第4話 決闘ゲーム
通行所に戻ると、嫌な顔をされた。それは、血まみれの人間が戻ってきたら嫌だろう。
受付男性が、俺の血に染まったワイシャツに手を向けてきた。ワイシャツの血の跡が消えていく。
「これも超能力ですか?」
「生命操作だ。次からは血液除去の薬品を使いなさい」
俺は礼を言って通行所を後にした。
冒険者協会に戻り、能力石を鑑定してもらったところ、千六百円になった。
その場でお金に引き換えてもらった。お札が一枚に、五百円硬貨が一枚に、百円硬貨が一枚だ。俺の財布の中に入っているお金と同じものだ。
ポーチから財布を取り出して、お金を入れていく。これは医療代になる。この世界の医療代はどのくらい何だろうと不安になる。向こうの世界では保険料で三割負担で済むが、こちらでは使えないためかなりの金額になる可能性が高い。
来た道を歩いていると、
「おっ、中沢じゃん。どうしてここにいるんだ?」
声をかけてきたのは同年代くらいの男子だった。俺と同じ制服のズボンを着ている。ワックスで癖をつけたナチュラルヘアーの茶髪にモデルのような顔立ちをだった。連れだろうか二人の女子生徒がいる。どの子も制服が違う。
「知り合い?」
栗色に染めた癖の付けたポニーテールをした目鼻立ちのはっきりした女子が声をかける。
「あぁ、なんつうか、知り合いか?」と茶髪の男子は不敵な笑みを俺に見せた。
「知り合いなのか!?」
思わず声が大きくなる。この世界は異世界じゃないのか!?
「まぁ、そうだけどな」
食い気味に訊く俺に、面を食らった茶髪の男子は少し仰け反って頷く。俺はさっそく自分自身の話を聞きたかった。
「俺、記憶喪失なんだ。俺自身の情報を教えてくれないか?」
茶髪の男子たちは驚いていた。
「本当なのか? 学校を休んでいるらしいって話は聞いたけど」
本当だと俺が言うと四人は面食らったようにこちらを見ている。
「俺は
「東京都第一区第一高校だな。学生証に書いてあった」
「なんだ。知ってるじゃねぇか。後はそうだな……、お前が中学の時に決闘の大会で全国まで行っていたな」
「決闘の大会で全国!?」
他の二人の声が重なる。決闘ってなんだよ。しかも大会なんてあるのか?
「それに無能力者だということぐらいしか知らねぇな」
と神谷は少し笑って俺を見てきた。その笑い方はどこか馬鹿にしているようなものを俺は感じる。
――よぉ、無能力者。
神谷の顔がそこにあった。今とは違って制服を着ている。それも俺が今着ている制服と同じだった。その顔にははっきりと馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「大丈夫?」
女子の一人が訊いてきた。
あぁ、と俺は神谷を睨んで、「無能力者ってなんだよ」と言った。
「能力がない奴のことだ」
神谷はバツが悪そうにしていたが、
「思い出したのか?」
「あぁ、たった今な」
「どうやら記憶喪失って言うのは本当らしいな」
――なぁ、大会に出たっていう実力見せてくれよ。
まただ。大会と言うのは決闘と言うスポーツのことだろう。
「……決闘」
「やってみるか?」
と神谷が訊いてきた。悪意はなく心配そうに俺を見ている。俺は血が飛び散る光景を想像して恐ろしくなった。
「怪我しないか?」
「しない。ただのゲームだ」
「喧嘩はダメだよ」
ショートの茶髪で童顔の女子の一人が俺たちの間に入った。
「喧嘩じゃないから安心しろよ」
神谷は優しい声で女子に言って、俺をねめつけて、
「一応、記憶が戻るきっかけになるかもしれないんだぜ」
と挑戦的に見てきた。
「やっぱり、前にも戦ったのか?」
「よくわかったな」
俺は思案した。俺としてはこのモヤモヤする現状を打破したい。そのために記憶が戻るなら引き受けてみてもいいかもしれない。
「わかった。受ける」
「オーケー、この奥で疑似決闘ができる機械が置かれている。そこでやろうぜ」
「……疑似決闘?」
「機械が能力や攻撃をシミュレートしてくれる。安全で現実には影響がない」
透明な板で区切られた競技場が見えてきた。競技場の床は芝生で、外界とは唯一、正面のドアで行き来できるようだ。俺は血の付いた借り物の剣を見て、不安になった。
「なんだよ。昔と同じで怖気づいたのか?」と神谷は憎らしい笑みを浮かべながら、機械にお金を入れ、操作していた。
「互いに一本勝負で致命傷が付いた時点で勝敗を決定する。それでいいな」
「あぁ、それでいい」
神谷はドアを開けて、競技場の中に入って行った。
「俺はどうすればいいんだ?」
「一緒にそこのドアから中に入るのよ」とポニーテールの女子は説明して、心配そうな表情でこちらを見ている。
「神谷くん……」
もう一人の童顔の女子は不安げな表情で神谷の方を見ていた。
競技場の中に入ると、神谷は手に持っているコイン以外、何も持っていなかった。
「武器を取れよ」
刀を抜いて構えると、正面に「試合を開始します」という文字が表示された。
「大口を叩いて負けないでよ」
「頑張って」
観客席から応援が聞こえる。神谷は手を挙げて見せた。
俺はぎこちなく手を挙げる。
カウントが始まる。3、2、1、開始。
「武器を持たなくていいのか?」
俺は思わず訊いた。
――武器を持たなくていいのか?
当時の俺の声が聞こえて、思わず震えた。
「必要ねぇよ。それより、手加減した方がいいか?」
――必要ねぇよ。それより、手加減した方がいいか?
当時の俺は走り込んでいた。神谷の手に剣が出現して、俺は切り裂かれていた。
「思い出したみたいだな」
神谷はこちらに走りこんできた。西洋風の剣を振りかぶる。俺は左手に持っていた刀で、応戦した。金属音が響く。
数回の打ち合いの末、鍔迫り合いになった。その瞬間、剣先が独自の生物のように動き、こちらに向かってきた。とっさに右手で防いで離れた。
「よく、防いじゃねぇか!」
右手を見ると、消えかけていた。右手の感覚もない。
「手が……」
「一時的に消えただけだ。ゲームが終われば元に戻る」
神谷が剣を構えると、剣先が二メートルくらい伸びた。そのまま、こちらに剣を振るう。俺は何とか、刀で弾いてやり過ごした。
このままだと分が悪い。
俺は一か八かの賭けに出ることにした。神谷に向かって全力疾走で走った。長剣をはじき、神谷を間合いに捕えた。しかし、剣だったものが棘の付いた盾に変わっていた。もう止まれなかった。俺は刀を振るったが盾で防がれ、棘が左手と体に突き刺さる。
とっさにバックステップで距離を取るが、神谷が迫っていた。今度は盾と剣の両方を持っている。
まだ左手は動く。俺は神谷の背後に集中した。すると、足が離れて神谷の背後が見える。俺はそのまま神谷の首を狙って刀を振るった。
「能力か」と神谷はなんとも言えない表情をして、消えていく。
勝利という文字が見え、ゲームのような花火のエフェクトが輝いた。
競技場のドアから外に出ると、ドアの向こうには神谷が立っていた。
――なんだよ、大したことねぇな。
記憶の神谷は俺をあざ笑っていたが、
「能力、使えるようになったんだな」
と何とも言えない表情をしていた。
あぁ、と俺はぶっきらぼうに答える。
「ちゃんと思い出せたみたいだな」
さっきのは昔のことを思い出させるために、演技してくれたんだろう。言葉と声も当時と同じだった。
「ここにいた」
見れば制服姿の天宮菜衣がいた。
「天宮さん」と俺は手を挙げる。天宮は手を挙げ返して、神谷たちを見てなぜか嫌な顔をする。
「中沢さん、探したんですよ」
「ごめん、今、帰ろうと思っていたんだ」
「あれ、天宮さんじゃん」とポニーテールの女子が言った。天宮はなぜか無視した。
「行きましょう。中沢さん」
「無視しないでよ。ひどいなぁ」
「知り合い?」と神谷が訊く。
「同じ高校の子、家の仕事しているらしいよ」
「へぇ、すげぇ」
神谷が感心したように天宮に目を向けた。天宮は唇をわなわなと震わせていた。嫌なんだろう。
「帰りましょう」
「そうだね」
「じゃあな」
神谷が手を挙げた。俺は反射的に手を挙げてしまい。後悔した。
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