第19話 喫茶店

 共有のリビングでソファーに寝転がって、鉄をいじっていた神谷がいた。ちょうどいいので、訊いてみる。

「なぁ神谷、俺とよく一緒にいた生徒って知ってるか?」

「あー、いつも本を読んでいる奴か?」

「それだ。どんな奴だった?」

「そうだな。なんか表彰されてたな」

「表彰?」

「生命科学でなんかすごいことを見つけたらしい」

 すごいという曖昧なところが神谷らしい。

「すごいってどんな内容だ?」

 神谷は難しい顔をしたが、

「さぁ、わからん」

 と鉄を放り投げた。見れば拳銃が出来ていた。

「で中沢、今日は一人か?」

「いや、仲間と約束してる」

「あの美人の天宮さんか、それとも可愛いらしい後輩みたいな子か?」

 なぜか食い気味に訊いてくる。

「天宮だ」

 と俺は自慢げに言ってやると、神谷は悔しそうな顔をしていた。


「本来、治療は周りに人がいない場所で行うべきなんだけど」

 隣を歩く私服の天宮が咎めるように俺を見てきた。

「外の空気を吸うことも治療になるさ」

 こうして外で話そうと切り出したのは俺だった。天宮とデートのようなことをしたかったのもそうだが、インドアな彼女をできるだけ外に連れ出したかった。

「ここはどう?」

 天宮が示したのは、「ホームズ」という喫茶店だった。床に敷かれた赤い煉瓦にツタが繁殖したクリーム色の外壁がお洒落だ。

「雰囲気あるな」

「うん、渚とよく来るの」

 もう名前呼びするような仲になったらしい。

 店内はランチタイムを過ぎた午後二時を回っているからか、お客は少ない。

「いらっしゃいませ」

 と品のいい声の黒いエプロンを付けた女性が目に入った。それはあの箱根第一ホテルに勤めていた受付女性の森永さんだった。

「中沢くんと天宮さんね」

「お久しぶりです」

 と俺たちは会釈した。

「どうぞこちらに」

 森永さんにテーブルに案内された。

「ここで仕事をしていたんですね」

「アルバイトだけどね。店長がわたしの所属している赤魔法団の団長なの」

 その衝撃的な話に俺は驚いた。俺たちの先輩だったのか。

 カウンターには店長らしき若い男性がコーヒーを入れていた。あれが、赤魔法団の団長さんか? 

 ツーブロックの黒髪にはっきりとした精悍な顔つき、ワイシャツに上から黒のエプロンをしている。格好がいい。

「それで、ご注文はどうされます?」

 俺と天宮は珈琲を頼んだ。


「記憶は順調に戻りかけているみたいね。このままのペースで修学旅行先に行って思い出していけばいいと思う」

 天宮はそうまとめた。

「次は虹の里だな」

「そこに行けばまた記憶が蘇る可能性があるわ。予定通り、明日みんなで行くとして」

 天宮は俺の目を見てきた。目が合う。

「中沢くん、能力を使ってみて」

 俺は意図が分からなかったが、近くにあったスプーンを手元にテレポートさせた。

「やっぱり」

 真剣な目、その目が悲しげに揺らいだ。

「空色に瞳が光っていた」

 その言葉で俺は分かってしまった。死の能力だ。

「わたしが温度操作を使えるように、中沢くんもお父さんの能力を持っているんだと思う」

 天宮がティーカップに触れると彼女の瞳を桜色に輝く。人が身近で親しい人が亡くなると能力が移り瞳が光るという超能力の性質だ。

「俺も温度操作を持っているってことか?」

 天宮は頭を振って、

「お父さんは、温度操作と質量操作、そして生命操作の三つの能力を持っていたのよ」

 と俺の目を見て、

「だから中沢くんの瞳の色から質量操作が使えるはず」

 断言した。

「試してみる」

 俺はスプーンに砂糖を乗せて、重くなるイメージをした。すると、不意に引っ張られるような重さを感じた。俺は恐々と天宮を見た。

「ごめん、俺がもらってしまって」

「そんなこと言わないでよ。お父さんは中沢くんを選んだんだから」

 そうなんだろうか。先生の優しかった顔を思い出して悲しくなった。

 受け継いだ俺にできることはこの能力を大事に使うことだ。

「ちゃんと勉強して、使えるようにする」

 天宮は微笑んだ。気が付けば彼女の手元にあるティーカップから湯気が出ていた。


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