第三章 騒乱のパレード
第30話 交通網の修復
「冒険者の方ですね。お待ちしていました」
交通所前でそう声をかけてきたのはスーツを着た女性だった。三十代くらいで長い髪を後ろでまとめている。
「私は上条県知事の秘書をしている山瀬と申します」
俺たちは順に挨拶をしていった。
「しかし、知事の秘書さんがどういった理由でこちらに」
紹介が終わって浅井さんが訊いた。
「実は交通網の復旧の手伝いを中沢さんにお願いしたいんです」
「どうして俺がテレポート持ちだと知っているんですか?」
「中沢さんは有名ですよ。箱根で大勢の人を助けて、さらに数日前の美術館の事件も未然に防いだとか」
「有名人ね」
天宮が楽しそうに俺を見る。
「中沢さん、東伊豆市と伊東を繋ぐ交通網の復旧を手伝っていただけないでしょうか?」
天宮が目配せしてくる。俺はもちろん頷いた。
「都会みたいですね」
俺は窓の外に目を向けて、道なりを覚えながら口を開く。
「ここはオフィス地区です。他にも商業地区や工業地区、住居地区があります」
俺たちは山瀬さんの運転する車に乗っていた。人数が大いので後ろからはタクシーに乗った浅井さんたちがついて来ている。
「確か駅はこの先の商業地区ですよね」
と助手席に座っている天宮が言う。
「えぇ、駅から土地開発が進みました。昔はこの近辺は旅館や漁港くらいしかなかったんですよ」
しかし、熱海や伊東に比べて土地が平坦で広い。
「開発にあたり、山間部は切り崩し、沿岸部は埋め立てを行って土地を拡張しました。第一産業や第二産業、第三産業全てあり、この街だけで完結しています」
それなら、災害に遭った被災者たちを支援することができるんじゃないだろうか? 俺がそのことを伝えると、山瀬さんは頷いて、
「ええ、災害に遭った方たちを手厚く支援することができます。駅のインフラが整えばですが」
そのために俺が道路を繋ぐ必要があるのか。責任重大だな。
駅構内はデパートの中にあった。関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の向こうに慣れた足取りで歩く山瀬さんの後に俺たちはついて行く。
駅構内の巨大なドアのような前で作業着を着た人たちが物珍しそうに俺たちを見て行く中、山瀬さんが責任者らしい人に事情を説明して、巨大な能力石が手渡された。従業員らしい人の説明を要約するとこの能力石を念じながら伊東の駅にテレポートするだけでいいらしい。そうすれば能力石に能力が移るそうだ。ただし、一度だけしかできないらしく。間違えてしまうと他の能力石を使うことになるそうだ。
「高そうですね」
責任者らしき人は笑って代えがあるので安心してください、と言ってくれたが俺は手汗が止まらなかった。
事前にテレポートで何度か試した後に行い。何とか能力石にテレポートの能力を移すことに成功した。
作業員の方たちがすぐに作業に取り掛かり数分してドアのようなものに見慣れた伊東の景色が映った。作業員の方たちや見守っていた人たちから歓声が上がる。
「ありがとう。これで伊東と行き来できるようになりました」
山瀬さんが笑顔を向けてきた。
「疲れたでしょう。お礼と言っては何ですが、実は東伊豆ホテルを予約しているのですが、この後どうでしょうか?」
「ちょっと待ってください。この子たちは警察から依頼を受けた我々が護衛しているんです。今は困ります」
浅井さんが口を挟んだ。
「実は県警の方から事情は聞いています。あなたたちも含めて予約を入れていますし、護衛はこちらも一流のものを付けます。それに護衛対象の自由はある程度許可されていますよね」
「まあ、いいじゃない」
森永さんは嬉しそうに言うと、
「税金ですか?」
「いえ、県知事のポケットマネーです」
「太っ腹ですね」
山瀬さんは微笑む。浅井さんが困った顔で俺たちを見た。
「君たちはどうしたい?」
天宮と目が合った。
「泊まるか?」
「そうね」
「それではリムジンを呼びますね」
「リムジン!?」
俺は思わず声が出てしまった。森永さんは納得したらしくしたり顔で、
