第10話:ゴールデンウィーク②

 朝だ。

 5時になろうか、といった感じだ。

 お爺ちゃん?……って言わないで!!!

 どうやら、抱いた状態で眠ったらしい。

 遥の可愛い寝顔と吐息が胸をくすぐる。

 愛くるしい小動物みたい。

 浴衣が少しだけ乱れているせいで、谷間が見えてしまっている。そういえば……この頃の俺はまだ童貞か。

 息子がむくむくしてきそうなので、速やかに、起こさないように、朝風呂へ向かうことにした。


「ふぅ~。」

 この時間は誰もいないみたい。

 流石に早いか。

 

 身体を温泉で癒し、部屋に戻る。

 遥はまだ寝ている。

 自分の布団に入るのは遥とまた密着するということ。

 若すぎる身体には耐えられないらしい。

 精神的には問題ないんだけどね。

 若さは知ってる筈なのに、再び10代ホルモンどばどば期に戻ると息子くんが言う事を聞いてない。

 おかしいなぁ。

 おかしいよねぇ。


 という訳で、空いている方の布団に入ってゆったりすることにした。8時になれば、部活だし。

 休める時に休むのだ。

 

「んん、アキくん?」

「あ、起きた?おはよう。」

 もぞもぞと芋虫みたいに掛け布団を巻いて此方に侵入してきた。此方の布団はあっという間に食い破られ、密着される。

 くっ、こやつ。デキル…!!

「甘えたいのかな?」

 頭を撫でてあげる。

 嬉しそうだ。

「遥?」

「ん?」

 顔を上げた遥に、ちゅっ。とキスをした。

 不意打ち攻撃也。

 遥は頭をぐりぐり胸に押し付けてきた。

 照れ隠しだろうか?

 可愛いので、そのままにしておいた。

 

 

「さ、今日もバリバリ狩りハントしようか!」

 早めに寝て、温泉にも浸かった俺の元気は1.2倍増し。

 気合増し増しである。

「旦那さん、元気ね。」 

「そうみたいだね~。って彼氏!って言って!」

 雪村さんに遥が揶揄われている。

 いつものことだ。

 女同士のノリはやり直したとしても分からん。


 5階層の穴場へ辿り着き、本格的な狩りへ。

 余裕のある俺は、二人の様子を眺める。

 雪村さんは、天使に幼狐の連携を高めている。

 遥は、《冷静》と《控えめ》の幼猫を出しては引っ込め、使用感を確かめている所だ。

 ウルフは精彩を放っており、殺戮の限りを尽くしている。     

 流石、遥のエースアタッカーである。


 うちのピノキオと鬼は連携がぎこちない。

 戦闘面での課題だ。

 どっちも一騎当千なんだよな。

 だからか、張り合うように魔物を斬り伏せ、なぎ倒している。

 ピノキオは片手剣でズバッと。

 鬼は金棒でズドンと。

 

 連携を取るまでもない敵なので、致し方ない。

 二人のサポートをしている天使は大変そうだ。

 

「幼猫きた?!」

 え?

 そ、そんな……ばかな。

 黒猫に混じって白猫がいる。

 凄いな、豪運か?

 これが、ビギナーズラックか?

 うらやまちくせう。

「ウルフ、やっちゃって!」

 遥も指示出ししている。

 ウルフは、一匹また一匹と影を倒していく。

 ウルフと本体は同格くらいか。

 E級はありそうな、強さだから、これは…?


「ウルフと白猫の一騎打ちの邪魔が入らないよう、ピノキオと鬼は近辺の雑魚処理お願いね。」

『オイラにマカセテ!』

『ウム。』

 命令通り、ピノキオと鬼は敵の増援をなぎ倒していく。

 

「やった!」

 どうやら、遥は勝ったらしい。

 初の自力色違いに目を輝かせている。

 

『おめでとう!』

「ありがとう!」

 うれしそうで何より。

 ただ確率よ…俺に厳しくて、二人には甘いのでは?

 ま、いいか。

 出るに越したことないんだから。


「決めた?」

 俺が問う。

「うん、《冷静》にしようかな。」

 どうして?

「困難な道でも切り拓いて進めるように、いつでも守って貰えるなんて、甘いかな?ってね。」

 確かに。

 俺は結局時間稼ぎしか出来なかったしね。

 その方がいいと思う。

「使うのは遥だからね。《冷静》の幼猫、良いと思うよ。」

「えへへ。」

 よく考えて、決めた事だ。

 俺は彼女の意見を尊重した。

 《血気盛ん》じゃなければ、口出しする気は元からなかったけど。

 

