第36話 黒幕

 俺は涙が止まらなかった。

「廃旅館で見た遺体が彰たちなんだな」

 天宮は悲し気な顔をして頷いた。

「自宅に戻ろう。タクシー呼ぶから」

「いや、大丈夫だ。行ける」

 俺は天宮の手を掴むと自宅にテレポートで飛んだ。


 自宅で落ち着くまで過ごして、それから熱海警察署に飛んだ。

「そうか、思い出したんだね」

 赤川刑事が視線を外した。

「事件の進捗を教えてもらえませんか?」

 黒田彰と柏野千陽の胴体の遺体は机にバラバラに置かれていた。首は細胞の崩壊していたことから生命操作の能力で、そのほかの部位を切り刻んだのは断面の傷から荒い刃物状のもので断ち切られていたそうだ。現場には俺の手も落ちていた。

 俺も見た首は柏野千陽のものでお皿の上に飾るように乗っていたらしい。黒田彰の首や一部の部位は見つからなかったそうだ。これはすでに魔物に食べられた可能性もあるらしく。その証拠にそばに落ちていた排泄物から二人の遺伝子の骨などが見つかっているそうだ。

 さらに二人とも生きたまま首を切断されたらしいと言うのが、遺体を調べて分かったそうだ。あんまりだと思う。あまりにもむごすぎる。


「何かあったら言ってね」

 珍しく気を使ってくれる天宮に言われたが、俺はあいまいな返事しかできなかった。ベッドに腰かけながら千陽たちの記憶を思い出していた。俺たちは養護施設で生活していた。千陽の両親が事故で、彰の両親は病気、そして俺は父親から虐待されていた。小さいころから俺たちは身を寄せ合って生きてきた。同じ小学校、中学、そして、高校に行くはずだった。

 ただ中学三年のことは旅行の一部以外思い出せなかった。

「なんで思い出せないんだよ」

 記憶の戻らない自分に猛烈に腹が立った。

 それから冷静になって悲しさと心に穴が空いたような虚しさを感じた。

 そうか、もう会えないんだ。


 俺はそれから何もする気が起きずに自室に引きこもっていた。食事は買いだめしておいたカップ麺で済ませた。風呂も入る気にはならなかった。時折、神谷が「天宮さんが来てるぞ」と声をかけてきたが、一切聞こえないふりをした。

