第20話 一人目の記憶

 伊東の南西交通所前の県道12号のトンネルを抜けると、英語で、「虹のさとへようこそ」という看板と共に、広い駐車場と、ハーフティンバー様式の柱や梁の黒い木材むき出しにした建物が見えてくる。どこか異国のような世界だ。

「ここが受付のあるイギリス村です」

 白浜が説明してくれた。受付で大人三枚を買った。付き合ってもらっているため、俺がお金を払った。

「やっぱり白浜さんも虹の郷に来たことがあるの?」

「はい、幼いころ両親とよく。小学校の時の修学旅行でも来ましたね」

「わたしも小学校のころ、修学旅行で来たわ。帽子をかぶって」

「あっ、わたしも帽子かぶりましたよ!」

 天宮たちが会話に華を咲かせていた。やっぱり幼いころの思い出というのはいいものなんだろうか。

 黒い汽車が見えてきて俺は感激した。それも蒸気機関車だ。受付でもらったパンフレットを見れば、何と園内を走っていて乗れるらしい。それも蒸気機関をつかっているそうだ。

「なんか楽しそう」

「汽車ですね」

 天宮がニヤニヤと俺を見てくる。ここで恰好を付けても損をするので、

「乗ろうぜ」

 と乗っかってみた。


「自然があるのに魔物がいないのは不思議だな」

 汽車の吹き抜けの窓から顔に当たる風が心地いい。

「この虹の郷を含めた修善寺は魔物を食い止める最終防衛線として機能していたようですよ」

 なるほど、そう言う過去があったのか。

「けれど、魔物は迂回して被害が広まり、ここだけが安全地帯として残ったようです」

 白浜は風になびく髪を抑えながら言った。

「魔物災害は静岡市で起きたものだから、その中心付近は被害が大きかったそうよ」

 天宮が補足してくれた。静岡市は静岡県の中心部で、

「静岡市は元県庁所在地だったな」

「うん、今は東伊豆に移ったわ」

 景色は四季街道、フェアリーガーデンを抜けて、カナダ村が見えてきた。


 カナダ村を観光し、俺たちは巨大滑り台のあるインディアン砦に来ていた。俺は巨大な遊具を見て興奮してしまった。子供のころはこういった場所で遊べなかったというのももちろんある。

「なんか、中沢くん楽しそう」

「天宮も一緒に遊ぶか?」

「わたしはスカートだから遠慮しておく」

 天宮が子供を見るような目で言った。俺はさっそく遊具に挑戦した。

「なんだか、童心をくすぐられますね」

 後ろから網の遊具を登っていた白浜が言った。

「あぁ、昔に戻った気分になるな」

 遊具を登りきったところで下を見ると、これまで登ってきた遊具が見える。少し遅れて白浜が登ってきた。俺は手を貸すと、笑顔で掴んでくれた。俺は力を込めて引き上げる。

「わぁ、なんだか、森の秘密基地みたいですね」

 白浜は息を整えながら言った。

「そうだな、帰りは滑り台があるみたいだ」

 と言って、俺はローラー滑り台を示した。ローラー滑り台は遊具の間を入り組んでいて地下に繋がっているようだ。

「菜衣も来ませんか?」

 白浜が呼ぶと、こちらを見上げていた天宮が渋々と言った様子でアスレチックにチャレンジした。

「へっぴり腰になってるぞ」

 天宮は慣れない手つきで登ってくるのを俺は囃し立てた。

「うるさい!」

「なんだ。楽しそうじゃないか」

 近くまで来たため手を貸すと、天宮は「どこが」と少し息を切らして手を握ってきた。俺は天宮を引き上げる。

 ――珍しいな。お前が登ってくるなんて。

 ――結構きついな。

 黒田彰は息切れしているようだった。

 ――彰、もう少し体を動かした方がいいんじゃないか?

 ――そうだな。……なぁ、俺でも冒険に行けると思うか?

 ――いいのか?

 ――あれだけ誘われたら冒険にしたくなる。それにお前に協力したい。

 彰は銀縁の眼鏡を手で上げて見せた。色白の塩顔だった。髪は長めで目が少し隠れている。髪さえ整えれば爽やかな美少年だろう。

 ――ありがとう。

 俺の声は震えていた。彰の目は驚いたように見開かれた。

 ――馬鹿、泣くな。

 ――うるせぇ。泣いてない。

 当時の俺の嬉しい気持ちが伝わってきた。心細かったんだ。

 そんな俺を彰は優しい目で俺を見ていた。

「中沢くん、大丈夫?」

 と天宮が訊いてきた。白浜も心配そうな顔でこちらを見ている。俺はそこで自分が泣いていることに気が付いた。慌てて、皺になったハンカチで涙をぬぐう。

「当時の記憶を思い出した」

 俺は話すか悩んだが、

「笑わないでくれよ」

 と念を押して、今、取り戻した記憶を伝えた。

「黒田彰くん」

 天宮が噛みしめるように言葉にして目を伏せた。事情をあまり知らない白浜は、

「きっとまた会えますよ」

 と言ってきた。また会えるだろうか?

「記憶が戻ったら紹介する」

 俺が言うと、白浜に嬉しそうな顔で「はい」と頷いた。


 インディアン砦の近くのベンチでお店で買ったもので昼食を取り、午後は西洋花壇のあるフェアリーガーデンを散歩したり、日本庭園で鯉に餌をあげたりした。

 閉園時間が迫り、俺たちは帰路に向かった。

「匠の村にも回りたかったな」

「また来ようよ」

「ですね」

「一年後くらいか?」

「もっと早くにしませんか?」

「それなら紅葉が映える秋に来ない?」

「紅葉狩り、いいですね」

 天宮たちは楽しそうにしていた。珍しく乗り気な天宮、そして笑顔の絶えない白浜。

「気が早いな」

 この光景を大事にしたいなと心の底から思った。

 俺に守れるだろうか。

 不意に既視感を感じて、俺は後ろを振り返った。しかし、そこには彰の姿はなかった。

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