32

 現在地大須通りF級迷宮四階層東端。

 そこは惨憺たる状況だった。


 この階層にきてすぐに俺の魔物達は散っていった。

 15分もしないうちに、ピノキオが交戦しているのが分かった。

 使役している魔物とは精神が繋がっているのでざっくりとだけ状況は分かる。

 

 知らせは交戦中―――。

 一瞬―――なら理解できた。それは迷宮の魔物と戦うこともあるからだ。だが、で、それは可笑しいのだ。

 交戦から30秒―――これは明らかなだ。

 単騎討伐でも魔物の狂宴でも、ここではもはや20秒も掛かりはしない。それは3階層の報告で魔物の狂宴――つまり魔物の集団を駆逐したとの報告を受けた。数えて15秒の戦闘時間――戦っていたのはリリエル。攻撃速度の速さ、リーチの長さを鑑みて、ここでは最速だろう。

 ただ魔物は集団でいるはずだから接敵してしまえばピノキオも似たようなものだろうと踏んでいた。

 そのピノキオが30秒。

 そしてまだ戦闘継続中。加えてスキル発動も知覚。

 つまり単なる集団にぶち当たったわけではないということ。


 すぐさまリリエルと鬼を呼び寄せる。精神的つながりがあるというのは実に便利である。

 北と西に散っていた二人はすぐに此方にやってきた。


「ピノキオは東だ。リリエル、援護に行け、出来たら俺が行くまでに殲滅しろ。鬼は一応俺といてくれ。」


 何かしらの不測の事態であることは間違いない。

 風雲急を告げる戦闘時間に焦燥と不安を覚える。

  

 俺は全力で走った。

 リリエルを向かわせた甲斐もあって、戦闘は向かう頃には終わったようだ。

 それでも走る速度は緩めない。

 確実にダメージが入り続けた凡そ10分にも及ぶ戦闘。

 こんなことができるのは探索者だ。


 はあはあはあ……。


「な……。」


 俺は絶句した。

 そして、すぐ胸糞が悪くなった。

 ある生徒は殴られ折られ、挙句魔物に齧られた頭部からは脳漿が……。息の根が止まっていた。

 ある生徒は服を引ん剝かれ、殴られた痕がある。抵抗が激しかったのかお腹や顔は赤黒く腫れあがっていた。

 ある生徒は泣いていた。すすり泣いていた。衣服は乱れ、髪は引っ張られたようにぐしゃぐしゃだ。ただ、此方は細かな切り傷や股からであろう出血―――スカートから垂れてきているのが見て取れるが外傷らしいものはその程度だ。

 


「うぎゃああああああああ」

「たずけてぐれぇ!!!」

「・・・・・・・・・。」

「う、ぐ……。」


 都合8人は居た犯人達だ。 

 そのうちの4人はどうやらこと切れていた。

 ピノキオが突っ込んで切り伏せられたっぽいやつ。

 矢を頭に撃ち込まれたやつ。

 純粋な殴打で胸部が陥没したやつ。

 なんの外傷もないけど心肺停止したやつ。

 最後のはおそらくショック死。

 

 生存確認を済ませ、生徒の死体と重傷者をスケルトンソルジャーに担がせる。四本の腕を二本ずつ使って丁寧に持ち運んでもらう。

 申し訳ないが、軽傷の子は俺が横抱きにして持ち運ぶ。

 彼女も負けたのか足腰に力が入っていなかった。

 

 俺は英雄でも何でもないから、間の悪い一般人に過ぎない。

 英雄譚なら間に合ったんだろうけど、そんな主人公補正は持ち合わせていない。それは人生一周目にぶっ殺されたのが証明。

 何の因果か俺は戻ってきたが。


 8人の探索者証を奪い、デッキも回収する。

 煩わしい助命嘆願の声が聞こえるが、無視する。

 

「殺すな。戦闘外での殺生はまずい。」


「ハーイ!マスター!」

「あい。」

「承知。」


 俺は俺の邪魔をする悪人達が殺されないように俺の魔物達に言い聞かせる。


「……殺して。」


 すすり泣く少女の掠れた声が胸の中から聞こえてきた。

 殺して?君を?自殺したいのか?それともこいつらのことか?

 どっちとも取れる言い草に困惑して眉根を顰めてしまう。


「助かった命を捨てたいのか?」

 

 俺の声を聞いて、小刻みに震える彼女は大粒の涙を流しながら頷いた。

 

「君が死んだら、スケルトンソルジャーに担がれてる子が大変な思いをするぞ?警察やギルドから事情聴取を一手に引き受けることになるだろうからな。」


 そう言うと、泣いたまま俺の胸に顔を埋めた。

 一応男なんだけどなぁ。

 嫌悪とかされなくてよかったよ。

 幾ら救ったからと言っても俺は男だし。

 嫌悪される可能性しかなかったし。


「頑張れ、君は一人じゃない。でも今は休め。全力でな。」


 そう言って、俺は5階層に向かってボスを倒し転移陣へ。

 本来は違法だが、魔物を召喚したまま帰還した俺は勿論係員や通行人らの注目の的になる。

 だが、抱えている生徒たちを見て、すぐに理解したようだ。

 すぐに電話して、「救急車の手配を」なんて声が聞こえてくる。

 

「事情をお聞きしても?」


 此方に走って来た迷宮のすぐそばで待機している職員に俺は俺が知っている情報を伝えるのだった。



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