第3話 国道1号

 商店街にはお土産屋を覗いている学生たちがいた。明らかに不審者とわかるような刀を持っているにもかかわらず、注視する人もいない。みんな、冒険者に慣れているらしい。

 俺は魔物退治に行ってみるつもりだった。商店街の坂道を下っていくと、大通りに出る。そこには普通に車が走っていた。

「車が走ってる!?」

「何言っているんだよ」

 近くにいた小学生くらいの男の子が小馬鹿にしたように俺を見てきた。

「なぁ、車の動力はどうなってるか知っているか?」

「石油、能力石に分かれているんだぜ。確か、同じくらいの比率だった気がする。機械全般の能力石の普及率も全体の二分の一くらいかな」

 得意げに男の子が鼻を鳴らす。能力石、先ほど冒険者協会で聞いた鬼の中にあるというものだ。なるほど、エネルギー元になっているから取引されているんだ。青信号になり俺は礼を言って道路を渡った。

 道路の信号機を渡った先は遊覧船やボート乗り場になっていた。手すりにもたれて、前を見ると、青々とした芦ノあしのこが広がっている。

 芦ノ湖の右側の対岸に緑色のような生き物がいた。

 あれが受付の人が言っていた鬼だろうか。

 目を凝らしてみるが、緑色の生き物は建物の陰に消え、姿が見えなくなった。

 その姿を追って、芦ノ湖沿いの国道を歩いていくと、「国道1号」という道路標識が目に入った。その奥の大きな道路標識には「熱海あたみ1キロメートル」と表記されている。

 町の外れは、この先みたいだ。この先に魔物が出るらしい。

 しばらく歩くと、三メートルほどの鉄柵のようなものが現れた。変電所でよく見るもののようだが、こちらには宝石のようなものが組み込まれている。ライトアップの装飾みたいだ。

 道路はトンネルのような建造物の向こう側に続いていて、雨が降っていた。鉄柵の向こう側を見てみたが、そちらは晴れている。おかしな光景だった。

 トンネルを通ると、向こう側は確かに雨が降っていた。それに熱海へようこそと書かれた看板が見えた。奇妙なのは景色が全く異なることだ。まるでトンネルの向こう側の世界が別世界のようだった。

 トンネルを行ったり来たりしていると、中学生らしい学生服を着た二つ結びの女子がこちらを見ていた。

「これどういう仕組みなの?」

 二つ結びの女子はぎょっとしたようだったが、

「転移装置ですね」

「転移装置?」

「向こう側が熱海でこっちが箱根で二つの町が繋がっているんですよ」

 これも超能力なのか? 俺が絶句していると、女子は小さく笑っていたが、チラッと俺の刀を見て、

「お兄さんって冒険者ですか?」

 と訊いてきた。

「あぁ、魔物のいる場所ってどこかわかる?」

「それなら向こうですよ」

 女子が指し示すのは、道路わきにある鉄柵沿いの建物で、石づくりの表札には「箱根西通行所」と書かれていた。俺は礼を言ってそこに向かった。

 建物の中に入ると、受付には二人の大人が待機していた。まるで駅の改札口のようだ。

「一人か?」

「はい」

「冒険者手帳は?」と受付の男性に促され、俺は冒険者協会で交付された手帳を提示したが、受付男性は疑い深げな表情を浮かべた。

「通っても大丈夫ですか?」

「あぁ、問題はないが」

 受付男性はもう一人と目配せすると、なぜかついてきた、


 ゲートを出ると、タイルが敷き詰められ、花壇が並んでいる広場のような光景が広がっていた。

「君、能力は?」

「空間操作です」

「念のために訊くけど、使えるのか?」

「どうやって使うんですか?」

 男性はため息をつくと、

「空間操作なら別の場所に一瞬で移動できる。別名テレポートって呼ばれているんだ」

 おぉ、テレポートなら知っている。超能力の奴だ。

「原理としては四次元空間で三次元を繋いでいるんだ」

 四次元、よくわからないが、三次元空間を伸ばして繋いでいると考えればいいんだろうか?

