第8話 超能力が存在する理由
「なるほど、冒険して遺体を見つけてしまったわけだね」
目の前には天宮先生が怖い顔をして腕を組んでいた。
「はい……」
「菜衣も連れて行ったと」
天宮先生は後ろにいる天宮菜衣を見た。
「中沢くんはわたしのことを思って誘ってくれたの」
「菜衣、先にお風呂に入りなさい」
天宮菜衣は何か言いたげに父親を見ていたが病室を出て行った。
「それで、箱根第一ホテルにも行った覚えがあると」
天宮先生の表情が若干やわらいだ気がした。
「はい。たぶん、修学旅行の思い出だった可能性が高いです」
「確かにそう考える方が自然だね」
天宮先生は思案気に眉を寄せていたが、
「これは僕の想像だが、君がテレポートで飛んだ先が箱根第一ホテルだったことから、事件現場はこの箱根に近い場所なのかもしれない」
と俺を見てくる。それは盲点だった。そう考えると、殺人鬼は近くにいるかもしれない。
「警察には話したんですか?」
「あぁ、伝えてある。明日のこちらに来るそうだ。それまで、大人しくしていなさい」
さすがに拒否できない。明日は大人しくしていよう。
「何より、無事でよかったよ」
天宮先生は安堵したように小さく息を付いた。
天宮菜衣が病室のドアをノックして入ってきた。
「これが、学校の教科書」
天宮が小棚にカバンから教科書を取り出して置いてくれた。俺が夕食時に頼んでいたのだ。
俺は感謝して、さっそく見てみた。教科書には数学、英語、歴史、化学、物理、超能力の鏡文字が見える。
「天宮は何年生なんだ?」
「今年から高一だけど」
数学Ⅰの教科書から目を通してみたが、ほぼ全て理解できた。
「……どう?」
なぜか少し真剣な顔で訊いてくる。
「全て学習した記憶がある」
「年上だったんですか?」
天宮は絶句していた。俺も同年代だと思っていた。
「ため口でいい。今更、丁寧語で話されるなんて面倒くさいから」
念のため、他の教科書にも目で確認してみたが、歴史以外は学習済みだった。内容が鏡文字のため読みにくい。しかし、俺は大学入試のために勉強していたんだろうか?
「なあ、この明治四十三年に生まれた
歴史の教科書ではその人物が日本の超能力の生みの親と記載されていた。それ以前の歴史は俺の記憶通りだ。縄文時代や戦国時代、明治時代もちゃんと明記されている。
「うん。その人が日本の超能力の生みの親って言われているわ」
宇野貴子は生まれたときから不思議な力を持っていたようだ。貴子は透視能力――波長操作を持っていた。それが世間に広く知られるきっかけとなったのが、学者を交えた公開実験で、見事に鉛管の中の文字を透視して見せたらしい。その実験に立ち会わなかった科学者が反対したそうだが、信じる人が徐々に増えていった。夢のような力だって認める人や、その能力で救われた人たちが声を上げたそうだ。目まぐるしく変化する時代背景も影響したようだ。
貴子の透視を見て、信じる人の中から新たな能力者が生まれ、徐々に能力者の数が増えていった。
「信じる人がいたから広まったのか?」
「そう。信じる人がいなかったら、広まってなかったって研究もあるくらいだから」
怖い考え方だなと思う。もし偽物だったら悲惨なことになっていたはずだ。
「もちろん能力者には偽物もいたっていう話もあるけど、本物が見破ってくれたのよ」
天宮の目には、どこか狂信的なものを感じた。怖い。もしかしたら、ここは戦前に分岐した超能力者を人々が信じた世界線のパラレルワールドなのか?
