第10話 サイレン

 庭で刀の手入れをしていると、救急車のサイレンが鳴り響いていた。

「魔物が町に来ています! 市民は焦らず。箱根南小学校へ避難してください! 魔物がすでにいる場合は最寄りの建物や自宅で待機してください! 駅や町の外へ通じる道路は使用できないので、近づかないでください!」

 町内放送のようだった。

 ベンチで本を読んでいた天宮菜衣も困惑していた。天宮先生が病院の裏口から出てくる。

「君たちは第一避難所の箱根中学校に避難しなさい!」

「お父さんは?」

「僕はタクシーを呼んで患者さんを連れて避難所に行く」

 天宮先生は俺たちを見て、

「中沢くんを頼んだよ……」

 と言った。

 天宮菜衣は頷いて、俺を見てきた。

「行こう!」

 庭の木の扉を抜けて、坂道に出た。

「小学校はどこなんだ?」

「商店街の下の方!」

 商店街は人であふれていた。その中に、なぜか、坂を上っている人たちの姿が見える。

 坂の下に目を向ける。箱根湖の遊覧船乗り場には、大勢の鬼がいた。こちらに向かってきているようだ。

「下はダメだ。もう魔物がいる!」

 ゲームセンターで決闘をした神谷たちだった。息を切らして、険しい表情をしている。

「何があったんだ?」

「……わからない。騒ぎ声が聞こえて、鬼たちが襲ってきたんだ!」

「魔物が町にすぐ近くまで来ています! 坂の上にある第二避難所の箱根第一ホテルに避難してください! 魔物がすでにいる場合は最寄りの建物や自宅で待機してください! 駅や町の外へ通じる道路は使用できないので、絶対に近づかないでください!」

 避難場所が変わった。聞こえてくる声は焦っていて、重大な危機に直面していることをほのめかしていた。

「おい! 冒険者の奴ら、ここで迎え撃つぞ!」

 筋肉質の男性が大声で叫ぶ。男性が持っている剣が二メートルほどの大剣になった。

「手伝います!」「俺も!」「あたしも!」

 その声に応じて冒険者らしい武器を持った人たちが声と手を挙げる。

「わたしたちも協力します!」

 商店街の方たちだった。武器屋のおじさんや雑貨屋のお姉さん、杖専門店のお婆さんの姿も見える。

「それなら、俺たちも手伝うか……」

 神谷の手から剣が出現した。

「まぁ、そうよね」

 ポニーテールの女子が頷き、携帯電話を構えた。もう一方の手には小型のレーザーポインターのようなものが握られている。

「こんな時に撮影しないでよ」

 童顔の女子が呆れたように言う。

「こういう時だからよ」

 SNSに投稿するんだろうか。気になったがそれより、

「俺も手伝う!」

 と覚悟を決めた。

「中沢くん危険よ」

 天宮は顔を強張らせていた。

「天宮は先に避難してくれ」

「私も手伝う。約束したから」

 でもお前は能力が使えないだろと言いかけて、俺はやめた。俺自身が言われたら嫌な言葉だったからだ。

「わかった。離れていろよ」

「大丈夫なの?」

 ポニーテールの女子が真顔で天宮に言う。

「うるさい!」

 天宮はそう言いながらも小さくなっていた。

「治療は任せた」

 俺が勇気づけるように言うと、天宮はハッとしたように頷いてくれた。

「前衛は俺たちがやる! 左右の通路からの侵入を任せたぞ!」

 筋肉質の男や魔女の帽子をかぶった女性、自信のある冒険者たちが前に出た。

 坂を見下ろすと、魔物たちは商店街に迫っていた。小鬼と鬼の群れ、それに身長と体格が大きな鬼がいた。身長は二メートルを超えている。

「剣を抜け! 魔物が来るぞ!」

 俺は剣を抜いた。

「あれが大鬼か……、やばそうだな」

 冒険者の声が聞こえる。

 大鬼は大きな鉈を持っていた。祭事用か? 商店街や冒険者たちに緊張が走る。

「行くぞ!」

 大鬼が鉈を大振りに振るう。それを筋肉質の冒険者が大剣で受け止めた。前衛の冒険者たちから抜け出してきた鬼を他の冒険者たちが対応していく。

 小鬼はこちらにも迫っていた。間合いに入ったところで刀を振り首を狙う。小鬼が倒れた。

「やるじゃんか!」

 神谷が鬼を伸びた剣で倒しながらほめてくれた。

「また来るよ!」

 天宮の警告通り、鬼たちがこちらに迫っていた。その中に、ワイシャツを着て、剣を持った瞳が藍色に光っている鬼がいた。鬼も目が光るのか……。

 前衛の冒険者の一人がそいつに切られた。奴はこちらを見ると、近づいてきた。

 俺は刀を構えた。鬼は正面から剣で切りかかってきた。俺が刀ではじくと、すぐさま、首を狙ってきた。

 俺は刀で、それを受け止める。強い力だ……。

 俺は奴の背後に飛んで、胸を狙った。刀に力を込め、思い切り刀を突き刺すと、鬼は倒れた。

「あらかた倒し終わったな」

 冒険者の声に、辺り見れば鬼と大鬼も倒されていた。駄菓子屋のお姉さんがフライパンで小鬼を追い回している。天宮は怪我をした人たちの治療に回っていた。

 俺は今倒した鬼の遺体を見下ろす。鬼のそばには比較的新しい剣が落ちていた。当の鬼はうつ伏せに倒れ、ワイシャツにチノパン、長靴と言う変わった服装をしている。そのワイシャツには俺が切ったお腹の新しい赤い血の他に、襟や肩にポツポツと斑点のように黒い血がついていた。襟元に近いほど、黒い血が濃くなっていた。またワイシャツの袖には黒く燃えたような跡が付いていた。

 気になって鬼の袖を子細に見ると、やはり袖の一部が炭化していたが、緑色の皮膚には火傷した跡はなかった。

 前の持ち主が火傷したのだろうか? 

 首回りと血の跡といい。気味が悪い。

「ホラーね」

 声に振り返るとポニーテールの子が携帯電話で鬼の遺体を撮影していた。

「どちらかと言うとスプラッターだな」

 神谷が嫌な顔をして遺体から目を背ける。

「動画投稿するの?」

 と俺は気になって訊くと、女子は頷いた。

「警察にも情報提供するつもり」

「どうしたの?」

 天宮が治療を終えたらしく戻ってきた。

「いや、変な遺体があったんだ」

「血痕と火傷の跡ね」

 天宮は遺体を観察しながら口に手を当てて考え込んでいた。

「大丈夫かい!?」

 声に坂の上を見ると、天宮先生が走って来た。後ろからはスーツ姿の男女の姿が見える。

「お父さん!」

「先生!」

「学校に避難したと思って心配で来たんだ。今、駅の転移装置が壊されていて、移動が出来なくなっている。郊外に繋がっている道路も壊れたそうだ」

「壊されたんですか?」

「あぁ、転送装置に使われている部品が破裂して能力石に傷がついたらしい……」

 東伊豆市で起きた駅の破壊と同じだ。

「魔物も操られている可能性がある。通行所を集中して襲撃したんだ。患者さんたちは箱根第一ホテルに送迎した。君たちもそこに行きなさい!」

「そうだ。中沢、テレポートできないか?」

 神谷が訊いてくる。

「やってみる」

 俺は箱根第一ホテルに向かうイメージを試みたが、場所がわからないためテレポートできなかった。

「……ダメだ。正確な道が思い出せない」

「あのとき、話していたから」

 天宮の言葉に思わず天を仰ぐ。

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