「来賓の方が泊まれるランクの部屋ですね」
「はい、スイートルームです」
俺が口を開けて驚いていると、天宮は冷静に「ありがとうございます」とお礼を言った。俺も慌てて礼を言った。
リムジンでホテルに着くと、スタッフらしい男性たちが俺たちの荷物を持ちホテル内に案内してくれた。
部屋割りはスイートルームにベッドルームが二部屋あるということだったので、天宮と俺たち、浅井さんたちという形で別れることになった。
「ホテル内にはどういった施設があるんですか?」
「温泉やプールそれに遊技場もありますよ」
天宮は笑顔を隠しきれていなかった。俺もそうだった。
「他に何かあれば内線電話でお呼びください」
スタッフはそう言って去って行った。続けざまにドアがノックされて浅井さんたちが顔を見せた。
「ホテルから外出する際は携帯電話で僕たちに連絡してくれ、何かあれば隣の部屋にいるからすぐ連絡するように」
浅井さんの言葉に俺たちは頷いた。
「わたしも羽を伸ばそうかな」
そわそわしたように森永さんが言う。
「依頼を受けているのを忘れるなよ」
「はいはい」
「あまり気にしなくてもいいと思うけど」
ホテルのレストランで俺がマナーを気にしていると天宮に言われた。
「俺、こういうところに来たことがないから、一度ちゃんと学びたいんだ」
天宮は頷いて、小声で作法を教えてもらった。トイレ休憩時はナフキンを椅子に綺麗に畳むとか、逆に帰る際はナフキンをテーブル右手に適度に崩して置き、美味しかったと伝えるそうだ。何も知らない俺としては勉強になった。
「綺麗な夜景ね」
レストランでコース料理を待つ間、天宮が楽しそうに窓から外を眺めていた。
「天宮がそんなことを言うなんて珍しいな」
「まあね」
天宮は赤い顔で微笑んだ。俺は納得した。
「その顔、何時間温泉に入ったんだ?」
「二時間くらいかな」
俺はその言葉に苦笑する。どんだけ好きなんだよ。
「ちょっと入りすぎちゃって」
天宮は恥ずかしそうにしていたが浮かない顔をした。
「なんか、今も避難所では大変な暮らしをしている人がいるのに申し訳ないよね」
俺は避難所にいた家に帰れなくなった人たちの姿を思い出した。
「それは俺も思うよ。俺たちがインフラを整えたことで被災地の生活も楽になるはずだ」
天宮は頷く。気になるのは犯人たちの動向だ。また同じことをされる可能性だってある。
「犯人は誰なんだろうな」
「中沢くんは犯人の顔は覚えてないんでしょう?」
俺の記憶では箱根を襲ったフードをかぶった奴とは会っているが、いつ、どこで、なぜ会ったのか、その場に誰がいたのかもまだ思い出せない。
「分からない」
俺は嫌なことを考えてしまった。犯人の顔を俺が覚えていて犯人が俺を狙った可能性がある。そのことをためらいがちに天宮に伝えると、
「そうだとしたら、犯人と会ったときに中沢くんを真っ先に狙うはずよ。犯人はそうしなかった。だから中沢くんを狙って箱根を襲ったわけじゃないと思う」
「別の目的か……」
犯人の目的はなんだろう。白浜もおそらくそれに一枚噛んでいるんだろう。
「もしかしたら」
天宮は何か気が付いたようだった。
「何かわかったのか?」
「最終的な目的は分からない。でも能力を狙ったんじゃないかと思う」
死の能力だろうか? 赤の他人でも問題ないのか? 被害者の願いが反映されるんじゃないのか? 疑問に思ったがこの場であまり聞ける話題ではなかった。
「渚が美術館で言った言葉覚えてる?」
「俺がまだ思い出せてない記憶があるんだったな」
俺はそう言いながら慣れないナイフとフォークを扱いながら、
「明日、もう一つの魔物博物館に行こうと思うんだけどいいか?」
「付き合うよ」
ありがたい。治療の担当してくれている天宮がそばにいてくれるのは心強い。
「そう言えば、県知事が俺たちと会いたいらしい。明日の午後に庁舎に来てほしいそうだ」
「県知事?」
「ああ、お礼とかじゃないかな」
天宮はなるほどと納得する。
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