第6話 発見場所
「天宮さんって高校生なの?」
「そうですよ。もしかして、中沢さんも高校生?」
「あぁ、お互いにため口にしないか?」
天宮は頷いてくれた。バスは坂道を登っていた。坂には大型の宿泊施設などが立ち並んでいる。
「毎度ご乗車ありがとうございます。このバスは大涌谷行きです」
バスのアナウンスが聞こえてきた。天宮が読書を始めてしまったので、俺は景色を見ながらこれまでのことを整理する。反転した文字、記憶に出てきた男子、俺を知っているという神谷の存在、そしてあのレインコートの人物、この世界は元いた世界とは違う鏡の世界のなのか? 疑念は尽きない。
「天宮、この世界って鏡の世界なのか?」
「鏡の世界……」
天宮が目を丸くして、俺を見ている。その姿は可愛いかった。
「中沢くんはわたしと同じ漢字の名前で日本語が通じるでしょ」
天宮に言われた。ちゃんとため口になってる。
「俺の知っている文字からするとこの世界の文字は鏡文字になっているんだ」
「鏡文字って左右反対ってこと?」
天宮はまた目を見開いて驚いていた。俺は頷く。
「それでも、鏡の世界じゃないわ」
「じゃあ、パラレルワールドか?」
天宮は何か言いたげな顔をした。
「次は箱根第一ホテル前でございます」
とバスのアナウンスが聞こえてきて話は終わった。
箱根第一ホテル前でバスを降りる。天宮の分のバス代を払おうとしたが、彼女に断られてしまった。
俺は箱根の町が一望できる景色を見ながら、背伸びをした。
「空気が美味しい」
「そんなことも覚えているの?」
「俺、東京に住んでいるから」
その言葉には若干嘘が混じっていて、記憶では東京に住んでいたことがあり、こちら世界の東京かどうかは分からない。天宮は悔しそうにしていることから、こっちの世界でも東京住まいは憧れの対象のようだ。
ホテルは赤を基調とした建物で、パッと見た限り七階はあった。窓についている重厚な鎧戸が特徴的だ。食堂らしき大きなガラスにもシャッターのようなものがついていた。なんか厳重だ。
「あれが常闇の月よ」
天宮が指さした。ホテルの屋上は一部が塔のようになっていて、そこにはマゼンタに輝く巨大な宝石のようなものがあった。あれも魔石なのか……。
ホテルの敷地に入ると、夕方になっていた。
「夕方だ!」
今は午前十時くらいのはずだった。これが魔石の力か……。
「常闇の月の影響ね」
――常闇の月は夕方を作るために巨大な魔石を使っているらしい。
あの男子の声だった。
「記憶が戻ったの?」
天宮が訊いてくる。俺は頷いた。
「あぁ、俺はここに来てる」
俺は言いながら困惑していた。
「とりあえず、中に入ろう」
「いらっしゃいませ! お泊りでしょうか?」
ロビーの受付で聞かれる。
「いえ、宿泊ではなくて、実はここで倒れていた俺のことで訊きたいことがあるんですが?」
なんか、日本語が変になっている気がした。
「お客様のことは存じていますよ」
受付女性はそう言いながらも少し困惑していた。ちゃんと事情を伝えよう。
「実は俺、記憶喪失なんです」
俺は続けて、
「その節はご迷惑をおかけしました」
と頭を下げた。受付女性は驚いていたが納得したようだった。
「迷惑だなんてそんな、元気になられて何よりです。当時のことを調べているんですか?」
「はい、そうなんです。どの場所で見つかったのか、教えてもらえないでしょうか?」
「そうですね。そちらの正面入り口前で倒れられていました。時間は夕方の五時半頃でしたね。あなたを見つけたお客様が知らせてくれたんです」
正面入り口と言うことはここまで逃げてきたんだろうか?
