第24話 硝子の魔術師
「渚、重力操作以外に能力を持っているの?」
「急にどうしたんですか?」
白浜が困った表情をした。
「真剣な話よ。答えて!」
「わたしは重力操作しか使えないですよ」
「どういうことだ?」
俺は紅茶を飲もうとした。
「紅茶を飲まないで!」
思わず噴き出した。
天宮は立ち上がると杖を抜き、白浜に向けた。
「怖いですよ。菜衣……」
白浜は顔を手でかばう。
「どうして、大川旅館でティーカップが落ちたとき、あなたの手の平に紅茶が付いていたの?」
「どうしてって言われても困ります。ティーカップを掴んだ時に付いたとしか……」
天宮はティーカップを持ち、それを落として、落下途中で掴んで見せた。中に入っていた液体がこぼれ、手の甲に液体が付く。
「自由落下では手の平に液体は付かないで、手の甲に付く」
天宮の言葉に白浜は目を丸くする。あの時、白浜の手の平に紅茶が付いていて、手の甲には付いていなかった。
「ティーカップをキャッチした反動で液体が跳ねて、ティーカップを掴んだ手の甲に付くのよ。決して握っている手の平には付かない! 落下速度はティーカップと液体で同じだから!」
「ニュートンの万有引力の法則か」
「そう、でもある条件でのみ、手の平に液体がつくのよ。ティーカップが先に停止して、それを手でキャッチした場合!」
天宮は白浜を見た。彼女はどこか冷めた目をしてこちらを見ていた。そのティーカップには紅茶を飲んだ形跡はなかった。
「あなたは空中でティーカップを停止させてそれを掴んだ。反動でこぼれ落ちる液体が、キャッチしようとする手の平に付いた! だからあなたはセラミック操作の能力を持っている!」
白浜は黙って訊いていた。
「この美術館も変だった。ガラス細工の美術品がいずれも埃が付いてなかった。それにライトアップ方法もいただけなかった。ガラス細工が運ばれたのはつい最近で、あの台はもともとガラス細工用のものじゃなかったんだとしたら?」
天宮は続けて、
「となると、ガラスを運んだ目的があるはず。この美術館は閉め切られて普段は誰も来ない。犯罪をするにはもってこいよ。そして、ガラスはセラミックだった。くしくもセラミック操作持ちがここにいる」
そう言って、青い顔をしている白浜を見た。
「弁明したい?」
「いえ、間違っているなんて、言っていませんよ」
「本当なのか?」
俺が悲しくなった。
「はい、推理通り、ここであなたたちを襲うつもりでした。と言っても中沢さんは生け捕りですが」
「あなたは誰の死に触れたの?」
「ご想像の通り、私の仲間です」
白浜は寂しげな顔で微笑んだ。瞳が次第に黄色みがかった灰色に光っていく。思わず手が震えた。
「なんでだよ……」
「なんで、ですか、目的はあなたですよ中沢さん」
白浜はそう言って、俺を見据える。
「でも、さすがですね菜衣。犯人の私が気付かない証拠から推理を思いつくなんて」
天宮は白浜を睨んだ。
「あなたたちのグループに入り込んだのはそこにいる中沢さんを死なすわけにはいなかったからです。あなたをある人に紹介するつもりだった」
白浜は空いている席を見た。
「俺について何か知っているのか?」
「えぇ、知っていますよ。あなたはまだ大事な人の記憶を忘れています」
彰の他にもいたのか。俺は動揺した。
「中沢くん、犯人の耳を貸さないで動揺を誘ってるのよ」
「これは嘘じゃないですよ」
白浜は白々しくもそう言って、挑戦的に天宮を見据えた。
天宮はキッと白浜を睨んで、
「友達だと思っていたのに! この裏切者!」
悲痛な声で叫んだ。天宮のそばにあったティーカップが割れて天宮が顔を手で抑えた。セラミック操作だ。
俺は体重を軽くして即座に刀を抜いて白浜に振るった。
しかし、空中に浮かんだティーカップに当たり、ティーカップが割れ、中身のこげ茶色の液体が零れ落ちた。その瞬間に白浜は手をゆっくりと上げていた。
床やテーブルに置かれていた複数のティーカップが宙に浮かんだ。カップが破裂し、割れた破片が白浜の惑星の環のように周囲を覆っていた。距離を取ろうとしたが、重力が体にかかり、地面に突っ伏してしまった。
「その姿、お似合いですよ」
白浜は微笑んだ。ダメだ。動けない。その瞬間、白浜は手を振るった。
気が付くと、天宮が床に手を付きながらも、水の壁を作るのが目に入った。ダメだ! そんな壁だと防ぎきれない!
複数の破片が俺の前、天宮に集中して迫った。破片が水に当たると同時にそれは跳ね返った。
水は凍っていた。
天宮の眼は桜色に光っていた。天宮は涙を流しながらも白浜を睨んでいる。
天宮が杖を振るった。水が凍りの飛礫となり、白浜を襲った。白浜はたまらず、美術品を展示している台の後ろに隠れた。
「菜衣、やっぱり、あなたも複数の能力を持っていたんですね」
立ち上がった白浜は驚きつつも挑戦的に広角を上げて見せた。
「天宮はお前とは違う!」
俺は怒鳴った。
天宮の氷の礫をかわしながら、白浜はガラス工芸品に触れずに割っていった。床にはガラスが敷き詰められ、柚木の周りには新しいガラスの破片が宙に浮く。
「天宮、二人分の防御できるか?」
「任せて!」
天宮の周りには水が浮かんでいた。
「頼む!」
俺は天宮を信じて白浜の後ろの絵画に向かうイメージを思い浮かべる。
白浜がこちらを睨んで、手を振るった。ガラスの破片がこちらに向かって一斉に襲い掛かってくる。
氷にガラスがぶつかったんだろう。雨のような破裂音が聞こえた。俺は天宮を信じて、絵画に意識を集中する。
白浜の後ろ姿が見えた。同時に重力場が全身にかかる。俺はとっさに体を軽くした。背後から刀の峰を振るう。白浜は反応した。後ろに残っていたガラスの破片が浮遊する。俺はかまわず刀を振るった。
俺は刀にありったけの質量を込めて白浜の脇腹を狙った。脇腹に俺の立てた刀が当たる手ごたえと共に、白浜が吹き飛んで倒れた。
白浜は苦痛に顔をゆがめていた。肋骨が何本か折れているはずだ。
「倒したの?」
見れば天宮が近づいてきた。
「あぁ」
「すぐ治療するわ」
腕を見ればガラス片が刺さって血が垂れていた。
「今は大丈夫だ」
俺は言いながら倒れている白浜を見下ろす。仲間だった女子、いつも丁寧で優しい子だと思っていた。
「どうして?」
天宮が悲しげに声を震わせる。
白浜はそれには答えずに無言で苦痛に顔をゆがめていた。
冷静になれ、白浜は警察に引き渡す必要があるが、まずは俺たちの身の安全が先だ。
「とりあえず、警察を連れてくるにしても伊東に戻れるか、確認する」
俺は天宮の手を取って伊東にテレポートした。
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