第2話 冒険者協会
病院の庭には白い装飾の付いた椅子とテーブルが置かれ、緑の芝生が広がっていて、手入れが行き届いていた。その先には高台になっていて、眼下には白の外壁とオレンジ色の屋根を基調とした西洋のような建物が立ち並び、その下には青い湖面が広がっていた。いい景色だ。
庭先から道路に足を踏み出し、歩いてみる。詳細に見ると、アパートやコンビニなど、慣れ親しんだ建物が道路脇に並んでいた。看板などの文字は左右反転した鏡文字の日本語だったが、それ以外は、記憶にある光景と大差なかった。
中世ヨーロッパのような世界を期待していた俺はがっかりしてしまう。
建物の感じとか、だいたい記憶と同じだ。ただ、文字が左右逆になっているのが気がかりだった。鏡の世界なんだろうか?
辺りを見回していると不意に文字の
「箱根!?」
同じ地名が存在するということは、時間が異なるのかもしれない。例えば俺が過去からやってきた可能性も考えられる。近くを歩いていた人たちがギョッとしたのを見たが気にならなかった。
「今、西暦何年ですか?」
ギョッとしていた近くにいたおじいさんに訊いた。
「2020年だよ」
記憶があいまいだが、その年代に近い西暦だったという感覚がある。そこまで考えて、俺は自分の生まれた年を覚えてないことに気が付いた。
「元号は?」
「超能力歴だね」
そうか、超能力という文字が付いているから思い出せないのか。
「大丈夫? タイムスリップしたとかかい?」
おじいさんは冗談っぽく微笑んで俺を見ていた。
「そうかもしれません」
俺が悩みながら言うと、おじいさんは愉快そうに朗らかに笑っていた。
「この世界に変な生き物とかいますか?」
「小鬼、鬼はいるよ」
ちょっとイメージしていたのと違うが、やっぱりそう言う生物がいるらしい。それなら、鬼を退治する専門的な機関も存在するんだろうか?
「もしかして、ギルドとかありますか?」
「ギルドはないけど、冒険者協会ならあるね」
その言葉を訊き、俺は心が躍るのを感じた。ファンタジーの世界だ。
――冒険者グループか。
テノールの声が脳裏で聞こえた。それも、また論文を見ているらしい。
――俺は運動が苦手だから、戦力にならないぞ。
――悪いが、考えさせてくれ。
なんだろう。これは俺の記憶なのか?
気が付くと、おじいさんが俺を見ていた。
「大丈夫かい?」
「はい」
おじいさんは心配そうな顔をしていたが、近くにいたおばあさんにせっつかれて離れて行った。ヤバい奴と思われたらしい。
しかし、冒険者グループと言う聞きなれない物語の言葉が出てきたのは衝撃的だった。
俺は本当にこの世界にいたのか?
色々調べたいがまずは冒険者協会に行くか。俺は近くにいた赤ん坊を連れた女性に冒険者協会の場所を訊いてそこに向かった。
冒険者協会の建物は大きな洋館のような外観だった。それは異世界のような雰囲気で、胸が高鳴った。
室内には、荒々しく足音をたてる鉄プレートの胸当てをつけた男性や、椅子に腰かけ、手を使わずに本をめくる女性の姿が見える。
『
ニュースキャスターの落ち着いた声、ロビーに置かれたテレビからだった。
「怖いわね」
同年代くらいの女子冒険者が呟く。
「人為的なのがやばいな」
男子冒険者が相槌を打つ。
俺はさっそく受付に向かう。
「冒険者として新規に登録される方ですか?」
受付女性が親切に話しかけてくれた。
「はい、新規の登録でお願いします」
「では、学生証などの身分証明書をお持ちですか?」
「ええと……、一応、学生証は持っています」
俺はおずおずと財布から学生証を取り出した。
「中沢修一さんですね」
通ってしまった。俺が驚いていると、
「すでに登録されているようです」
その言葉に驚愕する。どういうことだ。俺はこの世界にいたのか?
