第41話 騒乱の末に
俺は息を整えながらドアを開けた。庭園のような屋上が目に入る。噴水が中央にあり、それを囲むように木々が植えられていた。その噴水前には驚いた顔をした知事が立っていた。白浜の姿はなかった。
「もう逃げられないぞ!」
「ここまで来るとは……」
知事の上条は呆れたように言う。
「おとなしく熱海警察署に来るか?」
「それはできないな」
俺は刀を構えた。それなら多少強引な手を使ってでも熱海警察署に送る。
俺は走りこんだ。上条に横なぎに刀を振るうが、刀は上条の前で勢いを吸収された。何度か打ち込んだが、いずれも、勢いを吸収された。
今度は斜めから質量を込めた刀を振るったが、刀をはっきりと掴まれるような感覚があった。俺はたまらず刀を戻そうとしたが、重力で動けなくなった。上条の拳が胸に当たる。衝撃と共に肺から空気が漏れた。逃げようにも刀は固定されていて動かない。俺はとっさに刀を放して距離を取った。
上条の隣には俺から奪った刀が宙に浮かんでいた。それを見て金属操作だと確信する。金属の出現の有無ができる神谷とは違い。金属を操作できるタイプだ。
「君はよくやったよ」
上条に言われた。俺は上条を睨んだ。挫けそうになる心をなんとか奮い立たせる。
氷の礫が上条を襲った。上条が下がる。
「間に合って……、良かった……」
遅れてきた天宮が息を切らしながら安堵したように言った。
「天宮……」
「下は何をやっているんだ」
上条が不快感を露わにした。
「捕まる覚悟を決めたらどうですか?」
天宮は冷静な目を上条に向ける。
「残念ながら捕まるのは君たちだ」
「気をつけろ! 金属操作を持っている!」
上条はこちらを冷静に見ていたが、片手を挙げた。
庭園の地面から、色とりどりの石のようなものが浮き上がり、上条の前に漂った。嫌な予感がした。
天宮が前に立ち杖を前に出した。氷の壁ができる。
多数の破裂音と共に石が氷の壁の前に落ちた。見ればガラスの石だった。先ほどの重力も含めて見覚えがあった。
「なんで白浜の能力を持っている!?」
思わず声が震える。上条の瞳は萌黄色に光っていた。崩れかけていた氷の壁が崩壊する。天宮は動揺していたが、
「殺したんたのね」
と睨みつけた。
俺は近くにあった木をへし折って刀にした。
上条が近づいてくる。刀が左右に振られながらこちらに向かってきた。俺は何とか見極めて刀を合わせる。刀と木が重なっても、浮いている刀はありえない角度から、えぐるように弧を描いてこちらに向かってきた。俺はギリギリでそれをよけていく。対人と違って感覚がつかめない。
天宮が氷の礫を撃ち、相手の注意がそれたところで間合いを取る。上条の方を見れば、再びガラスの石がこちらに向かってきた。天宮が前に出て、氷の壁ではじいてくれる。
上条が訝しげな顔で、刀と共に近づいて来た。俺は左手の刀の鍔で受けて、それが、回転した際に、右手の剣の鍔でさらに受け止めてはじいた。天宮から以前聞いていた通り、魔法は操作者から二メートルの範囲が限界のようだった。
氷の礫でまた上条は後退りする。
立て続けに向かってくる空飛ぶ刀に、俺は両手に持った刀と剣で対応して、上条を中央の噴水から端に追い込んでいく。
上条の足がガラスの石を踏んだ。上条は両手をあげる。大量のガラスの石が浮いた。
冷や汗が出てきた。天宮は防げるのか? 俺は後ろにいる天宮を見た。天宮は頷いて見せた。大量の水が全面を覆った。同時にガラスの石がこちらに飛んでくる。
それは圧巻な光景だった。色とりどりの大量のガラスの石が氷となった水にぶつかり、滝のような破裂音が聞こえて、はじかれていく。
攻撃が止んだところで天宮が氷を消してくれた。氷が消え、現れた上条は呆然としていた。やつの足元のガラスの石はもうない。俺は走った。
宙に浮く刀を、限界まで質量を込めた右手の木の枝ではじいて、遠くに飛ばした。それから左手に持った木の枝を上条に向けて振りかぶったが、重力が体にのしかかり膝をついた。
「詰めが甘いな」
「どっちが」
上条の背後に回っていた天宮が上条足に触れた。上条が倒れる。
「肉離れさせたわ」
「これからってときに……」
上条は悔しがっていた。震える手で安そうなボロボロの時計を抑える。
「わたしが逮捕されたら、生命研究の分野の未来が失われることになる! それが分かっているのか!?」
「諦めが悪い!」
天宮が上条を睨みつける。
「それは警察に話せ!」
俺は上条の肩を掴んだ。
「天宮、みんなに捕まえたって伝えてくれ」
たぶん、みんなはまだ戦っている。知事の上条が捕まったとわかれば戦闘も止まるはずだ。
「わかった」
天宮はすぐに走っていく。俺は意識を熱海警察署の控室に集中した。
控室では遠山刑事が待っていてくれた。遠山刑事と同僚の刑事が上条を取り囲んだ。
「上条紘一! 殺人教唆の容疑で逮捕します」
遠山刑事が上条の手に手錠をかけたのが見えた。
「よくやってくれた!」
刑事の一人が声をかけてくれた。
「動画は見れないですか?」
俺はみんなのことが気になっていた。刑事がテレビを指さした。そこには市役所一階の様子が中継されていた。戦いは泥沼化していた。糸にとらえられたのか、撮影者の渡辺の動きは止まっていた。
森永さんが山瀬を相手に奮闘していた。坂原が浅井さん、神谷を相手にまだ戦っていた。浅井さんは負傷したのか腕を抑えている。神谷は口の端から血が出ていた。
『知事を捕まえました! もう戦いはやめてください』
ホールに良く通る声が響いた。映像が二階に向けられる。天宮だった。
『やった!』
渡辺の声が漏れた。ホールは静まり返っていた。映像はみんなの様子をとらえていた。
その場で座り込む森永さん。
小さくガッツポーズをする浅井さん。
喜び合う熱海警察署の人たち。
拳を下す坂原。
うなだれる山瀬。
落胆する東伊豆警察署の人たち。
神谷がカメラの前に来た。手を前に出す。パチンと小気味のいい音が聞こえてきた。
「後はわたしたちに任せなさい」
刑事に背中を優しく叩かれた。
「はい……」
泣きそうになるのを何とかこらえる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます