第15話 熱海観光
今日は日曜日、冒険も休日にしている曜日だ。俺は天宮を誘ってMOA美術館に観光に来ていた。
バスを落りた駐車場からは熱海の町が一望できた。青い海と相まっていい景色だ。
俺は天宮を見て、
「来てよかっただろ」
と訊いた。
「そうね」
手に文庫本を持つ天宮は気のない返事をした。部屋に閉じこもっているということだったので女子寮の人に頼んで連れてきてもらったのだ。
入り口で入館料を払った。天宮には付き合ってもらっているので、俺がお金を出そうとしたが、悪いからとさっと自分で払ってしまった。律儀な子だ。
既視感のある景色に思わず声が出た。
「記憶にあるの?」
「あぁ、ここに来てる」
俺は小声で応じる。
広い展示室に
「東海道って有名な道よね」
「あぁ、江戸時代に整備された五街道の内の一つだ。始点が東京の日本橋で、終点が京都の三条大橋だな」
その東海道の当時の景色を描いたのが、この作品だ。
「記憶ではどう?」
振り返ると、天宮が後ろで手を組みながらこちらを見ていた。
「会話は覚えてない。もしかしたら美術館だから静かにしていたのかもな」
不意に顔に靄がかかった男子が現れる。彼は作品を見ながらゆっくりと歩いていた。
東海道五十三次の箱根湖水図と言う作品が目に入った。隣を見ると、悲しそうな顔で天宮が作品を見ていた。
天井が芸術的な色合いを見せる広大なホールを抜けて、エスカレーターを降り、外に出た。外はまだ三月だと言うのに少し熱い気がした。
「次はどこに行くか決めているの?」
と天宮が訊いてきた。
俺は地図を見ながら、「伊豆山神社だな」と言った。
「観光先に美術館を選んでいることから、大人向けの施設に向かったのかもしれない」
残念ながら伊豆山神社では記憶は戻らなかった。
「中沢くんって、恋愛には疎かったのかもね」
天宮がニヤニヤして言う。
「どうしてだ?」
「ここ恋愛のパワースポットだから」
天宮は得意げに続けて、
「
と言った。
「へぇ、縁結びか」
俺はなるほどと納得した。修学旅行中の男子には近寄りがたい場所なのかもしれない。
俺たちは社殿前の賽銭箱に小銭を入れると、手を合わせた。
記憶が戻りますように、
俺たちが幸せになりますに、
箱根の人たちが無事でありますように、
目を開けると、天宮はまだ祈っていた。
「天宮は何を祈ったんだ?」
と祈り終わった天宮に訊く。
「秘密、中沢くんは?」
「俺は記憶が戻ることを頼んでみた。縁結びの神様だから難しいかもしれないけどな」
天宮がお守りを買いたいというので、俺たちは腰掛石で待つことにした。北条政子と源頼朝が座ったとされる石らしい。
椅子に腰掛けて、鎌倉時代に思いをはせる。
「ごめん、待った?」
俺は天宮が幸せそうな顔でお守りの入っているらしいポーチを大事そうにしているのを見てしまった。なんかモヤモヤする。
「いや」
「腰掛石ね」
天宮が隣に丁寧に腰かける。
「次はどこに行くの?」
天宮が訊いてきた。気分がのってきたらしい。
「どこか行きたい場所はあるか?」
「それなら熱海サンビーチの方でも行かない?」
俺は海を見ながら出店で買った焼きそばを食べる。
天宮はベンチに座り、今川焼きをリスのように少しずつ食べていた。
「自分の趣味がわからない」
「中沢くんってそう言えば、無趣味よね」
天宮が弾む声で言う。
俺だって趣味の一つくらいある。読書(漫画)や筋トレだ。
「そう言う天宮はどうなんだよ」
「わたしは温泉かな」
俺は思わず天宮がお風呂に入っている姿を想像してしまいバツが悪くなった。
「じゃあ、温泉でも行くか?」
「でも男子高校生が温泉に行くかな」
「なさそうだな」
俺はパンフレットを眺めて、ある施設に気が付いた。
「なぁ、熱海秘宝館に行ってみないか?」
「うわ、セクハラ」
「男子高校生だったら、そこに行っている可能性が高いんじゃないかと思うんだ」
「まぁ、なんとなくわかるけど」
天宮がため息をついて、嫌そうな顔をした。
「そもそも、年齢制限があるんじゃない?」
よく見ると十八歳以下は入れないようになっていた。
「確かにそうだな」
それから俺たちは考えたが、修学旅行先に行きそうな場所は浮かばなかった。とりあえず足を休めるために熱海図書館に向かった。
熱海図書館内は平日だからか人は少ない。漫画を借りて天宮の向かいに座る。天宮は文庫本の小説を読んでいた。
――修学旅行中に図書館っておかしくないか?
――修学旅行はあくまで学習だ。別に変じゃない。
テノールの声の男子が目の前に座っていた。顔は靄がかかってわからない。
――前にも言ったが、俺は将来、研究者になって研究したいことがある。そのために時間を無駄には出来ないんだ。
――お前、毎日、論文を読んで努力しているよな。やっぱりすごいよ。
――俺にはこれしかできないからな。
――それがすごいんだろ。さすが俺の仲間だな。
――俺を勝手に冒険者仲間にカウントするな。
――いいだろ。どうせ、お前、俺と――しか友達いないんだし。
――うるさい。
男子は不機嫌そうな声で言う。
「どうしたの?」
天宮が小声で訊いてきた。
「記憶が戻った。俺、ここに来てる」
俺が思い出したことを伝えると、
「修学旅行に図書館……」
と天宮は呆れていた。
「たぶん、黒田の趣味だ」
「その黒田って人は中沢くんと同じグループだったのよ。そして冒険者仲間だったんじゃない?」
「あぁ、仲間だった可能性が高いな」
黒田はどんな顔をしているんだろうか、叶わない願いかもしれないが、無性に会いたかった。
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