第11話 バス

「冒険者協会の連中は何をやっているんだ!」

 ゲームセンターの左手にある通路に冒険者たちが走っていく。

 冒険者協会の前にいるのは見覚えのある人物だった。血に濡れた黒いレインコートを着て、その目の部分が薄紅色に光っている。思わず全身が震えて歯がカチカチと鳴った。

 奴の周囲にいる冒険者がまとめて倒れた。ただ筋肉質の冒険者は倒れなかった。

「あいつです!」

 俺は震える声で言った。

「まさか、あれが!?」

 天宮先生はすぐに立ち直ったのか、

「レインコートを着た人物は生命操作の他に能力を持っています。気を付けて!」

 大声を出して、周りの冒険者に連携した。

 レインコートの奴が歩き、筋肉質の冒険者が陰になって、見えなくなった。筋肉質の冒険者が大剣を振るのが見えた。その瞬間、筋肉質の冒険者の肉体が爆発したように破裂した。周りから悲鳴が上がる。

 あまりの凄惨な光景に言葉を失った。周りにいた冒険者や警察官たちも呆然としている。ポニーテールの女子もわなわなと口を震わせながら携帯電話をおろしていた。

「あなたたちは先に行ってください! 我々が彼の仇を、倒します!」

 あの魔女の帽子を付けた女性が泣きながら宝石のような様々な色の能力石がはめ込まれた杖を両手で握り閉める。

「行こう!」

 天宮先生の声が聞こえて、俺はようやく動き出せた。

 俺たちは走って坂を上っていく。道路には鬼の死体や人の死体が散乱していた。

 民家のドアを叩く鬼や、人の死体を食べている鬼もいた。俺が思わず鬼を排除しようとするのを、天宮先生が手を引いて止めた。

 民家や旅館の屋上から、「こっちに来い!」と避難を誘導する人や、携帯電話で撮影している人の姿もあった。

 次第に標高が高くなり、町の全体が見えてきた。

「あれ、やばくね!」

 民家のベランダから身を乗り出し、町を見ていた若い大学生くらいの男が指し示す。坂の下の町は夕日に染まり、鬼であふれていた。

 坂をさらに上ると、子供を連れた主婦や中学生、その人たちを引きつれる男子教師と出会った。みんな、一様に顔が強張っている。破けた服に傷ついた手や足が惨状を物語っていた。

「怪我を見ます」

「お願いします」

 天宮先生が歩きながら、怪我をしている人たちを治療していく。坂の途中では車の渋滞が発生していた。車内にまだ人が残っている車もあった。鬼と人の死体の数が増えてきた。

「この先に鬼がいるみたいだ」

 先生が教えてくれた。先に進むと、道路を塞ぐように横になったバスと鬼が行く手を塞いでいた。

「突破するぞ!」

 神谷が金属を変形させた剣を振るった。ポニーテールの女子がレーザーポインターを鬼に向けると、どういう原理なのか雷鳴が聞こえて共に鬼たちが倒れた。

「奥から来ます!」

 隣にいた童顔の女子も杖のようなものを振るうと、同時に炎が噴き出して奥にいた鬼が離れていく。

 天宮先生は出来た隙間に走り込み、そこにいた鬼の頭を吹き飛ばした。

「先に行ってください!」

 天宮先生はそう叫ぶ。その瞳は薄い紫オーキッド色に光っている。

 主婦や中学生たちが通っていく中、俺たちは残っていた鬼たちの相手をしていた。

「前は僕が引き受ける。後ろを頼む!」

 天宮先生は、杖でおそらく生命操作で傷をつけていく。俺は理解して頷いた。

「連携して行きましょう」

 その瞬間、鬼たちが奇声を上げて倒れていく。俺は先生の背後をフォローして鬼を倒していく。神谷たちも協力してくれて鬼たちは徐々に減っていく。

「バスの中に鬼がいるわ!」

 不意に天宮の叫び声が聞こえた。バスの扉から黒い影のようなものがこちらに向かって来た。それは一瞬の出来事だった。気が付くと影が天宮先生の喉元に噛みついていた。

 俺は刀でそれを切りつけたが離れない。毛があるため、刀が通らない。

 刀でそいつの顔面にえぐったところでようやく先生から離れた。天宮がすぐに父親の介抱をした。チラッと見えたが傷は深いようだった。

 素早く刀を構えて警戒する。それはオオカミのような黒い体毛、その背中には黒い羽が生えていた。

「闇鬼だ。なんで……」

 神谷の声は震えていた。夕日だ。日が落ちたんだ。

「天宮、先生を連れて逃げろ!」

 俺は叫んだ。天宮は頷き先生を肩で抱えて連れて行くがゆっくりだ。

「バスよ。エンジンがかかっているからドアが閉められる」

 とポニーテールの女子が手伝った。

 闇鬼は残っていた俺たちを見てすぐに童顔の女子に向かった。手を噛みつくと、首に鋭い爪を立てた。あっという間だった。俺と神谷が刀と剣で攻撃するが離れない。

「河瀬……」

 神谷から声が漏れる。童顔の女子は首から血を流し、動かなくなった。

 次は俺の番だった。俺の首に食いつこうとする牙をなんとか刀でかばうが、鋭い爪が容赦なく肘や腹をえぐった。

「逃げろ!」

 俺は神谷に向かって叫んだ。神谷は顔をゆがめてバスに逃げた。

 俺は思い切り闇鬼を蹴飛ばし、バスの中にテレポートで飛んだ。ドアの方を見ると、プシューと音を立ててドアが閉まった。見れば神谷が運転席にいた。

 車内に目を向けると天宮菜衣が必死に天宮先生の治療をしていたが、天宮菜衣の泣きそうな表情から俺は察した。ポニーテールの女子は近くの席で泣いていた。

 坂の後ろから鬼の大群がこちらに向かって来ていた。闇鬼は倒した童顔の女子の遺体を食べている。地獄のような光景だった。

 治療を受ける天宮先生の呼吸が弱くなっていた。首元から溢れる出血量はガーゼと包帯の圧迫により減ったがそれでもまだ続いている。

「もうぼくは……、たすからない。いたいは、のこして、きみたちは、てれぽーとで、にげ、なさい……」

 天宮先生の声はかすれていた。

「やだよ」

 天宮は大粒の涙を流していた。

 天宮先生は血まみれの顔で力のない目を俺に向けた。口元が動いたが、もう声は聞こえない。先生は最後に俺たちを見て、微笑んで目を閉じた。

 俺は泣きながら、天宮たちに右手を伸ばした。神谷は泣きそうな顔でポニーテールの子の手を掴んで俺の手に乗せてくる。俺はもう左手で天宮の肩に触れると、箱根第一ホテルに集中した。バスの窓ガラスが割られて、鬼の手が見えた。その瞬間、俺の体は飛んだ。

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