第42話 打ち上げ

「手伝っていただきありがとうございました。お前たちもありがとな」

 俺は口を開いた。場所は浅井さんの喫茶店だ。上条が逮捕されて、今日は店を貸し切っての打ち上げだった。

「後輩を助けるのも先輩の務めだからな」

 と浅井さんが言う。

「無実の罪を負った後輩を放っておけないからね」

 と森永さんがにこりと微笑む。

「まあ、お前とは縁があるからな」

 神谷に言われた。

「命の恩人でしょう。それに世間に正しい情報を発信出来て満足かな」

 渡辺が続いて言う。

「仲間だからね」

 天宮が珍しく幸せそうに微笑みながら言う。

「乾杯しようぜ!」

「そうだな、お疲れ様です!」

 ジュースが入っているグラスを掲げた。

「お疲れ!」

「お疲れ様!」

 みんなもグラスを掲げて乾杯してくれる。

「にしても指名手配が解除されてよかったな」

 神谷に言われた。俺は頷く。

 熱海警察による上条の事情聴取により、真実が明らかとなり、俺の無実が証明され、もう指名手配は解除されていた。

「中沢くんは悪いことはしてないからね。むしろ正義の味方みたいな」

 渡辺が言った。

「ヒーローね」

 カーテンの閉められた窓の外を一瞥して天宮が茶化してきた。外にはアナウンサーたちが待機していた。

「おかげで全国に顔を知られたな」

 俺は嫌そうな顔をして見せた。

「生中継だったのよね。誰かさんのせいで」

「あのさ、中継したことで世間に公平に見てもらえたのよ」

「でも登録者が増えて嬉しそうにしてない?」

 渡辺と天宮が争っているのをしり目に神谷は「仲がいいよな」と呆れていた。

「そう言えば、今回のことって罪になるの?」

「正直グレーだと思うな。顔出ししているし、今後の就職には厳しいかもしれんな」

「嘘でしょう」

 浅井さんの言葉に森永さんの顔が青くなる。

「冗談さ。まあ、その時は僕が責任をもって雇い続けるさ」

「アルバイトじゃないの」

 森永さんが浅井さんに食って掛かる中、渡辺がご機嫌な顔でノートパソコンを見せてきた。

「ねぇ、中沢くん、あの後動画見た?」

 渡辺に訊かれた。俺は頭を振った。

「すごいことになっているよ」

 渡辺がノートパソコンを開いて、見せてくれた。

「おいおい、登録者が十万人だぜ」

 神谷が興奮した声で言った。評価も高評価が多くなっていた。

「動画も百万再生だって」

 コメントもたくさんついていた。

『生配信見て感動しました』

『団募集してください』

『動画配信続けてください。これからも応援しています』

 俺は心が温かくなった。

「どうするの?」

 天宮が訊いてきた。

「まだ決めてないけど、こういうのも悪くないな」

「だよね。中沢くんなら分かってくれるって思ってた」

 渡辺が嬉しそうな顔をして、俺の両手を掴んできた。

「未来に毒されすぎでしょ」

 天宮が呆れてこちらを見てきた。


 俺たちが名前の話で盛り上がっていると、喫茶店の裏口から赤川刑事が入ってきた。

「刑事さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 天宮に続いて、俺たちは挨拶をした。

「盛り上がっているね」

 赤川刑事は羨ましそうに俺たちを見ていた。

「刑事さんも一杯どうです?」

 渡辺がグラスを手に赤川刑事に近づく。

「何かわかったんですか?」

 俺は訊いた。

「あぁ、上条の心の中を見たよ」

 渡辺が渡した飲み物を赤川刑事は悩んでいたが飲み物を手に取った。

「これは内密にしてほしい」

 その言葉に未来は残念そうな顔をして携帯電話をしまった。

 赤川刑事の話では美術館で起きた殺人未遂と公園で起きた事件に関して、上条が、白浜に依頼したらしいことが分かった。というのも心的操作の能力で心の中を見て分かったそうだ。

 箱根や熱海などの空間移動装置の破壊も白浜が実行しその指示をしていたらしい。移動装置の部品交換の際に搬入されたセラミック部品の一部が、白浜が作成したものに事前にすり替えられ、その部品を膨張、破裂させることにより遠隔で破壊したようだ。目的はインフラ系統を破壊することで、箱根の襲撃を円滑にするためだったという。

「衛星携帯電話でよく連絡を取り合っていたようだ」

 赤川刑事はそう話を続ける。箱根の事件前から白浜とは衛星携帯電話で連絡を取り合っていて、俺たちへ取り入ったり、殺害の指示をしていたようだ。警察へ俺を指名手配にする根回しもしていたらしい。それに上条自身が白浜を殺害した証言も得られたそうだ。

「渚の遺体は見つかったんですか?」

 天宮が訊いた。

「いや、まだだよ。場所がおそらく東伊豆市の外だから難しいだろうね」

 魔物が食べたのか……。白浜の最後を考えると、仇とは言え、複雑な気分だった。

 天宮が視線を落とす。白浜が知事のティーカップを持っていた。恐らく親しかったんじゃないだろうか。その知事に殺されるのを本人も承諾していたんだろうか?

「目的は生命科学の研究だと上条が言っていました」

「人体生成や寿命の延長だね。白浜の両親は病気だった。上条も交通事故で息子を亡くしている」

 白浜の部屋の両親が映っていた写真と、上条が捕まる前にボロボロの時計を触っていたことを思い出した。

「でも、だからってどうして中沢くんを狙って?」

「調査中だよ。箱根の事件や、箱根郊外の事件についてもまだ読み取れないんだ」

「心的操作は記憶が消えてない限り読み取れるはずよ。ましてや日本の心理捜査官は優秀だから。ですよね赤川さん」

 天宮が言うと、赤川刑事は困ったように額を描いて頷いた。

「中沢くん、あれから記憶は戻らない?」

「はい、まだ……」

 俺は自分に対する腹立たしさともどかしさを感じて俯いた。彰と千陽を殺した犯人は証拠などが俺の頭に残っているはずだ。

「焦らないで、ゆっくり思い出せばいい」

 赤川刑事は微笑んだ。

「熱海警察署はあなたたちがしてくれたことに関して、感謝しているよ。逮捕の協力ありがとう」

 改まった口調で赤川刑事にそう言われた。みんなは嬉しそうな顔をしている。

「こちらこそ、助けていただきありがとうございました」

 俺は心から感謝を伝える。

「わたしたちは警察官として当たり前のことをしただけだよ」

 赤川刑事は優しそうな目で俺たちを見ていた。

「すごい子たちですね。僕も高校生の頃にこんなグループに入りたかった」

「ですな。わたしも二十年若ければね」

 浅井さんたちの話が聞こえて嬉しい気持ちになる。

「今日は付き合えよ。中沢!」

 神谷が俺の首に手を回してきた。鬱陶しいな。でも不思議と悪くなかった。

「付き合うよ」


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