第16話 依頼人
冒険者協会の食堂、目の前の席には肩まで届くセミロングの黒髪に線の細い顔立ちの女の子――白浜渚が座っていた。この子は箱根から俺たちと一緒に逃げてきた子だった。なんでも箱根まで観光に来ていたところ、被害に遭ったらしい。
「白浜さんは俺たちに依頼したいということなんだね」
「はい、自宅のある伊東まで送迎をお願いしたいんです」
特徴的な大きな目を俺に向ける。
「伊東か……」
熱海から伊東への転移装置は壊されている。赤魔法団と言う有名な冒険者グループが伊東まで到達したそうだが、修理中らしく現在も通行止めだ。
「ダメでしょうか?」
自信なさそうに白浜は目を伏せる。
「もう道路の修繕を待つことは難しいの?」
「それは……、避難所でこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないので」
天宮と目が合った。その気持ちは分かる。俺たちも同じだったからだ。
「困っているみたいだし、助けてあげようよ」
天宮が肘を軽く叩いてくる。正直、すぐにでも助けてあげたい気持ちはあったが、冷静にポーチから地図を取り出して、テーブルに広げた。
「この前の廃ホテルが四分の一くらいだな」
あの廃ホテルから伊東市までが残りの四分の三くらいの距離がある。
「この鉄道は通れないの?」
天宮の言う旧伊東線を歩く場合、線路上には魔物の住処となる民家があまりないため、安全に行けそうではある。
「そこは一部に土砂崩れがあって通れないんだ」
それは冒険者の中で知られていることだった。
「そうなると、赤魔法団の人たちが通ったっていう国道沿いよね」
「そうだな」
赤魔法団の人たちいわく国道のトンネルも明かりが点いているらしいので、暗闇にいるという闇鬼の心配もない。
後は距離的な問題だが、この長さから言うと半日くらいだろうか?
「難所は
天宮が地図の二か所に丸を付ける。民家などが密集しているため、魔物が多くいる可能性が高い。
「あのう、わたしも超能力を使えるので、微力ですが協力できます」
「どんな能力を使えるんだ?」
「重力操作です」
なんだよ、それ。
「魔物を押さえつけたりできるのよね」
「はい、足止めは出来ます」
白浜は嬉しそうに手を合わせて言った。
「大丈夫そうじゃないかな?」
と天宮が訊いてきた。
「そうだな、白浜さん、君の依頼を引き受けるよ」
俺が言うと、白浜は安堵したような顔をした。
「ありがとうございます。報酬の金額はどうしましょう?」
それは決めていなかった。
「この金額でどうでしょうか?」
白浜が提示した金額は一般的な相場の二倍の値段だった。
「お金は受け取れないね」
「そうだな」
「ですが……」
白浜は困った顔をしていたが、
「それなら、伊東のホテルの宿泊なんてどうでしょう?」
と提案してきた。
「じゃあ、そうするか?」
「そうね」
白浜はパッと花のような笑顔を見せた。
「伊東に冒険って大丈夫なのか?」
電話先の北川さんの声は強張っていた。
「ちゃんと準備してダメだったら、テレポートで引き返します」
「無理はするなよ」
「はい」
俺はそう言った後で、
「北川さん、俺の修学旅行の冊子を見てくれませんか? 伊東の旅行先が知りたいんです」
「ちょっと待ってくれ」
ややあって、
「どこを観光したかは書いてないな。中沢くん、ちゃんと使ってないだろ」
まあ、使わないよな。
「宿泊先とか載ってないですか?」
「一日目の宿泊場所が箱根第一ホテルだ。観光エリアは箱根に限定にされているな」
やっぱり箱根第一ホテルだったのか。観光エリアが箱根に限定されているということはまだ行ってない観光地がありそうだ。
「二日目の宿泊場所が大川旅館だ。観光エリアは熱海と伊東、修善寺となっているな」
俺は持ってきた手帳に名称をメモした。
「三日目の宿泊場所が宿泊場所が東伊豆ホテルで、観光エリアは東伊豆だな」
そこまで北川さんが言った後で、
「パンフレットがあった? そうかわかった」
別の施設の職員が声をかけたんだろう。北川さんが向こうの相手と話す声が聞こえた。
「君の机にパンフレットをいくつかあった。それも連携しておく。一つ目が――」
熱海のMOA美術館。
修善寺の虹の里。
東伊豆の魔物博物館。
その三つの観光施設だった。俺は北川さんに感謝を伝えて電話を切った。
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