「怪しい人物とかいませんでした? 例えばレインコートを着た人物とか?」
思わず声が大きくなるのを抑える。
「いえ、あなた一人でした。血を流して倒れているのを見つけて」
犯行現場はよく覚えていないが暗く室内のようだった。殺人鬼がいなかったとすると、この近くに犯行現場があるんだろうか? ここに予約していたかも気になる。
「以前に俺の姿を見たことはないですか? 以前と言ってもここで見つかる前のことですが……」
「ごめんなさい、少なくとも私は覚えてないです」
「それなら、中沢修一の名前で、予約や宿泊をしていませんでしたか?」
「もしかして、中沢というのはお客様の名前ですか?」
俺が頷くと、受付女性の瞳が光ったような気がした。
「調べてみますね」
ややあって、
「少なくとも中沢という名前で、予約や宿泊はなかったです」
受付女性は残念そうに言った。
「では、修学旅行生が泊まっていませんでしたか?」
俺は粘り強く訊いた。
「当時は修学旅行生も泊まっていなかったですね。九月ごろは人気なんですが」
先ほど、思い出した記憶は修学旅行の時のもので、最近とは別の思い出だろう。結局のところ無断でここに逃げてきたらしい。申し訳ない気持ちになった。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「記憶喪失なんですよね。気にしないでください」
受付女性は明るく言ってくれた。
「あのう、ここって避難所になっていましたよね?」
天宮がおずおずと口を挟んできた。
「はい、この建物は町の第二避難所として活用されているんですよ」
その言葉に鎧戸を思い出した。
「もしかして、この建物は町営なんですか?」
と俺が訊くと、
「そうですよ」
なんでも無料で常闇の月を見られるということだったので、見せてもらうことにした。
常闇の月をまじかで見たが、魔石は五十センチくらいの巨大なものだった。装飾が施され、宝石のように
「さっきの質問って、どういう意味なの?」
天宮の声で我に返った。
「俺がこの世界にいたと考えてみたんだ」
「そうだと思うけど」
怪訝そうに眉を曲げる天宮を後目に俺は話を続ける。
「俺が当時制服を着ていたことから、修学旅行中に事件に巻き込まれたんじゃないかと思った」
当時、修学旅行生はいなかったため、この仮説は否定されている。
「友だちの誰かが予約を取っていたとか? 中沢くんが病院に来た日は確か、日曜日だったはずだから」
遊び目的で来た場合、制服で来るのか?
「でも制服で来るか?」
「冒険なら制服を着ていても不思議じゃないわ。冒険者の服装として推奨されれているから」
「普段の冒険でも制服を着ていくのか?」
天宮は頷いた。よくわからないがそう言うものらしい。
「でも友だちがいたら、その場に残ると思うけどな」
俺の言葉に天宮は悩んでいた。不意に嫌な考えが脳裏をよぎった。
「なにか悪いことをしていたとか?」
「中沢くんが悪いことをできるとは思えないけど」
天宮が俺の目を見てそう言った。貶されているのか励ましているのかわからない。
「やっぱり冒険するためにここに来て、たまたま事件に巻き込まれたとかじゃない?」
事件に巻き込まれたとしたらホテルの駐車場で倒れていた理由がわからない気がした。周りを見てみたが、どの旅館やホテルも営業中のようで、記憶にある無人の建物は付近に見当たらなかった。
俺はこれまでのことを振り返ってみる。冒険者協会に魔物、それから能力が使えた。そうだ能力だ。肝心なことを忘れていた。
「テレポートだ」
テレポートでここまで逃げてきたと考えると、辻褄が合う気がした。
「テレポートって、中沢くんって能力が使えるの?」
天宮が訊いてきた。俺が頷くと天宮は驚きつつもどこか寂し気な表情をしていた。
俺たちはホテルで食事をしていた。味のしないハンバーグ定食を無理に食べながら、
「午後はどうする?」
「じゃあ、冒険にする?」
「いいけど」
あっと思い。思わず天宮を見ると、
「やっぱり、冒険に行っていたんだ」
「どうしてわかったんだ?」
俺は諦めて訊いてみた。
「服に血が付いていた」
なるほど、服は天宮が洗濯していたようだ。
「天宮、お願いがあるんだけど」
「お父さんには黙っているわ」
天宮は悪戯っぽい笑顔で、メニュー表のパフェを見つめる。おごれと言うことらしい。
「わかった。おごるから」
「ありがとう。中沢くん」
天宮は嬉しそうに従業員が運んできたイチゴパフェを一口食べ始める。治療分のお金は足りるだろうか?
「それで冒険はどうする?」
「でも、わたしは……」
天宮は言いかけて言葉に詰まって、
「無能力者なの」
震える声で言って、天宮は視線を落とす。言ってしまったことを後悔しているようだった。
――この子、家の手伝いをしているのよ。
同級生だという女子の言葉を思い出す。なんとなく、わかってしまった。あれは悪意のある言葉だったのかもしれない。そして、それは俺も経験していた。
「そんなの関係ないだろ。少しでも手伝ってくれればいいんだ」
思わず声が大きくなっていた。
「ありがとう」
天宮は小声で恥ずかしそうに俯いて言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます