはならんのだ」
私は奴らの為だけの神として、どんなものにもなれねばならんのだからな。
「何もかもを握り潰し、永遠の灯りとなろう」
どれ程蓄積錬磨しても、私相手には無意味。
位階神に至れても、まだ対等には程遠い。
朧の様にエノの姿だけが揺らめいて、エタナの姿と被る。
「私の全ては、私の本体から発する映像の様なもの。そこに、あらゆる効果が現実となるだけの。あらゆる力場に足をおろす私の本体をどうこう出来るものなど私と同格以上の位階神位」
ダンジョンに溜められた力を一気に吸い上げて、モンスターも含めてすべてが魔素に分解されて消えていく。
長きにわたり、四大ダンジョンをやってきた南の邪龍は僅かの間にエノに潰された。
最期に教えてやろう、ゴミムシ。
「閻神を殺した時から、全てのダンジョンの支配権は私のものだ。精霊を食い殺したときから、自然は私のものだ。すなわち、地獄の日に殺した全てのものたちの権能を私は一つの権能として行使できる」
すなわち、この拷問城は私が殺した全ての力と経験を一機で持ち、それを六万五千五百六十五機顕現する。乃ち、死と怨嗟の総力その六万五千五百六十五倍の力が塔の力の全容だ。
そして、その力を好きなだけ共振、圧縮し振るう事が可能なのだよ。
私一柱につきな、私は原子元素が一粒あればそれを数多の私に改竄する事もできる。
私を超えんとするならば、ダンジョンの力等借りず何者の力も借りず。
そして、その権能の十三倍の力をもって初めて戦いになりうるのだという理解が足りない。
「お前が、弱肉強食を是とするならば私は力を持って応えよう」
力を持って、私を越えてみろ。
それが出来なくば、判っているだろう?。
「一切塵滅、ただそれだけだ」
その、手に握る欄干の頭蓋すら握り潰した。
ぼたぼたと、血と肉が宇宙(そら)に落ちる。
「ただ懸命に、生きていればよい。それが我が眷属の望み故に。私の愛したスライムの、望み故に」
だがな、欄干。
「お前が、傷つけたものの中に黒貌が。私の愛した男がいる、それは私には許す事ができない大罪。お前が、滅びるのに十分な理由だ」
私にとって、世界等なんの価値も無い。
私にとって、強さ等なんの価値も無い。
私にとって、万物等なんの価値も無いのだ。
私はどっかのしょうもない神を名乗る神の様に、全てを愛しているわけではないのだから。
報われる事があのスライムの望みなれば、私はそれを聞いてやる力があれば良い。
「生きていれば容易でない事等この世にごまんとある、私はそれをねじ伏せ続ける事ができねばならん」
欄干を蹂躙しエタナの姿に戻ると、そっと老齢の黒貌の頭を幼女が右手で撫でた。
それだけで、黒貌の傷が塞がり血色が幻の様に治っていく。
「全く、面倒な。私の好きな男は無茶ばかりする、困ったものだ」
どんな、相手にも見せない困った様な優しい顔でエタナはそっと黒貌の左手を自身の両手で包む。
左の翼の羽が一枚増え、その羽は欄干の手と同じ形をしていた。
欄干のダンジョンは無かったかのように消え、そこに所属していた全てのモンスターもダンジョンコアも煙の様に消え。エノの増えた羽に吸い込まれて消え、更なる力を手に入れた。
「起きろ、黒貌。そんな所で寝ていたら風邪をひく、せめて布団で寝ろ。お前はジジイなんだ少しは自分を労れ」
黒貌の顔に手をあてて、優しく話しかける。
「俺は、死にかけたはずでは?欄干は?」
エタナは優しく、諭す様に言った。
「もう、あのような俗物に脅かされる事は無い。治療も私がした」
黒貌は、ゆっくりとよろよろと起き上がる。
「そうですか、お手数をおかけしました。俺は、戻って布団で寝る事にします」
エタナは、にっこり笑って頷く。
「そうしろ、そうしろ。全く、お前は優しくて無謀だ。神に届く邪龍に挑むなど…、死んでしまうぞ馬鹿者が。」
黒貌が転移で帰ったのを、見送って。
その女神の様な表情が、一瞬で老獪な殺し屋の顔に変わる。
昼行燈のマヌケ面が、エノのそれへと変貌する。
幼女のあどけない笑顔が血管だらけになり、ドスの利いた女の声に変わる。
直ぐに、また幼女のあどけない顔に戻り声も元の優しい声に戻る。
「全く、黒貌め…」
この世は、辛い事ばかり。
私は、神乃屑。
それでいいんだ、あいつらに愛される神乃屑。
それだけでいいんだよ、私にとってそれが最上で最良。
闇夜に消えるように、歩いていく。
闇に輝く、背中に神乃屑の金糸文字。
静かにゆれる、蝋燭の様に。
月夜の朧の様に表れて、夜が明ければ薄れゆく。
この世の何処にも、救う神がいないというのならそれも結構。
この世の何処にも、地獄しか存在しないというのならそれも結構。
この世の全てが、現世の幻というのならそれも結構。
浮世の朧のごとき、希望。
見えても消えてつかめぬ、それが例え紅の涙を流す事になろうとも。
私が、捻じ曲げてでもお前らだけは全てを手に出来るようにしてやる。
「お前らにだけ、お前らの為だけの神であるこの私が」
闇に消えながら、エノは闇に向かって歩く。
塵屑一柱(ごみくずひとり)無常なり、果て無き闇をまっしぐら。
左手を天に突き上げ、闇に消えていった。
「お前らの、幸せな日々だけが私の幸せなのだからな」
その言葉を発したその時の声は、何処までも優しかった。
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