結論が出ないまま、さらに先を読んでいく。
それから、超能力者が次々と生まれていき、昭和後期には人口の四分の一になり、能力が身近な存在になったそうだ。
更にページをめくると、魔物と言う文字が目に入り、先が気になったが、今は読む手を止めた。
次に超能力の教科書を借りる。この死に影響される能力レベルの上昇と能力の継承と言うのが、天宮先生から聞いた話だろう。
ペラペラとめくってみたが、鏡文字のヒントになるものはなかった。天宮に頼んで、他の参考書とかも覗かせてもらったが、結論は出ない。
「能力の素って何なんだろうな」
「まだわかってない。それがわかれば、わたしのような無能力者はいないから」
「能力を使えるようになる方法はないのか?」
「勉強とか、頭を使えば能力が強くなるって言われている。それと鬼を殺すとかね。全て試したよ。それでもダメだった」
そうか、そういうものなのか。なんだか、理不尽のような気がした。
不意に自室だろうか、そこで参考書を開いて、ノートに数式を書く光景が映った。その横には通知書のような書類が置かれていた。
判定:能力なし
そこにはそう書かれていた。
――中沢くん、能力がないのに全国ってすごいよ。
クラスの女子から褒められた言葉。
――能力なら気にするな。高校に入ったら使えるようになる。
養護施設の職員さんから言われた言葉。
――大丈夫だ。努力していればきっと報われるさ。
担任から言われた言葉。
――そうか、またダメだったのか。
次こそは、次は絶対、次は――。
ノートに雫が零れ落ちた。涙だ。俺は泣きながら勉強しているらしい。それでも手は一向に止まらない。俺は胸を締め付けられるような気持ちになった。
「また何か思い出したの?」
と天宮の声で現実に戻った。
あぁ、と俺は頷いた。天宮はたぶん、今も昔の俺と同じように頑張っているんだろう。本を肌身離さず持っているのもそれを裏付けている。
俺は哀れみのような目で天宮を見ていることに気が付いた。かつての自分が向けられていたら嫌だろう。そう思って、まっすぐ天宮を見て、
「俺も無能力者で必死に勉強していたんだ」
「そうだったんだ。能力が手に入って良かったじゃない?」
「俺が手に入れたのはつい最近だ。だから天宮も能力が手に入るかもしれない」
これは同じ無能力者だったものとしてのエールのつもりだった。
「つい最近って高校なの?」
天宮が驚いた顔をする。そう、高校に入ってしまうと、能力が覚醒する可能性は限りなく小さくなると言われている。
「たぶんな、ちなみに俺は死ぬほど勉強していた」
天宮は何かをこらえるように下を向いてしまった。髪に隠れて、顔が見えなくなる。
「わたしも死ぬほど勉強してる」
「それなら、大丈夫かもな」
「前向きすぎよ」
「その方がいいだろ。なぁ、また冒険に行かないか? で今度は、お前が止めを刺せよ」
天宮は目を丸める。
「いいんですか?」
「丁寧語やめろよ。もう仲間だろ」
俺が微笑んで言うと天宮は泣きそうな表情になって、
「ありがとう」
と呟いて教科書で顔を覆ってしまった。
「先生、能力のことについて教えてもらえませんか?」
朝食時、俺は天宮先生に訊いた。分からない部分を何とか形にしたかった。それに鏡文字や俺が能力を使えるようになったきっかけがわかるかもしれないという期待もあった。
「よし、じゃあ、朝食後にやろうか?」
天宮は俺たちを見て珍しく楽しそうに笑っていた。
朝食後、俺たちは中庭に集まっていた。
「まずは能力の実現。能力は無からは生まれない。しかし、操作するものがある程度あれば……」
天宮先生は中庭の芝生に付いている雫を手の平に付けた。手から水が溢れだし、こぼれ落ちる。
「操作ができる」
天宮先生は杖をホルダーから取り出した。
「僕たちが杖を使っているのは、能力石が記憶した元となる物質を作ってくれるからだ」
天宮先生が杖を下に向けると、水滴が落ちた。
「中沢くんが操作できるテレポートの空間は、ほとんどのものにあるものだから気にしないで使えるんだよ」
俺は納得し、相槌を打った。
「もちろん、能力を使うに当たっては操作物の構造なども知る必要がある。水だったら、分子式だね」
それは結構難易度が高そうだ。
「能力を使用できる範囲ってあるんですか?」
「それは次の能力の操作だね。使用者や環境によっても差はあるけど、僕の場合は空気中なら有効範囲は二メートルくらいだ」
天宮先生は杖を前に出して動かし、球状の水をゆらゆらと動かしていく。先生の言うように水の動く範囲は円で大体半径が身長くらいだった。
「体に近いほど、影響力も強くなって、遠いほど、影響力が弱くなる」
天宮先生に近いほど、水は早く、遠くになると、速度が遅くなった。
「ちなみに腕を動かして、その速度に依存させることもできる」
天宮先生は杖を前方に振るった。すると、水が勢いよく飛び出す。
「ボールを投げる感じですか?」
「そうだ。速度は物質の物理法則によっても変わる。電気なんかは回路があれば一瞬で移動するね」
先生は出来のいい生徒を褒めるように微笑んだ。俺は考えて矛盾点に気が付いた。
「でも、テレポートは遠距離もできますよね」
「それを説明するのが、三番目の能力の付与だね」
天宮先生は芝生を指示した。五メートルほど先に先生が先ほど作った水たまりがある。
「自ら作成、または触れた操作物には、位置さえわかっていれば、どれだけ距離が離れていて時間が経ったとしても能力が残っていて、単純な増減操作ならできる」
水たまりから水が湧き出した。
「能力は無意識でも少量出ているから、浸かったお風呂のお湯とかも付与される」
普通に生活の中でも能力を付与されるのか……。
「
疑問が解消されると同時に断片だったものが形になる。
「行ってきます」
天宮が道路側から手を上げていた。
「「行ってらっしゃい」」
俺と先生の声が重なる。
「四番目はなんですか?」
「……最後の一つは、昨日説明した死の能力だ」
天宮先生は語尾を濁した。パンと小気味よく手が叩かれた。
「よし、僕は仕事に戻るよ」
「ありがとうございました」
俺はベッドに座りながら考えていた。
時計が逆回転している謎と鏡文字の謎はおそらく同じ原因だ。それにはおそらく能力が関係しているはずだ。能力の定義を知った今、解ける気がした。
他に引っかかっていることとしては、初めに目が覚めたベッドでかけ布団が下にあったことやDNA検査で引っかかったこと、それから味がしない料理も気になる。
時間はたくさんある。俺は考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます