ワット・アイ・メイド・オブ
山木 拓
0話 前編
ビルに囲まれたこの路地裏のスペースは、存在そのものに違和感があった。四方向は建物に遮られ、辿り着くには細い路地を何度も曲がらなければならない、あるいはウチのビルの裏口からここに出るか。誰にも見られない屋外のスペース、皆ここを裏庭と呼んでいた。なにか後ろ暗い目的を持って周りの建物を造らないと、こんな入り組んだ場所にこんなテニスコートほどのスペースは生まれないはずだ。二年近くここで毎日鷹村から鍛えられても、この場所の存在理由までは質問できなかった。ただ、皆からすると体を動かすにはとても適した場所だ。Y市のど真ん中で戦闘の訓練をするなど普通は考えられない。こんな風に殴り合っていれば、街中であれば何も知りもしない仲裁がやってくるだろう。陽が沈んだあと、今日も路上での格闘を想定した訓練を行っていた。しかしどんなに鷹村の顔面を拳で狙おうと、決して捉えられない。それは捉えられないのではなく、捉えようとしていないから。自分にその意思がなければそこ行動に意味はない。
「オレがお前の立場なら、お前はオレを3回は殺している」
そう告げながら、鷹村は俺の腹に木の棒を突き立てた。「だが、それまでに7回死んだな」棒が腹にめり込んでもっと鈍い痛みが内臓に走ると思っていたのだが、そうでもなかった。
「黒木よぉ、一年前と比べて、随分強くなったな」
鷹村が言うには、俺はもともと引き締まった体ではあったがそこから格段に強くなっているらしい。棒が当たった箇所をさすっていると、ビルの裏口が開いた。
「そろそろ出発です、鷹村さん」
護衛の一人が呼び出しに来た。「いくぞ」「はい」知らせてくれたのだからお礼ぐらい言えばいいのにと思っていたが、怖くて口には出せなかった。
年齢的には俺が一番下っ端の人間なのだが、車の運転はやらなかった。安全よりも技術を求められるからだ。車や公共物を壊さない技術よりも、時にはサイドミラーをぶっ壊すのも厭わない胆力がいる。「躊躇いは自分を殺す」この世界の人はいつもそういうことを言っている。その言葉を最初に俺に教えた鷹村は後部座席で目を閉じていた。しかし、こうしていてもこの人は寝ていない場合がある。いきなり話しかけてきたりもするので、俺も同乗者の田島も寝るわけには行かなかった。街の灯りが徐々に減って、港が近づいてきた。左に曲がった瞬間に鷹村は、「そろそろだな」急に目を開いた。
「改めてもう一度説明するぞ」
「はい」
俺たちは低い声で返事した。
「隣国から仕入れた拳銃、スタンガン、その他諸々の刃物・鈍器を客に見せる。客側の検品者にこれをチェックさせて、その間に白鳥が紙幣をチェックする。両者問題が無ければ隣の倉庫に荷物を置く。お互いそれをピックアップして、立ち去る」
「問題があったら」
「死人が出るかもな」
「ですよね」当たり前の事を確認してしまった。「にしても、毎回よく違うやり方思いつきますね」鷹村は取引の度に手順を変えている。そうしないと相手にモノだけ奪われて取引にならない場合があり、それを警戒しているのだ。「武器渡す側はどうしても不利になる、これぐらい当たり前だ。まぁ今回の手順もまだまだ抜け道はあるがな」後の座席で車の外を眺めていた。「着きました」運転手が車を止めた。俺は降りようとしたのだが、鷹村はそれを制止した。
「待て、オヤジの車と白鳥の車が止まってからだ」
「すいません」「これでも死なせないために色々考えてんだ」命令通り、後の2台が到着してから降りた。「まぁ、大学じゃこんなこと教わらねぇか」鷹村も車から降りて、ドアを閉めながら言った。トランクの中からスーツケース3つを取り出して、倉庫の中に運んだ。他の車に乗せていた分も合わせて合計10個、これが今回の商材。取引相手の方は既に待ち構えていた。真ん中にいる一番地味なスーツを来ているあの男、おそらく奴が一番相手の中で立場が上だ。
「お客さんを待たせるとは、商売の基本ができてないな」
俺たちが全員揃ったあと、相手の側近の一人が口を開いた。
「これは商売じゃねぇ、取引だ」
