第9話 鏡の世界の真相

「中沢くん、何やっているの?」

 俺が庭でテレポートを何度もしていると天宮が訊いてきた。まだ午前中だ。今日は土曜日だから午前授業なんだろう。

「鏡文字の原因を治しているんだ」

「原因がわかったの?」

「あぁ、俺の見ている世界だけ、鏡の世界――左右が反転していたんだ。原因はテレポートだ」

「テレポートで、鏡の世界になるの?」

「その説明をするには、テレポートの原理を知る必要がある。まず、テレポートは四次元を経由して三次元の空間自体を繋いでいる」

「四次元……」

「話を簡単に、次元を一つ落として」

 俺はポケットからハンカチを取り出して、広げて見せた。俺が持っていたものだ。天宮がアイロンをかけてくれたらしく。皺が無くなっている。

「この二次元空間に人が住んでいると仮定する」

「二次元空間……」

「ドットの絵が生きているって考えてくれ」

 俺はハンカチを掴みながら、

「この世界で、ある点からある点に、一瞬で移動するにはどうしたらいいと思う?」 

 と訊いた。

「……繋げばいいんじゃない。縫って」

 簡単に当てられて少し悲しくなった。俺はここまで考えるのに一時間は使っていた。

「そうだ。ハンカチの二点をこうやって……」

 俺はハンカチの両端を掴んでつないで見せる。

「ここを縫えば世界が繋がる。それがこの世界のテレポートだ」

「それが鏡の世界と関係があるの?」

 と天宮が首をかしげる。

「このテレポートには問題があるんだ。メビウスの輪みたいにねじれた場合、どうなると思う?」

 俺はハンカチをねじって繋げて見せた。繋げた面をドットの人間が歩くと、ハンカチの表から裏を経由する。つまり――。

「ひっくり返る」

「そうだ。それを三次元に戻して考えると、ひっくり返ることが構造異性体の中の光学異性体になる」

「光学異性体って鏡のような分子構造になっているのよね」

 俺は頷く。

 光学異性体は分子構造が、鏡の前と、鏡の中のように左右反対になる。例えば、グルコースと構造異性体のD-グルコースは、分子式は同じだが、構造式は異なり、グルコースの構造式を左右反転したものが、D-グルコースとなる。それと同じことが、俺の体で起こっていたことになる。

 視界には、本来のものを鏡に写したように左右反対に映る。俺自身が左右反転になっているからだ。

 そして冒険者協会のDNA検査で引っかかったのもこれが原因だ。DNAの二重螺旋が逆回転になっていればエラーになる。

「だから、わたしの料理がおいしくなかったの?」

「ええと」

「わかるよ。中沢くんって顔に出るから」

 俺は思わず顔を手で触った。

「味がしないことも関係があるのか?」

「旨味の成分のグルタミン酸には光学異性体があって、光学異性体のD-グルタミン酸は旨味がないのよ」

 なるほどだから味がしなかったのか。

「でも、お父さんが光学異性体の中沢くんの治療ができたのはどうして?」

「あぁ、天宮先生は俺が鏡の世界の人間だということを知っていて一度治療のために治してもらったんだ。ただ、寝ている間に俺が無意識にテレポートをしたため、また鏡の世界の住民になった。その証拠にかけ布団が下になっていただろ」

 天宮は目を丸くする。

「さっき天宮先生に聞いて確認した。テレポートで失敗したときになるらしい」

「……中沢くん、すごい」

 天宮に褒められて、俺は嬉しくなった。俺は再度テレポートをする。飛ぶ際に必要なのが中途半端の集中らしい。庭の芝生に着地すると、世界が変わっていた。これまで見た世界が反転している。天宮医院の文字も鏡文字になっていない。鏡の世界から戻ってこれたようだ。


 天宮先生たちとお昼ご飯を食べていた。料理は和風パスタで、天宮菜衣が作ったらしい。味がしっかりして美味しかった。

「鏡の世界から抜け出せたのかい?」

「はい、おかげさまで」

「そうか、良かった。しかし驚いたよ。君がまた光学異性体になっていることもそうだけど、自分で気が付くとは、さすがだね」

 褒められて俺は頬が緩んだ。

「すごいけど、ちょっと悔しいな」

 天宮菜衣は悔しそうにしていた。

「昨日の九時ごろ、東伊豆ひがしいず市と伊東いとう市を結ぶ装置が故障しました。部品に使われているセラミックの破裂が原因とみられ、警察は何者かが遠隔操作で破裂させた可能性も視野に捜査を進めているようです」

「東伊豆市?」

「ここから南に熱海市、伊東市が続いて、その次が東伊豆市だね」

「尚、復旧の目途は立っていなく。帰宅困難者が大勢いる模様です」

 ニュースキャスターの男性は真剣な表情でニュースを伝えていた。

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