第31話 魔物博物館
今日もリムジンに乗りながら都会の景色を楽しんでいると、緑の木々や遊具などが見える公園らしきものが見えてきた。後ろを見ると、タクシーで浅井さんたちがついて来ている。邪魔しちゃ悪いからという理由で天宮と二人っきりにしてくれていた。
「ここが東伊豆市立公園です。園内には県立図書館や目的地の魔物博物館がございます」
運転手が説明してくれる。
「県立図書館って元は静岡市にあったんですよね」
「はい、静岡市で起きた災害により、県立図書館がここ東伊豆市に移されました。その際に貴重な研究資料などは県立図書館にも移されました。そのため、全国で五位の蔵書量になります」
「にもってことは他にも資料は移されたんですか?」
俺が訊くと、運転手は少し言葉を濁していた。
「もう一つの寄贈先が被災のあった箱根図書館になります」
そう言うことだったのか。
「静岡県だけで研究資料を独占するのはどうなのかって話になって、隣の神奈川県にも資料が寄贈されることになったのよ」
「天宮様の言う通りです。これから参ります魔物博物館も当時の研究を学ぶことできますよ」
園内の駐車場で俺たちは降りて、少し距離を置いて浅井さんたちが付いて来る。
館内に入ると、空調が効いていて涼しい。受付入場料を払いパンフレットと券をもらう。
俺はパンフレットを広げる。魔物のはく製が飾ってある展示エリアに、能力石の展示エリア、それから、魔物の歴史がわかるエリアなどがあった。
モニターに映像が流れていた。前に置かれている長椅子に座ると隣に天宮が座った。
静岡県静岡市の研究所では人の遺伝子の研究がされていた。そんな中、能力石が発見される。人の遺伝子操作の研究をする中で偶発的に見つかった発見だったそうだ。
その能力石を持つ人間は緑色の体をして、凶暴性が高く知能が低かった。
俺は嫌な予感がした。同時に気分が悪くなる。
能力石は人類に半永久的に使えるエネルギーをもたらした。法案が成立され、さらに過激な研究ができるようになった。
研究が進み、人間の心臓の左側に能力石が育つように設計され、繁殖しやすいように遺伝子に改良を加えたそうだ。
しかし、三十年前に事故が起こった。研究所で管理されていた人間たちが一斉に外に出たのだ。原因は不明だ。
それは地方などで甚大な被害をもたらした。廃墟となった建物を思い出す。
研究所にいた人間は町に住んでいた人間を殺戮し、町に住んでいた人たちは逃げ出した。人間に対する攻撃性とその容姿からそれは鬼と呼ばれるようになった。
「嘘、だろ……」
「本当よ」
俺は頭を抱えた。今まで殺した感覚が蘇ってくる。
映像は続いていた。遺伝子操作された鬼はこの三十年で独自の進化を遂げた。それが闇鬼らしい。
「俺がやっていたのは人殺しじゃないか……」
天宮は頭を横に振った。
「法律的には鬼は人じゃない。鬼を狩ることは合法的に認められているわ」
俺は頷くことしかできなかった。冒険に制服を着ていく意味が、なんとなく分かった気がした。あれは、元は人間だった鬼を殺すため、喪に服す意味も込められているんだ。礼儀正しい日本人らしい考えだ。
「展示されているものを見て行こう」
天宮が気を使ったのかそう言ってくれた。
魔物のはく製が飾ってある展示エリアに子鬼のはく製が飾られていた。
生体名は鬼と記載されていた。よく見る子鬼だ。人間の遺伝子が入っていることを知っているため、複雑な思いでそれを見た。人間で言うと小学生くらいだろうか。人間の子供と姿が重なる。隣に目を向ければ人間の二メートルくらいの鬼がいた。
箱根の商店街とダムにいたサイズだ。やっぱり、近くで見ても迫力がある。不衛生な黒みがかった歯や、ギザギザの爪など、トラウマになりそうだ。
通路を通りさらに進んでいくと、クマのような大きさのはく製を見つけた。
真っ黒い繊維状な体毛で覆われている口には牙があり、手には爪があった。それに羽のようなものも生えている。それは黒い狼に翼が付いているような恰好だ。
生体名は闇鬼と記載されている。説明では夕方から夜にかけて活動すると書かれていた。人間とニホンオオカミ、コウモリの遺伝子を持っているらしい。
俺は当時を思い出して身震いした。体毛は太く堅そうに見えた。獰猛そうな牙と、鋭い爪もある。この爪が天宮先生を死に至らしめた。
心配して天宮を見ると、彼女は青白い顔で闇鬼を見ていたが、こちらに気が付くと、
「人間が絶滅の原因を作ったニホンオオカミの遺伝子を持っているんだって」
ニホンオオカミは人間が絶滅させた動物だ。
「人間の業だな」
――闇鬼は夜行性で昼間は動けないそうだ。
