第23話 東伊豆美術館
旧水遊び広場から再び、県道12号に合流し、道路を歩いていく。途中で冷川トンネルがあったが、電気は付いていた。長いトンネルを抜け、県道112号と県道111号を経由して天城高原インターから伊豆スカイラインに乗った。
山の尾根の上をしばらく歩いたところで道路に隣接する形の展望デッキがあった。俺たちはそこで遅めの昼食を取った。
「いい景色だな、東伊豆市が一望できるぞ」
俺は展望デッキの柵にもたれて景色を眺める。山々の緑の木々が立ち並ぶ奥に灰色のビルが立ち並んでいる。その向こうには青い海が見える。
ここまで苦労や危険もあって、それは宝のように見えた。悪くない。
「旅の醍醐味ですね」
「だな」
「ほんとね」
見れば天宮が隣にいた。
「体調は大丈夫なのか?」
俺は心配になって訊いた。
「うん、大丈夫。気にかけてくれてありがとう」
天宮は顔色も良かった。俺は安堵した。
「そうか、よかった」
「水、入れようか?」
天宮は俺が持っている空になったペットボトルを見て言った。
「頼む」
天宮は頷いて、空のペットボトルに杖を向けて、水を入れてくれた。冷えていておいしい。
休憩が終わったところで地図を見る。みんなも気になるのか覗き込んできた。
「もう全体の四分の三くらいまで来てる。残りは四分の一くらいだ」
今いるのが、伊豆スカイラインの天城高原インターと東伊豆インターの中間くらいだ。東伊豆インターでスカイラインから降りて、山道を下って行けば、東伊豆市に到着する。
休憩後、伊豆スカイラインを歩き、東伊豆インターを抜け、一般道に入った。時折、出てくる鬼を片付けながら歩いていくと、標高が徐々に下がり、木々の合間からは高層ビルが立ち並ぶ街並みが見えてきた。
道の先に駐車場と大きな建物が見えてきた。道路わきの看板には「東伊豆美術館」と書かれている。
「魔物避けの結界がありますね」
白浜の言うように、建物を囲むようにロープが張り巡らされていた。その所々に以前見たことのある魔物避けの能力石が付いていた。
俺は刀を構えて、自動ドア横のガラス戸に手をかけた。館内は埃とその上に足跡が何筋も付いていた。
「鍵が開いてるな」
「たぶん、冒険者の休憩スペースとして利用されているのよ。ここで休憩にしない?」
「そうだな」
俺と白浜は頷く。
館内に入ると、床は大理石で白い壁が見える。明かりが付いてないせいか、館内は薄暗い。
受付らしきホールから展示室に入る。展示室は広大で、ガラス細工の作品が多く展示してあった。
「作品がそのまま、残っているみたいですね!」
白浜が目を輝かせた。白い台にはガラス細工の作品が乗せられている。
「レプリカか?」
「そうかもしれませんね」
作品を見ていた白浜が頷いた。
「みんな、目が悪くなるよ」
医者らしく天宮が注意してきた。
不意に館内に電気が付いた。白浜が壁のスイッチを押していた。本人も驚いている。
「びっくりした」
天宮は胸に手を当てていた。
「ごめんなさい」
白浜のいる壁に近づいてみると、スイッチの隣には手書きの張り紙がされていて、赤い字で――、
注意
・退出する際は必ず電気を消すこと。
・夜は電気を付けないこと。
・作品には触れないこと。
と書かれていた。
ここの管理人が書いたのか。紙は新しいものだった。気になるのは――、
「どうして電気が付くんだ?」
「おそらくですけど、冒険者の誰かが電気を出力できる能力石を設置したんじゃないですかね」
白浜は後ろで手を組みながら絵画を見て行く。
「そう言えば、渚って絵画とか好きよね」
「はい、絵画に限らず、芸術なら好きですよ」
俺は疲れていたが、見てみたい気持ちもあったので散策することにした。
ランプや、お皿、人形のガラス細工があった。いずれも、吹きさらしで台の上に置かれているため、触れ放題だ。
「すごい作品なのかな」
後ろから来ていた天宮が訊いてくる。
「わからん」
有名な作品なのかさっぱりだ。ただ手がかかっているのは分かった。
台を一周してみたが、作品名は掲載されていなかった。ガラス細工を観察していると、奇妙なことに気が付いた。
「変だな、埃がない」
「誰かが拭いたとか?」
「でも、床は埃だらけだけどな」
展示品だけ掃除したんだろうか? 更に子細に観察すると、白い台の方は傷がついているものや、年月が経った形跡があるのに対して、やはり作品の方は傷一つ付いてない。
ワゴンを引きづる音が聞こえてきた。
「皆さん、作品を見ながら紅茶でも飲みませんか?」
白浜が声をかけてきた。ポーチから魔法瓶らしきものを取り出して見せてくれる。
「入れ物はどうするの?」
「さっき、確認したんですが、向こうのレストランスペースにティーカップとソーサーが残っていました。それを持ってきちゃいました」
俺はその大胆な提案に少し驚いた。
「でも、勝手に借りて大丈夫かな……」
天宮が心配そうに言った。白浜が提案したこともあり、反対しづらいんだろうな。
「洗って返せば問題ないだろ」
「問題は洗わないといけないことですけど……」
白浜はおずおずと天宮を見た。
「仕方ない。手伝うわ」
「助かります。中沢さんもどうです?」
「俺ももらうよ」
レストランスペースから持ってきた荷台や机と椅子に天宮の水で洗ったティーカップが並べられていく。椅子の数はなぜか四つあった。
「椅子が多いぞ」
「ふふ、間違えちゃいました」
白浜は恥ずかしそうに笑った。珍しいな。白浜が魔法瓶からティーカップに紅色の液体を注がれていく。天宮はその横で口に手の甲を当てて何か考え込んでいた。
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