最終章 生者に願いを

第43話 襲撃

 突然、赤川刑事の電話が鳴り手に取った。

「どうした?」

 赤川刑事の顔色が変わったのを見て、俺たちはしゃべるのを止めた。

「警察署が襲われたらしい」

 少し震える声で赤川刑事が言う。

「浅井さん、森永さん。中沢くんの警護を頼む」

 外から悲鳴が聞こえてきた。

「奴が現れた」

 店内に駆け込んできたマスコミの一人が倒れながら言った。チラッと見えた。ドアの外は血や逃げ惑う人たちの阿鼻叫喚が広がっていた。ドアの前に赤いレインコートを着た奴がこちらを覗いていた。その目は××色に光っている。

 なんで色が変わっているんだ。

「君たちは逃げて!」

 浅井さんは素早く剣を構えると、レインコートの奴に向かって机を蹴飛ばした。机は駆け込んでいた男に命中した。男が宙に浮かんでいたためだ。レインコートの人物は男をゴミのように振り払った。同時にガラスが割れて宙に漂った。

「セラミック操作……」

 天宮が呟く。

「まずい。伏せろ!」

 赤川さんの声に俺はとっさに机を立てて防いだ。衝撃音が終わったところで顔を上げると、浅井さんと森永さんがレインコートの人物に向かっていた。

「中沢くん、逃げて!」

 天宮が叫んだ。

「俺も戦う」

「中沢くんが捕まったら犯人の思うつぼでしょう」

 天宮がそう言いながら氷の壁を作る。

「行け!」

 神谷が銃を撃ちながら言った。俺は、

「頼むから死ぬなよ」

「あぁ、約束する」

 東伊豆市の駅前をイメージする。飛ぶ瞬間、浅井さんの腕が飛ぶのが見えた。


 駅の広告の巨大モニターでは喫茶店の様子が中継されていた。さっきまでいた喫茶店内で爆発が起こり窓ガラスが割れる。周囲にいた人たちから悲鳴が上がった。

 俺はその場にその場で震えて、

「みんな……」

 と歯を噛みしめた。巨大モニターがスタジオに切り替わる。

 シャッター音が聞こえて辺りを見ると、群衆の中にこちらに携帯電話を向ける人たちがいた。俺は足早に逃げた。

「カメラ取るんじゃねぇよ」

 それは同年代くらいの学校の制服を着崩した男子だった。カメラを取っていた人たちがバツが悪そうに携帯電話を下す。

「あの中沢さんですか?」

 その男子が声をかけてきた。

「そうだけど」

「家に来ませんか?」

「いいの?」

「決まりですね」

 男子は茶色に染めた髪をかき上げて微笑むと、

「こっちに」

 と手を引っ張て来た。


「いいから準備しておいてくれ」

 男子は携帯電話で連絡をしながら器用に案内してくれる。連れられて来たのは住宅地の一軒家だった。中津川と書かれた表札が見える。

「早く」

 と玄関ドアを開けて男子が手招きしてくる。男子の母親らしき女性が顔を見せる。

「中沢さんね。どうぞ!」

「お邪魔してもいいんですか?」

「気にしないで早く!」

 俺はご懇意に感謝してお邪魔させていただくことにした。

「あのう喫茶店のニュースはどうなりました?」

 女性は困った顔をした。

「それが切り替わっちゃったから分からないのよ」

 テレビのある居間に通されると、テーブルには妹らしき、中学生くらいの女の子がご飯を食べていた。あんぐりと口を開けてこちらを見ている。その子は箱根で見かけた二つ結びの女の子だった。俺が会釈すると、向こうはぎこちなく会釈を返された。

「他のチャンネルも事件があったことを伝えているだけですね」

 男子がチャンネルを変えていくがどのチャンネルも喫茶店で起きた事件について述べるだけで、続報はなかった。

 それから待ってみたがニュースは流れない。その後に返ってきた父親らしき男性と、妹や男子も携帯電話で調べてくれたが、情報は回ってこなかった。


「とりあえず寝た方がいいわ」

 十二時を回ったところで母親に言われた。俺は悩んだが頷いた。

「案内するよ」

 と男子が階段を登っていく。

「狭い部屋だけど」

 案内された部屋は十畳くらいで俺の自宅よりも大きかった。

「広くていいな」

「そうかな」

 男子は恥ずかしそうに額を掻いていた。ベッドを開けてくれる。

「そう言えば名前は?」

「中津川です。動画を見たよ。君のことは応援していたんだ」

 中津川は微笑んだ。俺は不思議な気分だった。東伊豆市に住んでいる人たちは敵だと思っていた。

「ありがとう。その年齢は?」

 訊けば、十五歳で高校一年になるそうだ。

「それなら同年代だし、ため口でいい」

「中沢さんにため口ってなんか、恐れ多い」

 中津川の冗談っぽい話に少し肩の荷が下りた気がした。

「そうだ。妹と前に会っていたって聞いた」

 俺が頷くと中津川は、

「あいつ変だっただろ。君のファンなんだ」

 とニヤニヤと笑っていた。

 翌朝、携帯電話の着信音で起きた。床に布団を敷き寝ていた中津川が目をこすりながら起き上がる。電話口で、

「中沢か? 今どこにいる?」

 俺が言いかけると、神谷は遮った。

「いや、言わなくていい。今会えるか?」

「あぁ、どこにいる」

「熱海駅にしようぜ」

 電話を切り、中津川に伝えると早く行った方がいいと言われた。俺は素早く身支度をして、中津川家の人たちに礼を言うと、テレポートで熱海駅に飛んだ。


 熱海駅前には天宮と神谷、渡辺がいた。生きてたのか、よかった。でも、この場にいない人たちがいた。

「浅井さんたちは?」

 俺は思わず訊いた。

「森永さんは比較的軽傷だ。ただ……」

 と神谷が言葉を詰まらせる。

「浅井さんと赤川さんは重症らしい」

 俺は握り拳を作った。俺のせいだ。

「下田まで何が何でも逃げろって、森永さんが伝えてくれって」

 下田は東伊豆の先だ。

「未来?」

 天宮の声に渡辺を見ると、彼女はどこかぼんやりとした顔で俺の方を見ていた。

「おい、さっきからどうしたんだよ」

 神谷が心配そうに渡辺の肩をゆする。

「中沢」

 それは渡辺の声だった。

「次の夜までに箱根図書館に来い。時間内に来れば大切な人だけは助ける」

 俺たちは固まった。渡辺は頭を抑えると、

「あたし何か言った?」

 と言って泣きそうな顔になった。

「催眠術よ。伝言を刻まれたんだと思う」

「犯人のメッセージだ」

 犯人は心的操作を持っている。そうとしか考えられない。これは俺に向けたメッセージだ。やっぱり犯人は俺を狙っていた。これ以上は……。

 顔を上げると天宮と神谷の顔が強張っていた。

「中沢くん!?」

「待てよ!」

「ごめん」

 俺は二人から離れてテレポートで自宅に飛ぶイメージをした。神谷と天宮の手が迫ったが俺はその瞬間にテレポートで自宅に飛んだ。


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