第32話 県知事
再びリムジンに乗り、今度は県庁を目指す。公園を抜け、オフィスビルが建ち並ぶエリアが見えてきた。
「県庁が見えてきましたよ」
運転手の男性の声に窓の外を見ると、ビルが見えてきた。入り口近くでスーツを着た山瀬さんが待っている。
「どうぞ、ご案内します」
山瀬さんに連れられ県庁に入った。一階のホール奥にあるエレベータに乗る。
「緊張しなくてもいいのよ。リラックスして」
こちらを気にかけてくれたのか山瀬さんが笑顔で言ってくれた。三十階で降りて、あるドアの前で山瀬さんがノックする。
「中沢さんと天宮さんがお見えです」
「入ってくれ」
中から声が聞こえてきた。山瀬さんがドアを開ける。俺たちは室内に入った。
「こんにちは、初めましてだね。県知事の上条だ」
「中沢修一と言います。こちらは冒険者仲間の天宮です」
天宮が会釈する。
「ホテルに宿泊させていただきありがとうございました」
「体は休めたかな」
「はい、最高でした」
「そうか、それはよかった。君たちには感謝しているよ。これで伊東とインフラが繋がった。被災者に物資を運ぶことができる」
すごいな、この人。俺は感心した。
「そこに座って」
高そうなソファーに腰かける。隣で天宮が丁寧に腰かけた。俺と違って品がある。彼女を見て学んでいこう。
「お茶をご用意します」
「お願いするよ」
そわそわして室内を見回すと、ガラス棚にあるトロフィーや写真立てが見えてきた。その中に彰の姿を見つけた。思わず声が出てしまう。
「それはわたしが表彰に立ち会ったときに撮ったものだね」
俺の視線に気が付いて知事が説明してくれる。
「彰、この男子ってどういう賞を取ったんですか?」
「黒田くんは生命科学分野の研究で高校生ながらに素晴らしい成果を上げたんだよ」
彰がいつも論文を読んでいたことを思い出して、あいつが認められたようでいて俺は嬉しくなった。
「君は黒田くんの友達かい?」
「はい、大切な友達です」
「そうか」
知事は安堵したような顔をしていた。
「停滞していた生命科学の研究が進んだのは彼のおかげだ。君たちは午前中に魔物博物館に寄ったそうだね」
俺たちが頷くと、知事は、
「魔物博物館は生命科学の研究所も隣接されている。そこでは今も生命科学の研究が進められているんだよ」
「具体的にはどんな研究ですか?」
「そうだね。遺伝子生成、改造と言われる分野の研究だ」
「日本では遺伝子改造に関する研究は規制がかけられているはずですよね」
天宮が珍しく口を挟んだ。
「そうなのか?」
「うん、元を言えば鬼が出来たのは偶然でその本来の目的は遺伝子改造の研究だったのよ」
「静岡市の魔物災害により、遺伝子改造などの研究は日本で禁止になったんだ」
知事が天宮に続いて説明した。
「君は天宮さんの娘だね」
「父をご存じなんですか?」
「あぁ、彼も研究員だったからね」
思わず天宮を見ると彼女はバツが悪そうに顔をそむけた。
「どうぞ」
と秘書の山瀬さんがお茶を持ってきた。
「その法律はあくまで全国でのものだ。ここでは条例によって研究が認められている」
条例と言うのは県の法律だ。
「魔物災害によって人々が分断されたことにより、市や県が独自で対応することが必要になった。そのため、市や県の権限が増えてより多くのことが任されるようになったんだよ。昔と比べてね」
今回の災害のような状態ではそれが効果的なんだろう。分断された以上、各々で対応が迫られる。高いと言われる玉露だろうか、お茶を飲みながら知事の話に聞き耳を立てる。
「その条例を作って研究するのは我々の未来のためだよ。研究が進めば寿命や病気で亡くなる人がいなくなる」
知事は俺を見ていた。
「すごい話ですね。想像がつかないです」
「そうだろう。未来の話だ」
知事は微笑んだ。
「ホテルの予約は明日までしているので、自由にどうぞ」
「色々とありがとうございます」
俺たちは山瀬さんに見送りをしてもらっていた。隣では天宮がぼんやりとした顔でエレベータから外の景色を見ていた。
県庁の一階のホールから入り口を見ると、浅井さんたちが待機していた。こちらを見ると、森永さんが手を挙げて見せるのを浅井さんが止めた。なんというか、仲がいいよな。付き合っていたりするんだろうか。
県庁の二重の自動ドアをくぐると、黒い車が止まっていた。
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