第38話 投稿

「この部屋を使っていい。洗面台も二階にある。トイレはそこだ」

 浅井さんが部屋を案内してくれた。俺が礼を言うと、

「気にしなくていい。困ったときは大人を頼れ」

 

 翌日、目が覚めると顔を洗いすぐに一階に下りた。

「おはよ」

 天宮がなぜか座っていた。

「おはよう」

 と言いながら、厨房の方を覗くと、浅井さんは料理を作っていた。

「彼女は朝早くに来たんだ。君のことが心配だったんだろう」

 と浅井さんが朝食のサンドウィッチを出してくれた。俺がまじまじと天宮を見ると、彼女は恥ずかしそうに小さくなっていた。

「昨日、あの後静岡県警が来たわ」

「狙っていたんだな」

 危なかったと思う。

「九時ごろに赤川刑事たちが来る。作戦会議をするそうだ」

 しばらく待っていると、赤川刑事と森永さん、そしてなぜか神谷と渡辺が来た。


「問題はどうやって捕まえるかだけど」

 天宮が口を開いた。

「知事は警戒して身を隠しているはずだぜ。それに護衛を付つけている」

 と神谷が言った。

「二日後に式典があります。知事も出席するはず」

 俺は口を開いた。

「二日後なら逮捕状の有効期限にも間に合うな」

「そうですね」

「それなら、その日にテレポートで警察署まで連れて来ます」

「待った。一人で行くつもりか。俺も手伝う」

 神谷に言われた。

「当然、わたしも行くわ」

「あのね、式典にはテレビもあるのよ。それに大衆の目も。罪を犯しに行くようなものよ」

 渡辺があきれて言った。

「そんなのわかってる!」

「二人では厳しいな。俺も行く」

 神谷が加勢してくれた。俺は驚いた。

「あたしも手伝うよ」

「二人ともいいのか?」

「話を聞いたからな、正しい奴が悪い奴にやられるのを放っておけない。それにお互いに協力するって約束した」

 神谷の言葉に渡辺も頷いた。ありがとう。

「私も協力するよ」

 そう口を開いたのは赤川刑事だった。

「大丈夫なんですか?」

「あぁ、中沢くんがいれば捜査できる」

「静岡警察がしたことを逆手に取るんですね」

 天宮が訊いた。

「そうだ。うまくいけば当日、中沢くんたちをフォローできるかもしれない。問題は中沢くんが式典を事前に狙うってわかっていればいいんだが……」

 その言葉にみんな考え込んだ。

「動画投稿なんてどうですか?」

 そう提案したのは渡辺だった。

「いいと思うぜ! 動画サイトなら自分の意見とか自由に言えるから、市長の不当性も訴えられる」

 神谷が苦笑して賛同する。

「そうだな、動画サイトなら多種多様の人がいるから平等に見てもらえる」

「でも、将来とか考えたらその……」

 天宮が心配そうな表情で俺を見てきた。

「もう指名手配犯だから、それは気にしても仕方がない」

 俺はもう開き直っていた。

「それに式典を襲うからな」

 神谷がニヤッと笑った。

「問題は動画投稿の方法ですね。俺に二日でできるか……」

「それなら協力するよ」

 渡辺がバックからノートパソコンを取り出して見せる。

「なんで持ってきたのよ」

「こんなこともあると思って」

 渡辺は言いながら舌を見せる。

「あたし動画投稿者だから、慣れてるし」

「それがいいな、渡辺はもともと、こういうグレーな話を扱っていたから」

「当日はたくさんの人に見てもらえるように生ライブするつもり」

「それ意味あるの?」

 天宮が腕を組んでが訊いた。

「あのね、そうした方が向こうのけん制になるし、みんなの理解も得られる」

「そう言われると確かにそう聞こえる……」

「動画投稿で広まれば、警察も動けそうだ」


 それからさっそく動画撮影のための準備等を始めた。

「どうセリフは?」

「一応、できたけど」

 俺は女子たちにルーズリーフを見せた。渡辺たちは最初、うんうんと頷きながら見ていたが、次第に険しい顔になっていた。

「うん、ちょっと、あれかな」

「この一文とかさ、長すぎない?」

 それは市の法律の話だった。

「詳しく説明した方が分かりやすいと思ったんだけどな」

「うん、文面はよくできてると思う。でも話すときには多分みんなの頭に入らないかなって」

 渡辺は気を使っているのか言葉を選んでくれていた。

「それなら、そこにあるホワイトボードで説明したらどうだ?」

 刀を作っていた神谷が提案した。

「でも、それだと深刻さが伝わらない気が……」

 渡辺が何か言いかけたが、俺は神谷の提案に惹かれた。

「相関図みたいなのを載せたらわかりやすいな、一見して全体像が見えるような」

 俺が言うと、神谷は「それ、いいな」と頷いていた。

「それだと論理的すぎない? もっと感情的に攻めた方いいんじゃないかしら」

 天宮に言われた。俺は悩んでしまった。渡辺は何かおかしいのか、クスクスと小さく笑っている。

