第25話 空席の椅子
伊東から熱海警察署に飛んで、署内で事情を説明し、白浜を引き渡した。白浜はその場で捕まった。
それから現場検証のため、東伊豆美術館までの移動を手伝った。
美術館ではすぐに現場検証が行われた。俺は天宮に腕を手当てしてもらいながら、その場で事情聴取を受けていた。
美術館で起きたことや、それまでの経緯を事細かく説明していく。
担当してくれた刑事はあの赤川さんだった。
「箱根を襲った殺人鬼の協力者だったと思いますか?」
「あぁ、君たちが聞いた話からその可能性が高いな。それに転移装置を破壊したセラミック操作を持っている」
赤川刑事は難しい顔をしていた。白浜はセラミック操作を持っていた。同様に駅の能力石が壊れた原因がセラミックの破裂だった。
「現に白浜も箱根から避難している」
そう俺が白浜の避難を手伝った。ギリッと奥歯を噛みしめる。治療しながら話を聞いていた天宮の顔は強張っていた。
「道路や、他の被害に遭った町でもセラミックが破裂していたんですか?」
俺は訊いてみた。赤川刑事は困った顔をしていた。
「これは、内密にしてほしいんだが、これまでの駅の破壊と道路の破壊は全てセラミック操作によるものなんだ」
予想していたとはいえ、その言葉に俺は絶句した。全て白浜がやったのか?
「事前に試していたんですね」
赤川刑事は頷く。
「飲み物には能力無効化剤が入っていたんですか?」
天宮がおずおずと訊いた。
「あぁ、そのようだね」
「能力無効化剤?」
「能力を抑える薬よ。能力の制御の治療に使われるの」
その薬を飲んでいたら間違いなくやられていたわけか。
「渚は仲間を呼んでいたみたいです」
「誰とは言ってなかったのかい?」
「その人に中沢くんを紹介すると言っていました」
赤川刑事は考え込んでしまった。
「これは私の推測だが、その人物が君が目撃したという箱根を襲った犯人の可能性が高い。この場に来る予定だったんだろうね」
赤川刑事は美術館内に並べられている椅子を見た。
白浜が並べた椅子は四つあった。天宮、白浜、俺で三人だ。一つの席が余る。
「いずれにしても君たち、特に中沢くん、君は犯人たちに狙われている可能性がある。だから、護衛を付けさせてもらうよ」
何もやる気が起きなくてベッドに腰かけていた。白浜の裏切りでメンタルがやられていた。でも天宮の方が精神的なダメージは大きいはずだ。フォローしてやらないと、俺は出かける支度をした。
寮の入り口にいた赤魔法団の団員の人に会釈をする。俺たちの警備に警察が依頼したそうだ。なんでも刑事一人がメンバーに入っているらしい。
女子寮の前で誰か出てきた人に頼もうかと考えていると、リビングから一人の女子が顔を出した。
「中沢くん?」
それは渡辺だった。あれから立ち直ったのか。顔色は明るい。
「おはよう。渡辺さん」
「何か用?」
「天宮いるか?」
渡辺はニヤニヤしたような笑みを見せた。
「あいつなら部屋に閉じこもっているよ。呼んでくるね」
少しして、やや不機嫌そうな天宮が顔を見せた。
「何?」
「これから伊東に温泉に行くんだけど、来るか?」
天宮は悩んでいたが、
「私も行く」
と手を出してきた。
近くで黄幡焼を買って二人で楽しめる足湯に来ていた。天宮が物憂げな顔で座っていた。
「白浜のこと、引きづっているみたいだな」
「それは、友達だったから」
足湯に足を付けながら天宮が悲し気に目を伏せた。
「天宮の初めての友達だったな」
「あのねぇ、その前に私にも友達はいたわよ」
俺が笑っていると冗談だと気が付いたのか、天宮はやぶ睨みをしてきた。
「友達ならまた作ればいい。なんなら俺が友達になってやろうか?」
天宮はため息をついて、
「優しくて礼儀正しい子だと思った」
「俺もそう思った」
天宮は複雑そうな顔で頷いて、
「でも全てが嘘だったとは思えない」
「そうかもな、全てが悪い奴なんていない。あいつにも俺たちの知らない理由があったのかもしれない。でも、あのままだったら俺たちはやられていたし、罪は償ってもらわないとな」
天宮は割り切れないような複雑な表情をしていた。そう簡単には切り替えられないんだろう。白浜は仲間だった。
「でも、よくティーカップに気が付いたよな」
「あの時、ティーカップを見て思い出したの。気が付いたのは、偶然」
天宮は澄まして言った。少し悔しかった。しかし、それよりも嬉しい。
「天宮のおかげで助かったんだ。名探偵だな」
あの時の天宮は恰好が良かった。俺が微笑んで言うと、天宮は困っていた。
天宮、それから赤魔法団の人たちを事件のあった東伊豆美術館の館内に空間移動で連れていく。今日は団長の浅井さんと森永さんだ。天宮の気持ちを考えると避けるべきだったが、結界が張られた安全なエリアのため、やむを得ずそこにしたのだ。
室内はガラスなどが散乱して、事件後の状態のままだった。顔を強張らせる天宮の肩を優しく叩いた。外に出ると、美術館の外は明るかった。美術館の駐車場から東伊豆市が見えた。
ビルが立ち並んでいる。住宅地も見えた。
「こうしてみると、都会って感じね」
「東京なんて、もっとすごいけどな」
天宮は不貞腐れた顔をした。眼下には廃民家が立ち並んでいる。
「後方は僕たちに任せてくれ」
浅井さんに言われた。浅井さんは剣を構えて、森永さんは杖を構えている。頼もしい。
「お願いします」
俺は天宮を見て、「行こう!」と言った。
通行所らしき建物が見えてきた。周囲には冒険者の家らしき手入れがされた建物も見える。
「おつかれさまです」
俺はみんなに言った。
「おつかれ!」
森永さんが勢いよく手を叩いてきた、ちょっと痛い。不意に白浜を思い出して悲しくなった。
続けて浅井さんが落ち着いて手を合わせてくる。
「おつかれさま」
天宮も手を合わせてきた。
通行所の中に入り、受付の女性に冒険者手帳を提示する。自動ドアを抜けると、そこは都会だった。
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