鏡だ鏡

そうざ

It's just a Mirror, It's a Mirror

「走んないのぉ」

 ホームセンターに着いた途端、子供達は玩具売り場へまっしぐら、その後を妻が小走りで付いて行く。

 また長くなりそうだ――だだっ広い店内をぶらついていたら、住宅関係のエリアに目が止まった。屋根、外壁、内装、水回りと様々な商品が所狭しとひしめいている。

「夢のマイホームねぇ……」

 夢よりも先ずローンの事が脳裏を過る。

「いらっしゃいませぇ」

 若い女性の店員に声を掛けられた。

 ほぅ――――俺は玩具売り場の方をちらっと窺い、時間を潰すには丁度良いかと接客を受ける事にした。

「何かご覧になりたい物はございますか?」

「そうねぇ……これはAI搭載?」

 見た目は至って普通の洗面台だが、『鏡御前かがみごぜん』という誰のセンスなのかが気になる商品名と共に『最新ハイテク仕様』の宣伝文字が躍っていた。

「こちら一推しの商品でございます」

 店員が鏡の前に手を翳すと、ポワ〜ンと一鳴ひとなりし、鏡全体にタッチパネルが表示された。

「まるでスマホだ」

「はい、直感的にお使え頂けます」

 それぞれのアイコンに分かり易い画像が振り分けられている。

 歯ブラシのアイコンに手を翳すと、鏡面がパポ~ンと瞬き、パカッと扉が開いて電動歯ブラシがお目見えした。

「使用後、ここに戻せば自動で洗浄、充電をやってくれます」

 ドライヤーのアイコンを操作すれば、上部から三台のドライヤーが現れ、髪を三方から乾かしてくれる。

「静音仕様なのでより快適です」

「これは時短にもなるね」

 勿論、タッチレス水栓や自動ソープディスペンサー、エアータオルも実装されている。

「鏡自体もハイスペックなんですよ」

 店員は曇り止めや汚れ防止機能を立て板に水で説明して行く。俺は鏡越しにアイコンタクトを取りながら聞き入る。

「それから、非接触バイタルサイン測定機能が――」

「ばいたる?」

「はい、鏡の前に立つだけで体温、血圧、脈拍、心拍が判る優れ物なんです」

 店員が俺の身体で試してみせた。鏡の裏側に各種センサーが内蔵されていて、年齢や性別を入力すれば平均値に照らし合わせて健康チェックをしてくれるらしい。

 やがて鏡面に数値が表示されると、店員が鏡の中の俺を見た。

「ちょっと心拍数が高いような、それに血圧も……」

 確かに平均値よりも高い旨が鏡面に示されている。

「あぁあれぇ……変だなぁ」

 何だか心を見透かされたようで、俺は大いにたじろいだ。鏡には人との距離を一気に縮めさせる魔力があるのかも知れない。

 俺は平静を装って他の機能について訊ねた。

「例えば、コーディネート機能というのがございます」

 店員はパネルを操作し、今度は自ら鏡に正対した。

「使用者の体型を自動計測致しまして――」

 シャツの描かれたアイコンを操作すると、様々な小アイコンが表示され、そこから一つを選ぶと、店員の制服が煌びやかな真紅のドレスに変わった。

「おぉっ……!」

 本当に着替えたかのような精度だった。驚くべき事に、髪型やメイク、二の腕や首回り等の肌が露出する部分までもが自動補正されて映像化されている。

 服飾データはその時々のトレンドに合わせて更新され、勿論、老若男女に対応が可能だという。

 店員は次々に着替えて行く。

 カジュアルやらフォーマルやら、スカートからパンツスタイル、スポーツウェアまで――全て似合って見えるのも鏡の仕業なのだろうか。

「こんなのもあります」

 店員が少し恥ずかしそうにメイド姿になった。その場でターンすると、鏡は何とそれに合わせてぐるり360度を映し出した。

「おぉ俺にも操作させて下さい!」

 アイコンをスライドさせ、これだという箇所で選択。

「きゃっ」

 水着である。

 三角ビキニである。

 ストライプ柄である。

 店員は両頬に掌を添え、上気した頬を隠そうとする。両腕が寄った事で、意図せず胸の谷間が強調された。

 水着だけでも何種類も揃っているではないか。俺は片っ端に選択した。目まぐるしくデザインが変化して行く。バンドゥ、タイサイド、ホルターネック、タンキニ、フリンジ、ハイネック、フレア、レースアップ、ボーイレッグ、ローライズ――俺の、俺に依る、俺の為だけの水着ファッションショーである。

「ビキニだけでもこんなに種類があるんですかーっ!」

「そそそうですねーっ!」

 いつの間にやら水着が下着っぽくなっている。と言うか、正真正銘の下着に変わっている。

「下着まであるんですかーっ!」

「そそそうですねーっ!」

 操作のし過ぎで腱鞘炎寸前である。もしこの手がこの速さで股間で動いていたら大変である。

「おぉお客様っ、もうそろそろっ」

「あ~っ、はいはいっ」

 俺は最後の操作に渾身の力を込めた。 

「えっ……?!」


 空気が凍り付いた。

 一瞬だけ映像が表示された。


 店員が素早くタッチパネルを弄り、ホーム画面を表示させた。

「今、何か……妙なのが」

「……バグだと思います、バグですバグバグ」

 店員は額の汗を誤魔化すかのように説明口調に戻った。

「因みに、あの……他にも実像機能というのもありまして、はい」

「それはどういう……?」

「ご存知の通り鏡像は反転していますので、実際の姿に補正して表示させる機能です」

「実際の姿……実際の、貴女の実際……」

 鏡越しの視線が熱い。

 ついさっき一瞬だけ垣間見たあの映像は、この店員ひとに限りなく近いのだろうか。それとも、単に鏡が全面補正した虚像に過ぎないのだろうか――。

「表示した映像をもう一度呼び出すなんて機能は……?」

「……ございます」

「あんのっ?!」

「履歴が保存されていますので、例えば過去映像をスマホに送ったりも……」

「出来んのっ?!」

 店員は、飽くまでも職務として淡々と説明をしているようだった。

「是非! さっきの色んな着せ替えの、特に最後のの映像をっ――!!」

 その時、俺は眼前の鏡が三白眼の女を映し出している事に気付いた。



 汗と震えと鳥肌が止まらない。

 さっきとは違う意味でバイタルが異常な数値を示しているのだろう。

 俺はゆっくり振り返った。

「い……いつから、そこに?」

「結構、居たわよ」

 腕組みをした妻は仁王立ちである。

「何で直ぐに、声を、掛けなかった?」

「あんまり愉しそうだったから」

 動物的勘なのか、店員はもう遠くの方で別の客に寸分たがわない笑顔を振り撒いている。

 玩具をたんまり買って貰った子供達はほくほく顔だ。

 俺はどんな顔をすれば良いのか、心で鏡に問い掛けた。

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