鷹村の声は平坦だった。
「取引は対等な者同士で成立すんだぞ?」
「そうだな、商売だったらお前らをもっと待たせてた」
「なんだと?」
「やめておけ」地味なスーツを着ている男が側近を諫めた。「お前もだぞ」オヤジは鷹村がまた煽ろうとするのを止めた。
「俺らは今から、単純なモノの売り買いをする、それだけだ。さっさと始めるぞ」
オヤジが場を仕切り始めた。俺と田島で、取引相手の前にスーツケースを並べた。奴らのほぼ全員のスーツの内側に、拳銃を仕込んでいるのが見えた。持ち場に戻りながら、倉庫内の荷物でカベに出来そうなモノを目だけで探した。ビジネスバッグが10個、俺たちの前に並べられた。「札を全部見るのは時間がかかるだろうし、適当に選びな」妙な気遣いをしてきた。「チェックしろ」白鳥さんと相手の検品者がお互いの荷物の中身を漁り始めた。向こうも向こうで、本物かどうか確認するために拳銃を取り出していたが、流石に試し打ちはしなかった。ああやって視たり触ったりするだけで判別できるのだろうか。白鳥さんも札のチェックを始めた。その間、誰も喋ろうとはしなかった。俺はひたすら周囲を確認しておいた。ラップで巻かれた積み重なったの段ボール箱、ロゴを見る限りは缶コーヒーが入っている。プラスチックのパレットが何段にも重ねられているし、よく分からない木箱もたくさんある。相手の検品者が確認を終えた。
「こっちは問題ないみたいだな、そっちはどうだ。早くしてくれるか」
「はい、こっちも問題なさそうです」白鳥さんは急かされてそれに応じてしまったかのように返事した。
「ダメだ、中身の札束全部を確認する必要はないが、全部のカバンから5束づつチェックしろ」
鷹村が戻ろうとする白鳥さんを制止した。相手の顔色が変わった。白鳥さんも、険しい表情になっていった。「鷹村さん、このふたつのカバン以外、全部ニセ」そう言いかけた瞬間、銃声が鳴り響いた。俺はオヤジに、段ボール箱の荷物の裏へ隠れてもらった。鷹村は、両手に持っていた内の左手で自身を狙った者、右手で白鳥さんを狙った者を貫いた。しかし、それは間に合っていなかった。白鳥さんの首には孔が空いていた。
「何のつもりだ」
「そっちが先に仕掛けたんだろ」
俺たちは必死になって身を隠しているのに、鷹村だけは堂々と何発も発砲していた。見ると、いつの間にか防弾マスクで顔を覆っていた。「仕方ない」オヤジは何故か、ガスのカセットボンベを持っていた。「なんでそんなの持ってるんですか」「念のために決まってるだろ」噴射口をへし折ってから、相手に向かって投げた。更に鷹村がそのボンベを撃つと、火花がガスに引火して爆発が起きた。
「黒木」
「はい」
「回収しろ」
「わかりました」
他がガンガンと銃を撃ち合っている方に気を取られているので、俺は火と倉庫の荷物の合間を縫って後まで回り込んだ。我ながら大胆な動きだった。「おい」「え?」振り向き様に一番近くにいた一人の顔面に思いっきり拳を振り抜いた。他の仲間もこちらに気付いて、銃口を向けてきた。しかし正直なところ、ここまで距離が近いと避けるのは容易い。要は射線を避ければいいし、銃を持っている腕を弾けば何ら問題ない。懐に入りこんで右脇を掴み二の腕の筋肉にダメージを与えた。銃を落としたので、とりあえず遠くに蹴り飛ばした。もう一人はナイフを持って迫ってきたので右脚に体重を乗せて肋の横を蹴った。スーツケースまで近づけたので、まずは3つほど田島のほうに放り投げた。あと7つも続けて放り投げたかったのだが、背後の奴らが機関銃らしきものを取り出したのが見えたので死を覚悟した。だが、すぐには撃ってこなかった。鷹村がそこに向けて何度も撃って上手く威嚇してくれたのだ。「早く来い!」大声で急かされてしまったので、仕方が無く両手に2つづつ指を引っ掛けて持ち出した。倉庫を出ると、各車両の運転手がドアを開けてくれた。「出せっ」俺たちは港を後にした。
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