「テレポートは今いる場所から、だいたいの位置を覚えていれば移動できる。ただ条件がもう一つあって、一度いた場所じゃないと移動できない」

「だいたいの位置を覚えているって、どのくらいなんですか?」

「ある程度の方向と実際に歩いて行ったレベルの記憶かな」

「歩きって結構条件が厳しいですね」

「慣れれば車や電車でもできるって聞いたよ」

 転移装置というのはもしかしたら、地続きに遠くと繋がっているんじゃないか? そう考えると、あのトンネルの中が雨だったことも頷ける。あれは箱根が晴れで、その先のおそらく熱海が雨だったんだ。

「もしかして向こうの転移装置は、離れた町が四次元で繋がっているんですか?」

「あぁ、隣の町とは能力石を利用して、四次元で空間が繋がっている」

 思わず小さくガッツポーズを作った。

「テレポートをやってみてくれないか?」

 俺は男性のいる広場の中央から離れて、男性の場所をイメージして集中した。すると、足が宙に浮き、地面に着地する。

 そこは男性のいる広場の中央だった。

 これが超能力か……。俺が感動していると、「やればできるじゃないか」と男性が笑っていた。

「気を付けて冒険に行きなさい」

 この街は優しい人が多いな。俺は礼を言って広場から国道1号に再び入ると、町に繋がっているはずの道路が鉄柵で塞がれていた。更に、その後ろもコンクリートで塞がっており、本来あるはずの道がなかった。転移の仕組みを考えるとそうなるのだろうが、不思議な光景だった。

 振り返ると、道路はひび割れて、雑草や草木に覆われていた。ツタに覆われた国道1号の道路標識が見える。その道路を囲むように杉並木が立ち並んでいた。芦ノ湖に面した左側には駐車場が見え、トイレらしい建物も草木で覆われている。自然豊かだな。それにどこか時代を感じる。

 国道を歩いていると、荒廃した廃墟群が見えてきた。民家が自然に侵食されている。

 その時、民家から何か物音が聞こえた。

 俺は音を立てないように、左手で刀を抜き、民家の朽ちた柵を越えて、廃車から庭先を覗くと、緑色の耳の長い子供がいた。ボロボロの服を着ている。何かを漁っているようだ。先ほど写真で見た小鬼だ。実際に見てみると、鬼と言うか、ゴブリンみたいだな。

 俺は素早く、小鬼の元に走りこんだ。奴の首筋をめがけて刀を振るう。血が噴き出し、耳をつんざく叫び声が聞こえた。

 思わず後ずさりした。血の吹き出し方がリアルだ。思っていたのと違う。消えるんじゃないのか。

 小鬼は逃げようとしている。苦しそうだ。

 ――やめろよ。

 誰かの慟哭する声が聞こえてきた。それは過去の自分の声だった。

 不意に手がない右腕が映る。目を上げると、そこには血に濡れた黒いレインコートを着た奴がいた。フードが陰になって顔が見えないが、その両目らしき部分は薄紅色に光っている。

 小鬼の泣き声で現実に戻った。大丈夫だ。右手はある。俺はうつ伏せになって逃げようとしている小鬼の左胸に両手で刀を掴み、突き刺す。

 小鬼は暴れた。俺は何度も突き刺した。無我夢中だった。小鬼が動かなくなったところで、肩で息を整えた。

 小鬼は消えなかった。ただ、無残に血まみれの遺体が残っている。ゲームみたいに消えるんじゃないのか?

 残酷な光景に罪の意識を感じて俺はショックを受ける。気持ちの整理はつかない。手も震えている。

 能力石は心臓の逆側にありますと先ほどの受付女性の言葉が蘇った。やってみるか。

 刀でうつ伏せに倒れている小鬼の左側を突き刺してみると、何か固いものにぶつかった。広げてみると、白いものが見える。おそらく、あばら骨だ。二足歩行もしているし、人体構造と似ているんだろう。

 俺は吐きそうになるのをこらえながら小鬼をひっくり返した。目は白目をむいて、口から血が出ている。わかっていたが、相当、グロかった。

 俺は苦労しながら、刀で肉を割いていくと、透明の石が目に入った。苦戦しながら、それを取り出して、太陽にかざす。まだ肉片が付いているが、微かに輝いていた。これが、能力石か?

 能力石が取れたが、俺は血だらけだ。

「これ……、感染症とか大丈夫なのか?」

 呟いて血を眺めていると、小鬼を殺してしまった罪悪感と、肉を切り裂いた感覚を蘇ってきた。それに記憶にあったあいつは血塗られたレインコートを着て、目が薄紅色に光っていた。誰なんだろう? そしてこの世界にいるのか? 気が付くと体が震えていた。

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