屋台(六十一幕で命じられた後の話)
黒貌は、アルカード商会の敷地に幼女がデフォルメされてダブルピースしている赤ちょうちんが下がる屋台を止め準備をし始める。
昔は、巨大なバケツを用意してそこに水を溜め洗っていたりした。
今は屋台にアイテムボックスや水道の機能が取り付けられ、赤ちょうちんも魔道具として煌々と照らしていた。
品物はトンコツラーメンと餃子だけだ、光無は椅子を並べながら机を組み立てている。その匂いだけで凄まじい香りのするそれは、いっそすきっ腹にはきつい。
瞬く間に様子を見に来たやじうまが、屋台の看板をみた。
トンコツラーメン 五百ルーン、餃子 三百五十ルーン。水 注文されたお客様にサービスしてます。
お残しは認められませんが、シェアは認めております。
看板にはそれだけ、書かれていた。
五百ルーンならと、ふらふら吸い込まれた一人の男がラーメンを頼む。
何故なら、この街にはラーメンと言う料理は存在しないからだ。
お面をつけた光無と執事服の男が、こんな今作りました見たいな簡素な屋台をしていて目を引かない訳はない。
それに加えてこの暴力的な香りだ、気になって仕方がない。
「お客さん、もやしはどの位もりましょうか?」
そう、執事服の男に言われた。
「とりあえず、普通にしてくれ。俺は、ラーメンってものを知らねぇんだ」
「判りました、では替え玉2回ともやしの増量は仰って頂ければ対応致します」
そうして、出て来たのはどんぶりになみなみとスープが摺り切りまで入っていて上には白いもやしがどかんと盛られていた。
ふりかけの様にネギがパラパラとかけられ、店の外から香る香りがどんぶりからまるで間欠泉の様に吹きだして。
男は、恐る恐る見ている近所のギャラリーの目があるなか箸をつけた。
「うめぇ!!」
そう男は、声を上げると凄い勢いで食べていく。
お面をつけた光無は、お冷をそっと置くと下がっていく。
しばらくすると、どんぶりしか残っていなかったそれを男は愛おしそうに見つめている。
「なぁ、店主もう一杯もらえねぇか…」
この街に限らずスタンピートの影響と戦争の影響でどこも食糧難だ、だから恐らくアルカードのじじいがこの屋台を頼んだのは判る。
じゃなきゃ、この味でこの値段はねぇ。
それでも、男にとってこの味は暴力的過ぎた。
そして、帰ってきた言葉は晴天の霹靂ともいうべきものだった。
「おや、替え玉ももやしの盛りもお頼みにならない?」
店主は微笑を浮かべながら、そんな事を言うのだ。
「替え玉?もやしの盛り?なんだそりゃ」
執事服の店主は一つ頷くと、説明を始めた。
「替え玉ってのは、麺だけをいれるって事です。お客さんはまだ二回の権利を使っていない、モヤシの盛りってのは通常サイズはお客さんが食べた通りのもんですが、残さないって条件でなら増やしますよって事です。流石に食糧難で捨てるのは忍びないですしね、そこまでならラーメンの代金に入ってるって事です」
男は眼を見開いた、モヤシだけ八百屋に行っても十分の一の量が千ルーンはするのだから。食糧難で全てが値上がりしているので、普段なら安いモヤシも今はこの値段。
「本当ならスゲーな、でもそれだとアンタは大赤字なんじゃねぇのか?」
男は頭の後ろをかきながら、なんとも言えない顔で店主に言った。
「一週間限定で、ラーメン屋台をやれというのがオーナーの意向です。私は雇われなんでそれでやるしかないんですよ、給料もちゃんとオーナーからたんまり貰ってますしね。このお面は、暴力に訴える連中が居たらのしてしまえって言われてつけられましたよ。後、ちゃんと食べて持って帰った人がいないかの見張りですね」
替え玉をゆでながらそんな話を交わし、出来た麺を男のどんぶりにいれ。
店主はにやりと笑うと、スープを空になったどんぶりにそそぐ。
店主がパチンと、フィンガースナップを決めれば再びスープにぬくもりが戻った。
さっきと同じ通常のもやしの量が盛られて、男の前に差し出される。
「お客さんは知らずにスープを飲んでしまったので、これはサービスです」
男は八百屋で、千が仕入れ値だと知っていた。
八百屋だからこそ、そのもやしが新鮮でそれなりの代物だと判る。
「オーナーは、屋台で食べさせるならばという事でそれなりの量を用意して下さいました。だから、売れませんよ。私にそれを決定する権利がありませんし、雇われの辛いとこですね」
八百屋の男は、苦笑しながら二杯目を勢いよく平らげる。
「ごちそうさん、五百ルーンだ。この味と量なら、ただ同然だな」
店主はえびす顔で答えた、頭をぼりぼりとやりながら。
「本当はただで配って来いと言われてるんですが、ギイ殿がそれだと他の店に迷惑だから格安にしとけって言われましてね」
八百屋の男は眼が点になる、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような。
