第13話 記憶を求めて
避難してきた人たちは俺が送ったホテルにいた人と、箱根から熱海まで逃げてきた何組かの冒険者グループだけだった。
被害の全容はまだ分かっていなかった。箱根の交通機関が壊されただけでなく、周辺の町のインフラも壊されているためだ。こちら側では熱海から伊東、そして何日か前にテレビで映っていた伊東から東伊豆市まで分断されている状態らしい。いずれも復旧の目途は立っていなかった。
俺を含めた避難してきた人たちは、熱海小学校の避難所で一時的に生活することになった。
いつものように学校の休憩室でテレビを見ていた。
テレビでは助けに向かった自衛隊員が消息不明というニュースが流れていた。リポーターが深刻な表情で情報を伝えていた。集まっていたボランティアの方たちや避難してきた人たちから声が漏れた。
「どうしてだ……」
俺は思わず呟いた。
「相手が強すぎるんだ。それに鬼も操っていた」
神谷は悔しそうにテレビを睨んでいた。俺は気になって周りを見たが、天宮と渡辺の姿はない。二人はふさぎ込んでいた。
「大丈夫か?」
夜、学校の解放されている図書室にいた天宮に訊いた。電気を付けずに椅子に座っていたらしい。
「平気」
「そうには見えないな」
俺は少し離れた位置に座り、持ってきたボランティアの方から頂いたパンと飲み物を手渡した。
「食べたくない」
「無理してでも食べた方がいい」
俺が言うと、天宮は頷いて後で食べると言った。
「先生を助けられなくてごめん」
「中沢くんは精一杯してくれたよ」
天宮は顔をゆがめて、
「ごめん、今は一人にして」
「わかった。何かあったら言えよ」
「なんでそこまでしてくれるの?」
「俺たち仲間だろ」
俺が言うと天宮は少し笑おうとしてなぜか泣きだしてしまった。辛かったんだろう。俺は近くにいることにした。
しばらくして天宮が泣き止んだ後、食事に手を付けてくれた。
天宮の調子はそれから少しずつ良くなってきた。食事もちゃんと取れるようになり、表情も笑顔こそないものの明るくなっていた。
「さっき、警察の人と話していたみたいだけどどうしたの?」
お昼、ボランティアの人たちが作ってくれた食事を食べ終わると、天宮が訊いてきた。
「事情聴取らしい」
「刑事さんからこの後、学習室に来るように言われているんだ」
「わたしもついていくわ。こういう場合、かかりつけの医師が必要だから」
天宮に言われて俺は断りたかったが、天宮に手を掴まれて言い出せなかった。
学習室に入ると、椅子と机が並べられていて、窓側に刑事たちが座っていた。
「やあ、一週間ぶりだね」
刑事がにこやかに笑顔を浮かべる。
「はい」
「わたしは熱海警察署の第一課の刑事をしている赤川と言うものです。こっちは同じ刑事の遠山です」
遠山と呼ばれた強面の刑事が小さく会釈する。
「改めてだけど、箱根の事件ではホテルの人たちを助けてくれてありがとうございました」
と赤川刑事と遠山刑事が頭を下げてきた。
「俺は当たり前のことをしただけです」
「我々にとっては英雄だ」
なんだがむず痒い。
「さっそくだけど、事件のことを訊かせてもらえるかな。君が記憶喪失だという話は天宮先生から聞いているよ」
「中沢くんを担当していた父の代わりに娘の私が来ました」
と天宮が言って父親からある程度、聞いていたんだろう。俺の病状を伝えた。初耳だったのは治療する前、俺の腕は生命操作によって、分解され右手の先がなかったらしい。
「君が記憶で見たレインコートの色とその人物の目の色は同じ薄紅色だったかい?」
「はい、同じ目でした」
俺の言葉に刑事たちは驚いていた。
「やっぱり同一人物なんでしょうか?」
「まず間違えないでしょう。犯人の能力は中沢くんの手を分解させたという生命操作を持っている。それに対して箱根を襲った犯人も私の手を割いた生命操作、魔物を操った心的操作を持っていて、何より姿も同じだ」
もはや間違いがないらしい。同一人物ならどうして箱根を狙ったんだろうか? まさか?
「犯人は俺を狙ったんでしょうか?」
「それなら、町全域を狙うなんて回りくどいことをしないはずだよ」
赤川刑事は冷静に言って、
「実は被害者が判明したんだ。かなりショッキングな話ですが、お話しして大丈夫かい?」
赤川刑事はこちらを見てきた。俺は恐怖心を感じた。気が付くと全身が震えていた。
「治療としては恐怖心を徐々に無くしていく必要があります。まだ、中沢くん――彼には早いように見えます」
「大丈夫?」
と俯いた俺の背中を天宮の手が優しく触れた。天宮先生を思い出して辛くなった。
「ごめんなさい」
「謝らなくていい。じっくり記憶を思い出していけばいいんだ」
事情聴取が終わり、俺は充電器と共に衛星携帯電話を借りた。養護施設の電話番号も赤川刑事が教えてくれた。ありがたい話だった。
事情を説明してくれた赤川刑事が俺に電話を渡してきた。電話口にいるのは俺を担当してくれていた北川さんと言う男性職員だ。髭の生えた顔が特徴でみんなからは熊さんとも呼ばれている。
「もしもし、北川さん?」
向こうで息を飲む音が聞こえた。
「修一くんか?」
「はい」
「そうか、刑事さんから話は聞いた。記憶喪失といい大変だったみたいだな」
北川さんは心情を察してくれたのか声は優しかった。
「今は熱海か?」
「熱海の小学校で避難生活をしているんです」
北川さんからちゃんと食事と睡眠はとれているのかとか聞かれたりした。
「実は冒険に出て稼ごうと思うんです」
「ダメだ。危険すぎる」
「一緒に避難生活している仲間がいるんです。俺はその子のためにもお金を稼ぎたい」
天宮は隠していたがお金がないようだった。優しい北川さんは悩んでいた。
「それに俺、能力も使えるようになったんです」
「そうか。それは良かったな」
「はい、だから安心してください」
「しかし、よりにもよって冒険か」
「冒険に何かあるんですか?」
「同じことをすることで中沢くんの記憶に影響するかもしれない」
「俺が前にも冒険をしていたってことですか?」
「……その通りだ。この春休みに箱根から東伊豆まで冒険すると言っていた」
北川さんは渋っていたが、逃げ切れないと察したのか話してくれた。
「俺、冒険に行って記憶を取り戻したいです」
「わかった。中沢くんが決めたなら否定しない。気を付けなさい」
「はい、気を付けます」
最後に北川さんに警察の話を聞くこと、定期的に連絡することを約束させられた。
四月に差し掛かった桜の散る景色の中、熱海小学校の入り口に俺は立っていた。
天宮には今日、冒険に行くことは伝えていたが、考えさせてと言われていた。
俺は校舎の時計を見た。もう十五分は過ぎている。俺が行こうかと考えていると、一人の女子がこちらに向かってきた。
「天宮!」
俺が手を挙げると、天宮は手を上げて笑顔を見せた。
「ごめん、遅れて」
「大丈夫なのか?」
「鏡の中の世界から来た人だと何かと大変でしょ。わたしがフォローしないと」
天宮は微笑んだ。たぶん、無理しているんだろう。
「なんだよ。それ」
俺は話に乗って、道路の先を見た。
「じゃあ、行こうか、冒険に――」
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