黒田彰は思案気に闇鬼を見ていた。
――ニホンオオカミの遺伝子を持っているなんて皮肉だよね。
ソプラノの声、初めて聴く声に俺は思わず振り返ったが、そこには誰もいなかった。
「思い出したの?」
天宮が訊いてくる。
「あぁ、彰ともう一人女子がいた」
なぜか彼女はしたり顔で頷く。
「彼女さん?」
「わからない。初めて聞く声だった」
天宮は戸惑う俺を見て、心配そうに見てきた。
能力石の展示エリアでは能力石がずらりとガラスケースの中に展示されていた。
能力石は与える能力によって、その能力の効果が付与され固定されるらしい。例えば火を点ける能力を当てれば、コンロになるし、水を出す能力を与えれば水源になる。電気を流す能力を与えれば電源になるそうだ。
展示された能力石はガラスケース内でライトアップされ、宝石のように輝き、それぞれ色が異なっていた。
電気操作の能力石はアメジストのように紫色に輝いている。
「魔法に色が付くなんて不思議だな」
「そうかな、まあ考えてみればそうね」
他にも空間操作は水色、質量操作は灰色、生命操作は白、金属操作は黄色、重力操作は黒、心的操作はピンク色、視覚操作はマゼンタ、温度操作は赤紫色だった。俺は色を見て気が付いた。
「光る眼の色って、絵具を混ぜた色じゃないか?」
「厳密には色の合成よ。色付の下敷きを二枚合わせた感じかな」
そう説明する天宮の瞳の色は温度操作の赤紫と、生命操作の白が混ざったピンク色だ。
俺の瞳の色は空間操作の空色と質量操作の灰色が混ざった薄い空色だ。
白浜の瞳は黄色みがかった灰色だった。重力操作は黒色ということは、セラミック操作は白っぽい黄色だろうか?
探してみると、やはりクリーム色だった。
「犯人、薄い赤色だったよね」
「あぁ」
犯人の持っていた心的操作のピンク色、生命操作の白を混ぜ合わせただけでは赤にならない。恐らく赤の能力が必要だ。俺が赤色を探そうとすると、天宮が指さした。そこには化学エネルギー操作と書かれた赤色の能力石が置かれていた。
俺たちは二階へ向かうエスカレーターに乗った。二階はほとんどが吹き抜けとなっていて、眼下にはこれまで見てきた展示物が見えた。
二階には能力に関係する歴史などが紹介されていた。二十世紀の急速な超能力社会の発展の様子が紹介されている。電車が空間移動装置に変わり、水道や、コンロが能力石に変わっていく。
十五歳以上の年齢制限がかけられたエリアが不意に目に入った。「死の能力」の文字が見える。
「どうする?」
「見てみよう」
俺はその仕切られたスペースに入った。近くにあった長椅子に腰掛ける。天宮はなぜか少し離れた位置に座った。
また映像のようだ。大きなモニターがある。
人々が能力に目覚め、生活する中で、人の死と共に能力の転移される事例が見つかった。それは医者に多く見られ、親しい間柄の死者の能力が移ることから患者が死ぬ時に生者に能力を託しているのではと考えられていた。
しかし、それとは別の事象も見つかった。殺人事件で加害者に被害者の能力が移るということだった。それは被害者の死により深く関わり、医者の事例と同じく被害者と親しい加害者に強く影響することが分かった。死者の能力が移ったものは一様に光る瞳をしていた。興奮したときや能力を強く使ったときに、より瞳から能力の光が漏れだすらしい。それは死の能力と呼ばれた。
鬼を思い出す。人間の遺伝子を持った鬼は人間と同じ特性を持つ。魔物を退治するのは理にかなっているらしい。同時に魔物の目が光っている理由もわかってしまった。あれは人間を殺して能力が移ったんだ。
大々的にニュースとして広まった事例が日本の別荘で起きた殺人事件だった。
被害者は男女十名にも上り、その犯人は被害者を心的操作で操って友人同士を殺し合いを意図的に起こしたり、人数が少なくなってからは自らも殺したそうだ。
一人だけ生き残った犯人は逮捕された。のちに精神鑑定にかけられた犯人は能力レベルが異様に高いことが判明した。さらに複数の能力を持っていたらしい。
覚醒した能力はいずれも親しい友人のものだった。間接的に殺された被害者の能力も持っていたそうだ。
俺は昨日天宮が言いかけたことが分かってしまった。犯人は能力が欲しかったんじゃないだろうか? 魔物を心的操作で操ったとしても間接的に殺したとみなされて能力を手に入れることができるからじゃないだろうか?
気が付くと震えていた。天宮が優しく手を掴んできた。
「出よう」
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