第45話 箱根

 鬼と出会ってもみんなにすぐに対応できるように準備してもらい。手を乗せ合い俺は南箱根交通所に飛んだ。

 暗い部屋に壊れたシャッターが目に入った。周囲を見てみたが魔物はいないようだった。俺たちは安堵する。

「まだ動いているわ」

 天宮がすぐに見つけてくれた。俺は代表としてPCを操作していく。俺たちが冒険したのが、四月五日だ。俺と天宮の名前と目的、それからその日の時間まで記載されていた。

 目的の日は三月二十九日だ。マウスのホイールで下がっていくと、中沢修一と言う名前を見つけた。

 名前が中沢修一、黒田彰、柏野千陽、出発日時が午前十時、到着日時が記録なし、目的は冒険になっていた。その日の他の冒険者の記録を見てみたが見知った名前はなかった。想定と違っていることに困惑する。どういうことだ。

「三人か」

「犯人は後で合流するつもりだったんじゃない?」

「それも考えられるけど」

「同年代は?」

 渡辺が訊いてきた。同年代の冒険者の記録を調べてみたが、その日は俺たちが最年少で上には十七歳以上の冒険者しかいなかった。

「魔物が来たぞ」

 神谷の声に町外側の入り口を見ると、数体の鬼がこちらに向かってきていた。

「テレポートする。手を乗せろ!」

 俺はみんなが手を乗せたのを確認して天宮医院にテレポートした。


 病室は荒れていた。窓ガラスは割られ、鬼の足跡が付いている。

「どうして空が赤いの?」

 渡辺の声に割られた窓を見ると、外は赤い光に満ちていた。まるでこの世の終わりのような光景にみんなしばらく言葉が出なかった。

 時計を見ると時刻は午前十時だった。

「常闇の月よ。ここまで範囲を広げたんだわ」

「早く薬を探そう」

 俺が言うと天宮は頷いて杖を取り出した。薬保管庫は受付のそばにあった。鍵は神谷が金属操作でサクッと外した。

 天宮が差す先には能力無効化剤と書かれた薬が見えた。天宮は錠剤をすり鉢で粉上にすると、ジップロックに入れて封をする。

「準備ができた」

 元いた俺が入院していた病室に戻ろうとすると、天宮が遅れていることに気が付いて振り返る。天宮は建物を見ていた。俺は彼女の手を取った。

「天宮、大丈夫か?」

 天宮は頭を振って、

「大丈夫」

 と手を握り返した。俺たちは病室に戻り、薬を木刀に塗ったりと出発の準備を整えた。準備が終わったころには天宮も落ち着いていた。

「行けるか?」

 みんな頷く。病室の割れた窓を開け、庭の芝生に出る。遠くに日の赤に染まった箱根湖が、ボロボロになった遊覧船も見えた。町は廃墟のようになっていた。

 庭から白い木の扉を開けて、商店街の道路に出ると、建物陰から黒い影が現れた。それは闇鬼だった。

 俺は刀を抜いた。闇鬼が同時に襲い掛かってくる。俺はなんとか牙と爪を刀で防いだ。なんて力だよ。

 銃声が聞こえた。ギロリと闇鬼の目が後方に向けられる。

「銃が効かねぇのかよ」

 刀から力が抜けた。闇鬼が神谷たちに向かっていくのが見えた。天宮が氷で防ぐのが見えた。俺はすぐさま闇鬼に向かって走った。

 闇鬼が氷を飛び越える。渡辺がレーザーを向ける。同時に雷鳴が聞こえた。闇鬼が倒れたところを俺が質量を込めた一撃で首を落とした。

「強すぎだろ」

 神谷が闇鬼の遺体を見下ろして言った。

「魔物が来てるわ」

 天宮の声に見れば音に引き付けられたのか。鬼たちが建物から出てきた。

「図書館まで走るぞ!」

 俺たちは走った。俺が先陣を切り、行く手を塞ぐ鬼たちを切って道を切り開いていく。三体ほど鬼を倒したところで図書館が見えてきた。その前に大きな鬼が道を塞いでいた。鉄パイプを鬼が俺に向かって振り払う。俺は質量を込めた刀で応戦した。天宮が氷の礫で傷を付けるが鬼は倒れなかった。

「代われ!」

 神谷が前に出て銃を撃った。俺は背後にいる鬼を切り捨てる。振り返ると、鬼は額から血を流して倒れていた。

「図書館に入るぞ!」

 俺たちは図書館に雪崩込んだ。


 箱根図書館の自動ドアから中に入り、俺たちは身構えた。しかし、後ろから追ってきていた鬼たちは自動ドアの前で立ち止まっていた。

「心的操作でここに入れなくしているみたい」

 天宮が言った。

「でもどうして?」

「ここを使っているんだろうな」

 俺は図書館内を眺めた。電源が能力石を使っているのか室内の明かりはついていた。俺たちは慎重に館内を探った。

「どうして服だけが残されているんだ?」

 神谷が呟く。人影や遺体はなくなぜか衣服だけが残されていた。警察官、子供、大人の服が何枚も落ちている。気味の悪い光景に俺たちは言葉を無くす。

「遺体を鬼の餌にしたとか?」

 渡辺が言いながら嫌そうな顔をした。結論は出ないまま、閲覧エリアに入った。たくさんの本棚が置かれている。

「おい、見ろよ。誰かが使った跡がある」

 神谷の声に俺たちが向かうと、そこにはファイルや古い紙が散らばっていた。金の装飾の付いたティーカップには珈琲が注がれている。

「このティーカップ、渚のよ。それも知事が持っていたっていうカップ」

 天宮が俺を見てきた。古い紙には英語で書かれていたがphilosopher's Stoneと言う文字が見えた。

「賢者の石」

 天宮が呟く。俺は頷いて見せた。

「犯人はここで研究していたようだ」

 不意に椅子に視線を吸い寄せられた。俺はここで、

 ――修学旅行だよ。彰くん。

 千陽が勉強している彰に言った。彰は彼女の声が聞こえなかったのか、食い入るように論文を読んでいる。

 ――聞こえないみたいだな。

 ――勉強の虫だね。

 ――それにしてもいい景色だな。

 大きなガラスからは青い湖が見えた。

 ――私、アヒルボートに乗ってみたいな。

 ――修学旅行では禁止されているから無理だ。

 ――えー。

 千陽が駄々をこねる子供のように俺を見てきた。俺は困ってしまう。

 ――また、みんなで来ればいいさ。

 彰が珍しく俺たちを見て言った。

 ――約束だよ。

 千陽が笑顔で俺に言った。

「記憶が戻ったのか?」

 神谷に訊かれて俺は頷いた。

「ねぇ、地下を探しに行く?」

 渡辺が訊いた。

「犯人はおそらく地下よ」

 天宮の言葉にみんなが驚いた。

「犯人は――」

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