「なんだそりゃ、そいつは商売するきがねぇのか」
店主はえびす顔のまま、答える。
「俺もそう思いますけど、これが仕事なんでね。それも割のいい、だったらそれに笑顔で付き合うのが雇われの本分だと思いませんか?」
安い報酬なんて無いのと一緒だ、幸せにしてやる必要はなくても幸せだと錯覚させるだけの報酬が出せないやつなんてゴミだって言ってましたよ。
それを聞いた、八百屋の男は膝を叩きながら笑う。
「それを、マジで言ってるならそいつはただの大馬鹿か善人かってとこだな」
黒貌はそれを聞いて一瞬だけ、真顔になるが再びえびす顔に戻る。
「オーナーは、馬鹿でも善人でもないと思いますよ。ご自分で屑だと言ってる変な方ですからね、俺は気に入ってますけど」
八百屋の男も、それを聞いて。
「そいつは確かに善人でも、大馬鹿でもない。変わり者ってやつだ、それも大分ネジが吹っ飛んでる方の。でも、その変人で酔狂なオーナーのおかげでこんな美味いものが食えるのなら悪くねぇ」
黒貌は一つ頷いた、そして苦笑しながら八百屋の男の言った。
「そのオーナーにね、言われたんですよ。とんこつラーメンのもやしは下品に見える位盛れって、味付けや背油やガーリックなんかを散りばめてもいい。濃いスープに、もやしを鬼の様に盛って出せって。お洒落な盛りつけもいいが、屋台のそれは素朴で真っ正直で真っ向勝負なもんを出せってね。だったら、こぼれない範囲で食べられる範囲でならもってやろうじゃないですかって事です」
(しょうもないものでも、腹いっぱい)
八百屋のおっさんは、腹をさするとさっきの盛られたとんこつラーメンを思い出した。
「そうかい…、そういう事かい」
おっさんは思い出していた、かつて自分も八百屋を始めたあの頃を。
「また来るわ、つか本音はずっと居てくれだがな」
にかっと男らしく笑う、えびす顔で黒貌も一つ頷いた。
「お待ちしてますよ、今日をいれて一週間限定ですが。そうそう、うちはモヤシ盛る以外にも餃子とかでも特殊ルールがありますんで団体様で利用するとお得です」
八百屋のおっさんは、飽きれた様に溜息をついた。
「これ以上お得にしてどうすんだ、それもオーナーの意向ってやつかい?」
「うちのオーナーは我儘で頑固なんですよ、まぁ頑固の内容があれなんで雇われの俺も随分と良くしてもらってますがね」
夕日を背に片手だけあげて、おっさんは去っていく。
「あんなのが雇われか、やとってみたいもんだね。そんな当たり従業員、羨ましいにも程がある」
オーダーメイドの執事服なんて貴族でもそう着せられるもんじゃねぇ、それが一流なら猶更な。
それを、あんな油が入りまくった調理を任せる時にすら着せてやがる。
外の屋台なんて、砂や埃も相応にかぶるもんだ。
正しく、礼ができてよどみない調理ができて。
応対にも無駄がなく、それでいて手が止まらない。
この食糧難のご時世に、原価より尚安い食料を出す。
この屋台に水道だのアイテムボックスだのありえねぇ、高性能なもんつけて護衛まで出すたぁ。それも、あの仮面ただもんじゃねぇ。
冒険者引退して八百屋になって、勘が鈍ってるかも知れねぇが気配なんざまるで感じやがらねぇ。
それでいて、報酬はたんまり貰ってると言いやがった。
どんな、酔狂なネジ吹っ飛んだ奴がオーナーなんだか。
とんこつラーメンねぇ…、あれならうちの野菜のっけたらもっと美味くなりそうだな。持ち込んでもいいか、明日にでも聞くか。
あんなに安くて腹いっぱい食えるなんて、アルカードの爺かあいつのオーナーかそうとう奮発しやがって。
食糧難それに加えて先日のスタンピード、もう城壁が破られる寸前で。
この街で最強の春香すらズタボロになりながら、みんなで門を守った。
それでも止まらなかった、モンスターの津波。
南から溢れるそれは、いっそこの世の終わりを思わせた。
魔法も奇跡も無かった、ただ全ての人間が諦めたその時声が聞こえたんだ。
「では、リザルトといこうか」
全ての人間に聞こえたドスの利いた女の声、瞬間にモンスター共は内部からミンチになるみてぇに破裂して。街の怪我人も死人も健康な状態で両手を見つめ、それが現実と理解するのに大分かかっちまった。
血と肉と油と、治った連中とモンスターのドロップだけがそれを現実と知らしめた。
俺も、あの強烈な匂いに叩き起こされたがついさっきまで泥みてぇに眠ってたんだ。
あの地獄の底から響くような、聞くだけで胃液がのどまで昇って体を抱きしめ震えあがるようなプレッシャー。
モンスターを爆散させたのも、街の全ての住人を治したのも同じ神。
こんな素敵な屋台を出すオーナーもいりゃ、力の権化みたいなやつもいる。
全く…、冒険者時代にはこんな思いしなかったってのによ。
あぁ、また明日もこの屋台に来てぇな。
家のカカアに、頼み込まねぇと。
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