第二章 ガラスの魔術師
第14話 廃ホテル
俺は廃ホテルの入り口からこっそりとロビーを覗く。
手前に鬼と小鬼が一体ずつ、奥に鬼が二体いるようだ。背後を警戒している天宮に情報を連携して、
「手前の鬼は一気にやろう。天宮、奥の鬼の片方を頼む」
「わかったわ」
と天宮が頷く。
俺たちは廃ホテルに突入した。ロビーで椅子に座っていた小鬼がこちらに気が付いてナイフを手に取った。俺はリーチ差を生かして刀に首を切り、天宮のフォローに回るが、すでに小鬼は首から血が吹きだしていた。血管を破裂させたんだろう。天宮の生命操作だ。
奥から二体の鬼が出てきて、再度武器を構える。
「天宮は左の鬼を頼む」
「わかった」
俺は素早く鬼の持っていたデッキブラシを掴んで防ぐと、そのままの刀を鬼の首に首に突き刺した。倒れたところで、鬼を蹴飛ばして刀を抜く。ほぼ同時に天宮の方も終わったようだった。
「上手くいったわね」
天宮はホッとしたように息を付いて、服についていた血液を消していく。俺は冷静に鬼の生死を確認していき、
「能力石を回収しよう」
天宮が慣れた手つきで能力石を取り出していくのを横目に、俺も覚悟を決めて鬼のお腹のあばら骨のような骨の下に以前買ったナイフを入れて、そこから胸を抉るように能力石の周りに付いている神経を切断し掻き出していく。悪戦苦闘しながら、何とか、小石の大きさぐらいの能力石を取り出した。
「これで、十二体目か……」
肩を回しながら言って腕時計を確認する。時間は午後三時をまわっていた。まだ早いが、そろそろ潮時にしよう。
「そろそろ、帰ろうぜ」
「そうね、今朝は早かったから」
俺たちは帰路についた。廃ホテルを抜けて海沿いの県道135号を歩く。
「避難所で不足していた肉系の材料枯渇問題が、肉の培養によって良くなるらしい」
「そうなんだ」
「能力石で半自動的に作れるらしいんだ。すごいよな。俺も培養肉でハンバーグにチャレンジしてみようかなって思ってさ」
「すごいね」
そんな会話をポツポツとしたが、途絶えてしまう。天宮をチラッと見てみたが、彼女はどこか遠い目をして海を眺めていた。
いつものように冒険者協会で能力石を換金して、自宅の女子寮前で天宮と別れる。風呂とトイレは共用だが、冒険者協会が管理しているため、冒険者なら格安で住めることができるようになっていた。
「よう、生きてるな」
男子寮に入ると、神谷が声をかけてきた。
「お前もな」
神谷の棘のある冗談に嫌な顔をしてやると、奴は笑っていた。何気なくテレビを見ると、いつものようにニュース番組だった。
「ニュースはどうだった?」
「変わりなしだ」
と神谷が視線を落として答える。
「そうか」
俺は荷物を置きに部屋に戻った。
「記憶はどう?」
自室で天宮に記憶喪失の治療を受けていた。亡くなった天宮先生の代わりを果たしたいと自ら申し出てくれたのだ。ありがたい話だが、自室で面と向かて話すと気まずい。神谷にも茶化されたことがあった。
「あまり、あれから思い出せてない」
「そう、精神的には安定してきた?」
「それは大丈夫だ」
むしろ、天宮の方が心配なくらいだ。
「記憶に刺激を与えるのは、当時していたことをするのが一番だけど」
天宮は真剣な表情で考え込む。彼女は私服をしっかりと着こんでいるのに対して、俺はTシャツに半ズボンというラフな格好をしていた。鼻孔に入浴剤の香りが鼻に掠める。優しい感じの匂いだ。
「箱根の第一ホテルが修学旅行先だったら、その修学旅行先に伊豆も含まれているんじゃないかな?」
やばい、訊いてなかった。
「ええと、どういうことだ?」
「箱根の他に伊豆も旅行先に含まれているんじゃないかってことよ。それに箱根と伊豆を冒険先として選んだのも修学旅行に来て気に入ったからじゃないかな」
確かに修学旅行後ならそう言った心理になる気がした。
「後で養護施設の人に訊いてみるよ」
「そっか、定期的に電話しているのよね」
俺は自分のことよりも天宮のことが気になっていた。
「なぁ、天宮も辛かったら言えよ」
俺が言うと、天宮は目を丸くして小さく頷いた。
「ありがとう。考えておく」
頼ってくれよ、と俺は頷いて笑顔を作る。天宮は変なプライドがあり、弱みを見せないところがあった。
治療が終わり、天宮を見送るついでに寮の外で実家に電話した。
「修学旅行先は箱根、熱海、伊東、修善寺、そして東伊豆だ」
そう北川さんが教えてくれた。天宮の予想通りだ。
「中沢くん、無茶はするなよ」
「はい」
俺は頷いて電話を切った。
熱海から伊東は直通の駅や道路が使えない状態になっている。冒険者たちが熱海から伊東の交通網を復旧させようと頑張っているらしい。
しばらくは熱海の観光地を回ってみるか。
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