第39話 情報戦

 みんなノートパソコンの前に集まっていた。渡辺は緊張していた。

「動かさなくていいの?」

 天宮が訊いた。

「事前に登録はしてる。指定の時間になったら、投稿されるようになっているの」

 時計を見ると、七時を回った。渡辺が更新をかけると、俺の動画が映った。

 不思議な気分だった。気恥ずかしくもあり、なによりも怖かった。俺が画面の中でしゃべっていた。それが全国に流れているのだ。

「再生数伸びないな……」

「それは新規登録したアカウントだからね」

 渡辺は少し間をおいて携帯電話を操作し始めた。

「今、SNSで、この動画を宣伝したよ。これで閲覧者が増えるはず」

 見れば閲覧数が伸び始めていた。最初は1だったカウントが今や千近くにも上っていた。コメントも付いている。

『これ本人らしい』

『すごいな、これ』

 驚くコメント以外にも、否定する意見もあった。

『嘘を拡散するな、人殺し』

『お前が逮捕されろ』

 それ以外に中立な視点の意見もあった。

『この人が言っていることが本当だったらやばくないか』

『この事件、実際に新聞で見たことある』

「そろそろいいかな」

 渡辺はそう言って、アカウントを切り替えた。

「何しているんだ?」

 俺は訊いた。

「さっき、録画したわたしの動画をアップするの」

 アップした途端に再生数がいきなり千も増えていた。

「さすが人気動画投稿者だな」

「それほめてる?」

 その動画は俺の意見をフォローするような内容だった。三つの事件をまとめた新聞記事も載せていた。なんか、昨日、今日まとめた情報量としておかしくないか?

「ねぇ、この記事って二週間も前の話だと思うんだけど……」

 俺が疑問に思っていることを天宮が訊いてくれた。

「気になって追っていたのよ」

 渡辺が言ってチラッと俺を見た。まさか、俺にインタビューするつもりだったのか。

「こんな風に役に立つとは思わなかった」

 いつの間にか、再生数は一万再生に達していた。

「たぶん、中沢くんの動画も伸びていると思う」

 俺の動画を検索すると、俺の動画も再生数が一万になっていた。

『どこかの有名配信者が本当とか言っているけど、どうせ嘘だろ』

 否定するコメントもあったが、

『これ、本当だな。実際に事件も起きている』

 と肯定するものもあった。中でも、目を引くコメントがあった。

『熱海警察署で警察官とこの人と一緒にいるのを見た』

「テレビつけて!」

 渡辺が携帯電話を見て言った。神谷がすぐにテレビをつけた。見れば知事の上条が映っていた。

「早い」

 天宮は腕を組んだ。

『今、流れているこの動画だが、まったくのでたらめですね』

 知事は冷静に怒りを表しながら言った。俺はどう反論するか気になっていた。

『ですが、本人らしき青年が言っている事件は実際にあったものだそうですが』

 記者らしき男性が訊いた。

『あなたは二人の同級生を殺した人間の言うことを信じるんですか?』

 俺の人間性を否定して、ごまかすつもりなのか……。

『それも嘘だと本人は言っていますよ』

『警察が噓つきだとでも言いたいんですか? 全国指名手配されているんですよ。こいつは』

『失礼、この青年は仲がよかった二人の同級生を殺したんです。そんな人間の言うことをあなたは信じられますか?』

 その言葉で男性記者は詰まってしまった。

「今の東伊豆市のテレビでよく見る記者ね」

 森永さんが悔しそうに言った。

『熱海の警察から逮捕状が出されているという件はどうでしょうか?』

 次に訊いたのは女性記者だった。

『その話もどうかしていますね。まず、ティーカップがあったのは、その中沢修一本人が住んでいた建物らしいという話を聞きましたが、信用に値しますか?』

 女性記者は粘り強かった。

『そのティーカップは知事が受け取ったティーカップで意図的に盗まれたと言っていますが?』

『その問題のティーカップの写真を熱海の警察経由で拝見しましたが、全くの別物でした。熱海の警察にもそう説明しています。熱海の警察が逮捕状を要求したのも、そのティーカップがわたしのものだからという話らしいですから、無理な捜査でもしたんでしょうね』

 まさか、ティーカップの問題をこの場で否定するとは思わなかった。俺も動画では圧力が加わって店主が証言を代えたとは話していなかった。

『では、なぜ、熱海の警察は逮捕状を取り下げないのですか?』

『さあ、それは熱海の警察に訊いたらいいんじゃないですか?』

 上条は涼しげな顔で言った。

『明日のパレードには参加するんですか?』

 別の女性記者が訊いた。

『犯人を捕まえるためにも、わたしはこの身を張って参加しますよ』

 上条は微笑んだ。

『質問は以上ですか?』

 記者は誰も手を挙げなかった。

『そうですか、では最後に、この動画の顔をよく覚えておいてください。近くで見かけた場合はすぐに警察に連絡してください。これ以上、犠牲者を出さないために皆さんの協力をお願いします』

 負けた。俺はそう実感した。正しいことを言っても、それが、権力者によって、こうも簡単に潰されてしまうものなのか……。

「こんなの、出来レースよ!」

 天宮が悔しそうに言った。

「悔しいが、相手が上手だな」

 神谷はテレビを睨んでいた。動画のコメントも否定的な意見が増えていた。動画についている低評価が八割で高評価が二割になっている。

「わたしも動画に出る!」

 天宮が声を上げた。俺は目を丸めた。

「天宮、落ち着いた方がいい」

「わたしは冷静よ。ここで、動かなかったら、明日、味方してくれる人がいなくなる!」

「出て、何を言うんだ?」

「ティーカップのことよ。警察が再度訊いて証言をひっくり返したこと、あれがどうして変だって中沢くんが気が付いたのか、それから、美術館の事件と公園の事件も詳細に伝える」

「それなら、生配信に出てみる?」

 渡辺が震える声で訊いた。

「危険すぎる!」

「お願い!」

「もどかしいな、俺も出たい」

「黎、カメラをお願い!」

「わかった!」

 渡辺は慣れた手つきでマイクなどを準備していた。神谷はデスクトップパソコンにカメラのケーブルを繋いでいく。本当にやるのか……。

「声、聞こえてますか?」

 にこやかに渡辺が言った。

「実はニュースを見て、中沢さんと冒険仲間の人が証言しに来てくれました」

「中沢くんの冒険仲間の天宮菜衣です」

 少し震える声で天宮が言った。名前を言うなよ。俺は頭を抱えた。

「緊張しているんですね。その気持ちはわかります。テレビで市長がした発言に反論したいということですが」

「はい、知事の言っていたティーカップの話は間違っています!」

 天宮は言い切った。

「まず、知事が言っていたティーカップが別物という話ですが、あのティーカップは知事のものです。警察が最初に証言を訊いたときは、作成者は知事のものだと証言しています。しかし、逮捕状を請求した後、二度目に警察が聞いた際には作成者は証言を撤回しているのです」

「確かに変ですね」

「東伊豆市から圧力がかかったんです。なぜなら東伊豆市にあるお店だった。なおかつ市長に品を送るほど、親しい間柄だったからです」

「なるほど、そう考えると、辻褄が合いますね」

 渡辺はうんうんと頷いた。動画の同時視聴者数はどんどん上がっていき、今や、視聴者数が一万人を超えていた。

「他にもティーカップについて話したい事があるんですよね」

「はい、そもそも、どういう経緯でティーカップに疑問を思ったのか話します」

 知事はティーカップに疑問を思った経緯を話して言った。陶器の欠片にガラスの欠片が乗っていた件だ。

「すごい……」

 渡辺から声が漏れた。

「えぇ、最初に気が付いたのは、今、逃げている中沢くんです」

「そうですか。心配ですね。美術館で起きた事件にも中沢さんが関わっていると聞きました」

「えぇ、次に美術館で起こった事件の話をします」

 それは俺がティーカップの落とした後に気が付き、白浜の殺人を阻止した話だった。

「探偵みたい……」

 渡辺の口から声が漏れた。

「はい、彼のおかげでわたしは助かったんです!」

 訊いていて、恥ずかしくなってきた。

「その後、白浜は護送中に逃走したんですよね」

「はい、明らかにその背後には大きな黒幕がいます!」

「ほんとですね」

 天宮のおかげか俺が出た動画は高評価と低評価が拮抗していた。コメントも更新されていた。

『あの子もだましやがって』

『今度、誰かを殺したら、殺してやる』

『名探偵気取りか、証拠品をごまかしたのもお前だろ』

 否定的な意見はやっぱりあった。

『俺は信じるぞ』

『頑張れ、応援してる』

『ティーカップ知事を捕まえてくれ!』

 という応援コメントもあった。ティーカップという言葉に笑ってしまった。同時に勇気付けられる。

「その逃走した白浜が起こしたのが、中沢さんが話していた公園の事件ですね」

「はい、そこで――」

 その時、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

「警察が来た」

 森永さんの声に俺はノートパソコンを閉じ手に取った。とっさの判断だった。神谷が立てかけてあるビデオカメラから離れ、近くにあったホワイトボードから写真を剥がし、ホワイトボードを消していく。

「ドアが叩かれる音が聞こえます。こんな時間に誰かな?」

「おそらく東伊豆警察です」

 天宮はこちらを見た。

 神谷は無言で写真を手渡してきた。俺はそれらをバックに入れていく。肩を叩かれた。見れば、森永さんが衣類を持ってきてくれた。俺は手に持った。今や、ドアがこじ開けられようとしていた。俺は意識を熱海市の浜辺に集中した。


 付近には誰もいなかった。俺は安堵の息をついた。しばらく動かないほういい。ノートパソコンを開いたが、ネットに繋がらなかった。送信機が近くにないからだ。

 夜も更け、月明りを頼りに時計を見ると、午後十時を回っていた。本当は動きたくないが、明日のことを考えると、睡眠が取れる場所を探した方がいい。俺は赤川刑事から受け取った紙を見た。アルバイトで土地勘があった。場所の検討は付いている。

 俺が飛べる場所で一番近いのが、MOA美術館だった。俺は飛んだ先に誰もいないことを祈って、MOA美術館前に飛んだ。

 MOA美術館付近には幸い人はいなかった。慎重に歩いていく。東伊豆警察が巡回している可能性がある。

 商店街を抜ける。この近くのはずだ。不意に人影が見えた。俺に近づいてくる。思わず逃げようとした。

「待っていたよ」

 声でわかった。そこにいたのは赤川刑事だった。俺は思わず涙が出そうになった。

「大変だったろう。さあ、中に入りなさい」

 家は一戸建ての家だった。新築らしい白い外壁が見えた。玄関には小学生のものらしい小さい靴が置かれている。

「話は聞いているわ。大変だったでしょう」

 三十代くらいの優しそうな顔をした女性だった。赤川刑事の奥さんかな。

「疲れているだろう。今日はもう休みなさい」

「布団は用意してあるわ」

「ごめんなさい。迷惑をかけます」

 俺が頼るということは共犯者にすることになる。

「いいのよ。そんなこと気にしないで」

 奥さんの赤川さんは微笑んだ。赤川刑事と同じ、心も優しい人だった。案内された二階の寝室で俺は横になると、疲れからかすぐに眠気が襲ってきた。


 目が覚めると、日差しが差し込んできた。時計を見ると、もう午前十時だ。

「起きたのね。そろそろ起こそうと思ったわ」

 広間に行くと、赤川さんが迎えてくれた。小学生らしい男の子の目が少し驚いたように見開かれる。横断歩道にいたあのガキだ。

「おかげさまで寝れました」

「洗面台は廊下の突き当りにあるから使って、食事の用意もできてるから」

「ありがとうございます!」

 俺は顔を洗って広間に戻った。テレビを見ると、パレードの中継が始まろうとしていた。

「主人から伝言だけど、熱海警察署の控室で待っているそう」

 おそらくそこが一番安全なんだ。警察に追われる中で一番安全なのが、警察署なんて皮肉だ。

「わかりました。伝言ありがとうございます」

「そう、よかった」

 赤川さんはもう朝食を作ってくれていた。かつ丼だ。食べながら行儀が悪いが俺はテレビを注視する。

 コースは赤川刑事が危惧したように変更されていた。食べ終わった後、赤川さんが東伊豆市の地図を持ってきてくれた。元々は東伊豆市の西側の住宅地まで移動する想定をしていたが、高層ビルが建ち並ぶオフィス街を大きく回るように修正されたようだ。

「どう?」

「コースが修正されたみたいです」

「そうなの?」

 赤川刑事は家族には詳しくは話していないようだ。守秘義務を優先しているらしい。

「でも何とかなります」

 このコースはでも、公園を通るはずだ。テレビの沿道では人が集まっていた。そろそろ、出る時間だ。俺は準備を始めた。

「もう行っちゃうのか?」

 テレビを見ていた男の子が訊いてきた。

「悪い大人をやっつけに行くのよ」

「じゃあ、父さんと同じだ」

 子供の目がなぜか尊敬するような視線に代わる。

「そうね」

「お世話になりました。行ってきます!」

 俺は言った。震える手を拳を作って励ます。

「行ってらっしゃい。頑張って!」

「負けないでください!」

 俺は頷くと、熱海警察署の控室に意識を集中した。

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