第7話 廃旅館
「冒険者手帳は?」
箱根西通行所で、昨日の男性に訊かれる。俺は冒険者手帳を見せた。天宮も手帳を差し出す。
「二人か?」
「はい、昨日はありがとうございました」
「頑張れよ」
受付男性は微笑んで送ってくれる。
杉並木に囲まれた国道一号線を俺たちは歩いていた。
「昨日、国道を本当に歩いていたんだ……」
「嘘はついてないだろ」
天宮はクスクスと共犯者のように笑っていた。
「昨日、ここで小鬼を倒したんだ」
庭を覗いてみたが、小鬼の死体はなかった。
「なんで死体がないんだ……」
「別の鬼か、闇鬼に食べられたんだと思う」
「冒険者協会で見た奴だな。夜間に活動するって」
「そう、夕方でも活動するそうよ。今は三月だから、午後五時半ごろかな。現在の時刻が午後一時半ね」
「後、四時間だな」
「テレポートね」
頭の回転が早いな。天宮は病院から治療ボックスを持ってきてくれた。それに制服に着替えていた。
「ちゃんと帰れそう?」
「大丈夫、道を覚えている」
俺は手に持っていた地図を見せた。昨日、雑貨店で買ったものだった。これで現在地がわかる。それに今朝、テレポートの練習をしてきた。
「私、何もできないし、地図持つよ」
と天宮が提案してきた。俺はその申し出を受けることにした。
「わかった。頼む」
国道一号を歩いていくと、県道20号に合流した。そちらが海に近いらしいので道を変える。景色は次第に下り坂となり、木々が多くなる。この先をさらに進めば熱海に行けるらしい。
道路の木々の隙間から旅館が見えてきた。木造と鉄筋コンクリートの複合の三階建てのようだ。駐車場のスペースも広く。昔はそれなりに繁盛したんだろう。建物内部から微かに声が聞こえる。何か話すような複数の声だ。日本語ではなかった。
「この中にいるな」
俺は声を抑えて言った。室内で処理するにはリスクが高い気がする。刀のリーチもある。
「声でおびき出すか?」
俺は小声で提案する。
「近くの建物から一斉に鬼が出てくる危険があるからやめた方がいいんじゃないかしら」
天宮の忠告を素直に受け入れることにした。多少リスクを覚悟で旅館の中に入るか。
「外で見張っていてくれ、危険がせまったらすぐ知らせろよ」
天宮は頷いて、
「気を付けて」
小声で囁く。俺は頷き、刀を鞘から抜くと、玄関のドアをゆっくりと開けた。
中からは排泄物の匂いがした。思わず鼻を抑える。玄関ホールの左手の襖が開いていた。寝室らしき中からいびきが聞こえる。寝ているようだ。
玄関ホールを進み、右手にあるガラス戸越しに食堂を見てみた。咀嚼音が聞こえる。小鬼が二体、鍋の中にあるもの手で食べていた。それは血塗られた人間の手だった。
小鬼たちが声を上げた。声を上げていたらしい。俺はガラス戸を開けて、室内に入り込み、近くにいる小鬼の首を狙った。前回と違って躊躇いはなかった。小鬼の首から血しぶきが上がり倒れた。
もう一体の小鬼が鍋を手に取っていた。奇声も上げる。俺は鍋ごと蹴飛ばした。小鬼が倒れる。俺は首に刀を突き刺した。何とか息の根を止められたようだ。
ホール側から声が聞こえた。俺は小鬼の喉に突き刺さった刀を抜くと、ホールに躍り出た。
鬼は階段から降りてきた。小鬼一体に鬼が一体だ。俺は素早く。意識を小鬼の後ろにイメージして飛ぶと、背後から首を狙う。
血が噴き出し、鬼が倒れた。後は一体だ。鬼が雄たけびを上げて手に持った。包丁を突き付けてくる。俺は今度は鬼の横にテレポートで飛んだ。そして、隙ができた鬼首に向かって剣を振るった。
「大丈夫?」
玄関から天宮が入ってきた。
「あぁ、終わったよ」
俺は刀の血をタオルでふき取り鞘にしまい。倒れている鬼の遺体を見た。
悪戦苦闘しながら室内に倒れている小鬼二体の能力石の回収が終わると、天宮はゴム手袋をした手で三つの能力石を持っていた。そのうちの一つは、これまでのものに比べて大きかった。天宮の右手にはナイフが握られている。
「それって」
「手術用のナイフよ」
やっぱり、そう言ったものに慣れているんだろう。
「さすが医者の娘だな」
「それ褒めてる?」
天宮は能力石を手渡してきた。小さい能力石が三つに、大きな能力石が一つ、全部で四つだ。
「ねぇ、鬼の着ている服、変じゃない?」
言われて倒れている鬼たちを見下ろした。小鬼はぼろきれのような古いズボンを履いている。しかし、鬼はワイシャツにスカートを着ていた。ワイシャツには襟元に黒い血がついて、さらに首回りとお腹に新しい赤い血が付いていた。
「鬼がワイシャツとスカートを着ているところか?」
「それもあるけど、服が新しいところ」
「さっき、向こうのレストランで遺体を見つけたな」
「そうなんだ。ちょっと事件性がないか確認してくる」
冷静に天宮は言うと、レストランに近づく。正直、この旅館に俺は恐怖心を感じていた。しかし、天宮を一人にするわけにはいかないのでついていくことにする。
遺体はテーブルに山積みになっていた。バラバラにされたのか、手足や胴体が積まれている。いずれも裸で若い男と女のようだ。思わず吐きそうになるのを何とかこらえた。体が震えてくる。
「ど、どうだ?」
「この遺体、変よ」
天宮の声は先ほどの冷静さを失って狼狽して、
「この切断面、刃物や牙じゃなくて、細胞が分解されている」
と俺をすがるように見てくる。
「鬼がやったのか?」
「鬼や闇鬼にはできない」
「超能力?」
「うん、たぶん生命操作」
「人間……」
天宮は頷いた。俺は天を見上げる。とんでもないものを見つけてしまったらしい。こういう時、どうすればいいだろう。やはり警察に電話だろうか。俺はぼんやりと考える。
天宮は俺の後方を見ていたが、小さく悲鳴を上げた。恐る恐る俺が振り返るとそこにはお皿が置かれていた。乱れた茶色の髪に目を閉じて悲しそうに顔を歪めた女の子の首がそこにはあった。
「大丈夫?」
目を開けると、天宮が覗き込んできた。外にいるようだ。草の生い茂ったコンクリートの駐車場だ。日が傾きかけていた。
「何があったんだ?」
「中沢くん、倒れたのよ」
と天宮が心配そうな顔で見てくる。どうやら気絶してしまったらしい。
「ごめん、迷惑かけて」
「ううん、気にしないで、それより警察に連絡しないと」
「そうだな。日が落ちているし早く帰ろう」
俺が手を出すと、天宮が手を乗せてきた。
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