「私も作ってみたわ」

 と言って天宮がノートを手渡してきた。内容は分かりやすくまとめられてはいるが、所々感情的だった。

「これ、俺が話すのか……」

「所々、自分の言葉に言い換えていいから」

 結局、話し合った結果、天宮に書いてもらったセリフをベースにして、俺が自分の言葉に言い換えること、それからホワイトボードも使用することにした。

 それから動画撮影になった。場所は俺が借りている部屋だった。背景には位置情報が特定されるものは置かずにホワイトボードしかない。そのホワイトボードには、さっきまで犯人たちの名前だけだったものが、コンビニで印刷してくれた写真に差し替わっていた。

 市長の上条と白浜は写真を載せることになった。その方がリアルで事実を認識してもらうためだ。

 撮影前に天宮が服が曲がっていると直してくれた。

「緊張しないようにね」

「何度でも取り直せるからリラックスして」

 天宮と渡辺に言われる。

「じゃあ、撮影するね」

 俺はまず、避難していることを話した。天宮の書いてもらった筋書き通りに話を進めていく。

 白浜に襲われた件や、市長とその白浜の繋がりをホワイトボードで説明していく。そして指名手配の話を説明する。感情があふれそうになるのを何とかこらえて、それを指示したと思われる市長に逮捕状が出ていることを伝えた。

「知事が熱海警察の事情聴取を受ければ全てが明らかになるんです!」

 俺は力説する。

「明日、真実を明らかにするために、式典を襲い。知事を熱海警察に連れていくつもりです!」

 俺は言い切った。渡辺がビデオカメラから顔を上げて、呆気にとられたような顔でこちらを見てきた。

「いいと思う。これで行こう!」

「よかったと思う。感情が伝わったわ」

「説明もわかりやすくて問題ないな」

「動画を流す時間はどうするの?」

 天宮が渡辺に訊いた。

「夕食の時間の午後七時を考えてる」

「みんなが見る時間」

「そう」

 渡辺が笑顔を見せる。


 午後に時間を作ってくれた赤川刑事と再合流した。動画を見ると、とてもいいとほめられた。

「でも、熱海警察と繋がっていることが分かってしまいますね」

 俺が言うと、

「いや、匂わせることで向こうのけん制と一般の人の信用が得られる。いい塩梅だと思うよ」

 赤川刑事が持ってきてくれたものは東伊豆市の地図だった。そこには赤いマーカーで線が書かれている。

「当日のパレードはこの赤い線のルートに沿ってオープンカーで町中を通る」

「大統領みたいですね」

 俺は思わず言った。

「確かにだね」

「普通の市にはないですよね」

「知事が就任して五周年だからな、市長としては広めたいんだろうぜ」

「どこで襲撃するべきだと思います?」

 天宮が訊いた。

「それが問題だね。ビルに囲まれている場所は上から狙われる危険がある」

「銃ですか?」

 俺が訊いた。

「あぁ、能力もそうだが、銃も考慮に入れるべきだ」

「結構、危険ですね」

 渡辺の顔は少し強張っていた。赤川刑事は地図を見ていた。

 俺は赤線の近くの柚木に襲われた公園に隣接する道路が気になった。その道路は公園の中を通っていた。みんなの視線がそこに集まる。

「東伊豆市立公園ですか?」

 俺は訊いた。

「あぁ、そこなら周りにビルがないため射線があまり通らない。唯一あるのは競技場と博物館だ。いずれも道路から距離が離れていて射線が悪い。それに万が一、動画の影響でコースが変わっても、ゴール地点の市役所がその先だからほぼ必ずそこを通る」

 東伊豆市立公園に面する道路の先には市役所がある。

「ただ失敗したら、市役所に逃げ込まれることになるが……」

「その前に捕まえればいいんです」

 神谷が自信ありそうな顔で言った。

「その公園の駐車場なら俺も空間移動できます」

 魔物博物館に立ち寄った際に使ったことがあり位置は覚えている。

「わかった。ここにしよう」

「その公園に向かう時間はどうするんですか?」

 パレードなら生放送されるんじゃないだろうか? そのことを伝えると、

「あぁ、公園の前に来たところで、空間移動で移動すればいい」

「待ち伏せとかあるかもしれませんね」

 天宮が思案気に言った。

「当日は人でごった返すし、そこに警官を配備されたら怖いな」

 と神谷が頷く。

「そこはわたしたちがフォローしよう。先にわたしたちがいれば妨害もできる」

「お願いします」

「あぁ、任せてくれ」

 赤川刑事は笑顔で言った。

 会議が終わった後、赤川刑事は俺に紙を手渡してきた。見れば地図が書かれている。

「そこは自宅だ。困ったら来なさい」

 赤川刑事は小声で言った。俺は頷いた。

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