「登録日はどうなっていますか?」
「三月十日です。ちょうど三日前ですね。東京都の第一区で登録されているようです」
東京の第一区なんて聞いたことがない。俺と同姓同名の人間が登録していたんだろうか?
「東京の第一高校で登録されていたんですか?」
「はい、そうなんですよ」
受付女性は困惑していた。
「あっ、俺は記憶喪失なんです」と補足する。
「……そう、なんですね」
受付女性は驚いていたが納得したようだった。
「それでしたら、DNA検査を受けてみませんか? それで過去の自分と一致しているか、確実にわかります」
俺は悩んだ。手持ちのお金はない。
「でも、お金がかかるんじゃないですか?」
「いえ、検査は無料ですよ」
受付女性は、優しい笑みを浮かべていた。
「病気のチェックもできます。冒険者手帳も再発行しておきますね」
検査は待ちがなくすぐに終了した。注射された右腕が地味に痛い。
魔力検査では透明の試験紙のようなものを手渡された。その紙を握ると、紙の色が変わるらしい。
俺は青色だった。空間操作らしい。結構、貴重なんだとか。しかし血液検査結果で引っかかってしまった。もしかして、同姓同名の俺がこの世界にいるんだろうか。例えばここが鏡の世界とか。
「中沢さん」
先ほどの受付女性に呼ばれる。彼女は少し戸惑った表情を浮かべていた。
「こちらは再発行した冒険者手帳です。どうもDNA検査機の調子が悪いみたいで、申し訳ないです」
同じく申し訳ない気持ちになった。異世界から来たとか言えるわけない。
「説明がまだでしたね。冒険者は基本、依頼を受注したり、町の外にいる魔物を狩ることになります」
受付女性はタブレットを広げ、魔物――鬼と書かれた緑色の生物の写真をスライドさせて見せてくれた。ボロボロの服を着て、耳は尖り、爪は鋭く。空想上のゴブリンに似ている。その一回り小さいサイズ――子供が小鬼だ。
次の写真はオオカミのような黒いフォルムに翼が生えた生物だった。闇鬼と書かれている。
「この生物に遭遇したら必ず逃げてください。基本的に日中は大丈夫ですが、夜になると活発になります」
「強いんですか?」
「ベテラン冒険者グループでも苦戦するレベルの魔物です。出会わないために夕方には町に戻るようにしてくださいね」
はい、と俺は頷いた。もう一度、闇鬼を見てみる。結構、恰好が良く中二心をくすぐられる。
「魔物の体内にある
能力石、名前から能力に関係する石だろうか? でもなぜ魔物の体内にあるんだろう。疑問に思った。
「こちらが再発行した冒険者手帳です」
手渡された冒険者手帳には俺の写真と名前と住所が載っていた。これぞ、冒険者だ。
「その手帳を市外地前の通行所の受付で提示すれば、外に出られるようになっています」
受付女性が丁寧に説明してくれた。俺は礼を言って冒険者手帳を受け取り、
「剣などの武器は、もらえないんですか?」
と訊くと、
「武器の貸出ならできますよ」
「借りたいです」
「少しお待ちください」
受付の女性はすぐに戻ってきた。目の前に埃を被った古びた刀が置かれた。
「すみません、今は刀しかないようです」
他の武器は借りられているんだろう。
「手に取ってもいいですか?」
「はい、どうぞ!」
許可を得て、俺は鞘から刀を取り出した。銀色に光る刀身が輝いている。多少傷みがあったが、気にならなかった。
「お借りします!」
「承知いたしました。武器の破損や、紛失した場合、賠償となりますので注意してください」
「はい、ありがとうございました!」
「お役に立てて何よりです。冒険、気を付けてくださいね」
受付の女性はどこか心配そうな表情でこちらを見つめていた。
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