 ホールの方から何か慌てる音が聞こえた。

「テレビつけて!」

 渡辺の声だった。

「嘘だろ!?」

 何か非常事態が起きたのは分かった。俺は顔を洗って適当に着替えると、ホールに出た。

 みんながテレビにくぎ付けになっていた。テレビを見ると、俺の写真が載っていた。それも指名手配の文字が見える。嘘だろ。頭が真っ白になった。

「特別指名手配……」

 天宮はそう呟いて、固まっていた。

「なんでだよ」

 神谷がチラッとこちらを見てくる。

「警察に力をかけた黒幕がいるんだ」

 俺はそう言って吐き気がした。テレビでは箱根の廃旅館で起きた同級生殺害事件を説明していた。

「中沢くんはやってないんだよね?」

 渡辺が訊いてきた。

「当たり前でしょう」

 天宮が怒った。

「なら、逃げた方がいいかも」

『驚くべきことに中沢容疑者は記憶喪失だそうですが、警察は亡くなった柏野千陽さんの能力によって引き起こされたものと見ているそうです』

「柏野さんの能力のせいにするなんて……」

 天宮がわなわなと口を震わせる。

「適当に言いやがって!」

 そのとき、玄関のドアが開く音が聞こえた。素早く渡辺がホールのドアを閉めて鍵をかけた。

「どなたですか?」

 天宮が緊張した声で訊いた。神谷が刀を作り投げて渡してくる。

「熱海警察署の赤川だ。君たちと話がしたい」

「捕まえに来たんですか?」

 俺はドア越しに訊いた。

「いや、そのつもりはないよ。話に来た安心してほしい」

 その言葉に俺は刀を下した。渡辺に頷き、彼女がドアを開ける。そこには赤川刑事がいた。

「話というのはなんですか?」

 俺は冷静に訊いた。

「無くなったのは特徴的なティーカップだった。そしてティーカップの持ち主が判明した。犯人は県知事の上条だ」

 みんなは絶句していたが、俺はそうだろうなと思っていた。

「先ほど逮捕状を請求した。ただ、向こうは引き渡しを拒否しているがね」

 赤川刑事はテレビを悲しげな眼で見ていたが、

「今回の指名手配は静岡県警がやったことだ」

「このタイミングなのは、何か関係があるんですか?」

 天宮が訊いた。

「逮捕状の存在だろう。君を逮捕することで、知事の上条が犯罪を指示したとされる白浜が起こした君たちに対する殺人未遂をうやむやにする気だ」

「上条が指示したんですか?」

「あぁ、その可能性が高い。白浜が携帯電話で連絡した相手先の電波を受信した基地局が県庁になっている」

 美術館の改装を手伝ったのも上条だろう。

「上条は逮捕できないんですか?」

 俺は怒りを覚えて訊いた。

「一般人だったらできるんだ。ただ、相手は知事だ。権力がある」

「でも、上条の逮捕状があれば、いつかは捕まるはずです。逮捕状も延長できるんですよね」

 俺の言葉に赤川刑事たちはすまなさそうに目を伏せて、

「逮捕状の延長が出来なくなったんだ。先ほどティーカップを作成した当人が証言を替えた」

「他に打つ手はないんですか?」

「俺が逮捕されて、その間、記憶を取り戻せばいいんじゃないですか?」

「それが出来て、向こうが証言を聞き入れてくれればいいが」

「握りつぶされる可能性があるということですね」

 神谷が訊いた。

「あぁ、あの知事がいる以上、静岡県警は信用できない」

「もし捕まったらどうなるんですか?」

 俺は訊く、声が震えた。

「取り調べの後、裁判を受ける。それに……」

 赤川刑事は言葉を濁した。同級生二人を殺した罪は重いはずだ。それに護送中に手配したギャングに誘拐され殺される可能性もある。

「赤川さんはそれをわかっていて、何もしてくれないんですか?」

 天宮が訊いた。

「県警の下にある市の警察に力はないんだ。すまない」

 赤川刑事は頭を下げてきた。誰も何も言わなかった。部屋が静まり返る中、テレビの声が聞こえてきた。

『でも、怖くないですか、早く逮捕されてほしいです』

『許されないですね。死刑ですよ! こんなやつ』

 神谷が震える手でテレビを消した。俺は震えていた。思わずみんなを見ると、神谷は悔しそうに握りこぶしを作っていた。渡辺は心配そうにこちらを見ていた。赤川刑事は真剣な表情で思案していた。天宮は泣きそうな顔で手を掴んできた。

 助けを求めるとみんなにも罪を背負わせることになる。それは出来なかった。

「一人にしてくれ」

 俺はそう言って自室に入ろうとした。

「一人で行くの?」

 天宮が訊いてくる。

「あぁ、これ以上迷惑はかけられない」

「迷惑かけてよ」

 天宮を見ると、こちらを睨んできた。

「私たち仲間でしょう」

「その通りだぜ。俺も手伝う」

 神谷がぎこちなく笑って言った。

「お前には命を助けてもらった借りがあるからな」

「あたしも手伝うよ。中沢くんには助けてもらったから」

「俺も同じ気持ちだな。大人として無実の後輩が捕まろうとするのを見捨てるなんてできない」

「そうだよね。中沢くんには助けられたから」

 浅井さんと森永さんがそう言って俺を見てくる。いいのだろうか。

 みんなの視線が赤川刑事に向けられた。

「いやはや、私も同じ気持ちだよ」

「いいんですか?」

「なに、もし刑事を辞めることになったら探偵事務所でも開くさ」

 赤川刑事は笑ってみせた。

「ありがとうございます」

「とりあえず、ここだといずれ警察が来る。うちに来てくれ」

 浅井さんが言った。

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