0話 後編
一夜明けても、昨日の騒動はニュースになっていなかった。誰かが事態を上手く丸めたのか、それとも誰の興味も惹かなかったのか。俺の自宅の周りでは何事もなく一日が過ぎていった。なので俺も、何事もなかったかのように振る舞うために、いつも通り喫茶店でのバイトに出勤した。その後事務所に行くと、人が全然いなかった。唯一いた人間に話を聞くと、裏庭にいるらしい。外に出ると皆が集まっており、その真ん中には鷹村と、上半身を脱がされて手を後ろで縛られた田島がいた。田島を縛っている縄を鷹村が握っていた。
「どうしたんですか」
鷹村が俺に気付いた。「来い」俺を田島の横まで呼び寄せた。
「実は、俺からするとあの取引には違和感があってな。白鳥は金をきちんとチェックする奴だったんだ。取り出した一枚が本物だったからといって、全てを本物だと思い込むようなマヌケじゃない。でも何故かあの日はそうしなかった。簡単な話だ、白鳥に全部は確認しなくて良いと吹き込んだやつがいる」
白鳥さんは、この業界に身を置く人にしては、とても優しかった。頭が良くて穏やかな珍しい人柄だった。そして敵の言葉は一切信じないが、仲間の言葉は簡単に信じる、芯のある良い人だった。
鷹村は説明を続けた。
「明らかに余計な一言だ。そいつは、組織に意図的に不利益をもたらそうとした。つまり裏切り者ってことだ。…田島、お前がコソコソと外部の組織とやり取りしてるのは知っていた。ちょっと根掘り葉掘り話を聞いてみたら、このザマだ」
身体中殴られた跡がある。田島は完全に、俺たちの敵として認識されていた。鷹村は持っていてた刀の柄を俺に向けた。
「お前がやれ」
受け取るしか無かった。「何をやらせたいんですか」「制裁を加える、それだけだ」「痛みつけるんですか」「いや殺せ」鷹村の口調は淡々としていた。いつもの通りの出来事を説明するかのように、声の乱れは無かった。
「俺は別に、断罪者になりたいわけじゃない」
「力が欲しいと言ったのはお前だぞ」
「それとこれとは話が違う」
「一緒だ。力のある人間が人を裁かなければならない。弱者が講釈を垂れても意味はないからな。これは力を持った人間の使命なんだよ」
どんなに高尚な精神を持ち合わせていても、その精神を表現しなければ意味は無い。しかしその表現は力のある人間でないと不可能だ。これこそ、俺が2年前に気付いた事。
「組織を追い出せば終わりじゃないのか、殺す必要もないはずだ」
「お前にはまだ躊躇いが残っているな。裁く側の人間は、時にはそいつを悪と決めつける蛮勇が必要なんだ」
「それは蛮勇ですらない、傲慢だ」
「ならお前もここで裁きを受けるか」
誰も、何も音を立てなかった。ここにいる全員が息をする事すら憚っているかのようだ。
「さあ、答えろ」
俺は刀を強く握った。そして、鷹村の持つ縄を切った。
「これが俺の答えだ」
鷹村がため息をついた。「残念だ。やれ」「田島走れ!」裏切り者に制裁を加える、それは口で言うほど簡単じゃない。走り出した田島以外全員が固まっていた。「何してんだ早くしろ!」鷹村の怒号が響いて、目が覚めたように動き出した。俺は囲まれてしまったので、道を開かねばならない。ポケットにあったライターを取り出し、地面に叩きつけた。小規模な爆発が起きる。いやただモノが弾けるような音がしただけだ。その虚仮脅しに反応してしまった者が隙となる。俺はそいつの顔に刀を近づけ、後ろにのけぞったところを足蹴にして包囲に亀裂を生じさせた。横の男はナイフを持って間合いに入り込もうとしたが、刀で刃の部分を弾いて、手の甲を柄で殴りつけた。背後から掴みかかろうとしてきた奴には、体を回すその勢いに乗せて刀の棟を肩にぶつけた。刀で俺を仕留めようとしてきた女には、刀を弾いて顎に膝を入れた。そこでやっと隙間が生まれ、人の壁の包囲から抜け出した。
事務所の方から抜ける訳にはいかない。裏庭には路地から通路まで抜ける道がある。そこに入り、細い道を走っていった。人一人がやっと通れる道幅、そこを駆け抜けた。俺を追いかけてくる組織の人間も、一列になっていた。この路地を通るのはこれで2回目だ。2年前鷹村に勧誘されて初めて事務所に入る時、何故か裏口から入った。路地を進むたびに街灯の光が遠くなり、闇に自ら体を埋めていくみたいだったのを覚えている。今は、その時の逆だ。光が近づいてきて、道が開けた。後ろを振り返ると、俺を引き戻そうとする人間たちが迫っていた。路地裏を抜けて、まだ人がたくさん歩いている商店街まで出た。そいつらは、光を避けているかのようにそこからは出てこなかった。それを眺めていると、後ろから声がした。
「おい」
振り返ると、鷹村がいた。「ここで殺り合うのか」俺はすぐに刀を向けた。「そこまで馬鹿じゃない」言葉とは裏腹に、鷹村も刀を俺の方へ向けた。そのまままっすぐ歩いてきた。そして間合いに入り、躊躇いなく刀を上段から振り下ろした。それを自分の刀で受けると、周囲の人間の悲鳴が上がるのと同時に金属のぶつかり合う高い音がなった。
「組織を抜けるのか」
「抜けさせてもらう」
「ならば、殺すしか無いな」
「随分堂々とした犯行だな」
鍔迫り合いしている刀が、キリキリと小さな音を立てていた。周りには人が集まってきた。すると押し込んできていた刀の力が、すっと弱まった。
「ここで殺す訳ではない。次に会った時、お前には裁きを受けてもらう。それだけだ」
鷹村が刀を引いて担ぐように持つと、立ち去ってしまった。多分ここが人目につかない裏庭のような場所であれば、最後までやられていたのだろう。俺もその場から逃げるように離れた。
組織を抜けた。つまり最初から分かっていたのだ、組織にいるだけではいけない、と。俺が俺に求める姿になるのは組織では無理だったのだ。
俺は昔の親友に電話をかけた。
「よう、久しぶりだな大場」
「その声、黒木か。今までどこ行ってたんだよ! 急に大学辞めて家も引っ越して、心配したぞ」
「悪い、すまなかった」
「本当に心配したんだぞ、まったく。けどあんな事があったら、そりゃ仕方ないけどさ」
「いや、あれは俺が弱かったから起きた事だ。俺に責任がある。なぁ大場、今から会わないか」
電話の向こうでため息をついているのが聞こえた。
「分かったよ、仕方ないな」
ワット・アイ・メイド・オブ 山木 拓 @wm6113
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