「魔物も強くなったし、三人で迷宮主を倒しに行かないか?」

 雪村さんの時計で時刻を確認—―11時らしい。

 部活動終了まで1時間はある。

「初めてだけど平気?」

「E級魔物が出てくるんでしょう?」

 うん。心配だよね。

「一人だと、不安でしょう?でも三人なら探索者ギルドも推奨してるし、安全だよ。」

 正直、俺だけでも通常ボスならオーバーキルだ。

「いずれ、挑戦しなきゃだもんね。」

「やるか~。でもさでもさ、逃げられないって本当怖いよね。」

 分かる。

 仕様ヤバ過ぎだろ。

 この仕様のせいで、低階層でも死人が後を絶たない。

 稼げる半面、死亡率は断トツの職業である。

 探索者を専業にしている人は早死にするせいで、病死する人が珍しいくらいだ。

「ステータスでは、誰も後れを取らないよ。それにボスは一体だから。袋叩きにしてしまおう。」

「あ、子分とかいないの?」

「雑魚とかも湧くのかと思ってた。」

 系統に依る。

 兎に角、ボスさえ倒せば問題ない。

 

 俺達は元から5階層にいたので、後はボス部屋へ通じる扉を探すだけだった。

 それも、見晴らしのいい――フィールドが平原&岩場な迷宮なので、簡単に見つかった。

「アレだね。」

「思ったより、大きいね。」

 遥が眺めている。

「こんな大きな扉、開くの?」

 雪村さんは扉をチョンと、触れる。

 すると、簡単に開いた。

 チョン、だけで。

「うわ、ナニコレ。」

 開けるつもりはなかったらしい。

「誰もボスに挑んでないと、今みたいに簡単に開くんだよ。」

『へえー。』

 面白いよね。

 

「じゃ、行こうか。」

「うん!」

「弱そうなの、出て来てね!」


 突撃。

 フィールドはがらっと変わり――浜辺か。

 砂浜に穏やかに波打っている。

 水平線までしっかりと青々としている。水平線なのだから当たり前だろうって?でもここ、迷宮だよ?

 果たして、この水は塩水なのだろうか。

 

 俺は、波打つ海岸に近寄り、水に触れる。

 磯臭くないし――一舐めする。うん、真水だわ。

「これ、真水だよ。」

 正直、どうでも良かったから気にも留めてこなかったよ。

 濾過されてるかどうかは知らん。

 でも臭くないし。澄んでるし。

 そこらの天然水にも見えなくない。

「水か塩水かなんて、気にならないよ?ボス戦だよ?」

 遥が暢気な俺の態度を、ちょっと非難している。

 ああ、すみません。

「そこー、ボスっぽいのいるよー。デカいカニ!」

 おお、アレは。

「ワインクラブだね。」


 茹でてもないのに、赤いカニ。

 ワイトクラブ―――全長4メートルくらい。

 E級魔物。巨大な4枚鋏での連撃性能がある。攻撃力が高く、防御力に優れている。しかし鈍足型である。

 当たらなければ、問題ない。


「鬼、正面で《挑発》!ピノキオは《噓つきは力の源》で強化後、背面攻撃!天使は被弾する鬼の回復をしてあげて。」


『《挑発》ッ!!』

 鬼が《挑発》スキルを放つ。

 ヘイトが一瞬で鬼に向く。

『オイラは、オンナノコ!ヤサシクシテ!』

 どこで、そんな変な嘘覚えてくるんだよ。

 女の子、で充分だろうに。

 一段階目、攻撃力強化がなされたピノキオは背後に回り、攻撃を開始する。

『…あい。』

 天使は後方支援になってから、少し退屈そうだ。

 ま、回復は今は必要ないし。しょうがないね。


「ウルフ!側面から攻撃して!天使も幼猫も!ヒット&アウェイよ!」

 遥もしっかり指示出ししている。

 正面は危ないし、《挑発》スキルが切れたらダメージレーストップのピノキオにヘイトが行くことを想定して、側面攻撃を敢行している。

「幼狐ちゃんは《狐火》、天使ちゃんはチクチクやっちゃって。」

 雪村さんは幼狐を抱っこして、攻撃させている。

 遠距離要員だから戦闘中でも出来ることだ。

 ヘイトを買って、巻き添えズドンで死なないとも限らないから決して真似してはいけない。

 

「ユキちゃんそれ危ないってば~。」

 遥が雪村さんに抱っこの件を注意する。

「そうだよねー。」

 渋々と言った感じで、幼狐を砂地に下ろす。

 本当にヤバイ場面でもないからなぁ。

 気持ちは分からんでもない。


「あ、そろそろ倒せるよ。」

『え?』

 《挑発》スキルが切れる前に、倒してしまったようだ。

 スキル時間は1分だから……そう言う事だ。

「過剰戦力だからね。寧ろ集中砲火に1分は耐えた、ワイトクラブは良く健闘したよ。」

『……。』

 ワイトクラブからドロップしたのは、魔核のみ。

 宝箱が出たので、中身を確認する。

 うん、魔核である。

 

「とりあえず、後20戦くらいしよっか。」

『…え?』

 俺が拾った魔核をポイ捨てすると――


――ドーン。

 ワイトクラブだ。

 またか。


――ドーン。

 ギンチャク侍。E級魔物

 イソギンチャクと刀が融合したような魔物。

 無数の触手が銀色で刀みたく鋭利になっている。

 連撃数が多い。多段攻撃を得意としている。

 でも鈍足である。

 E級では最多段攻撃数をしてくるんじゃなかろうか。

 

『グァ……!』

 まともに防御している鬼にダメージが入る。

 地味に痛い。

 でも、敵の防御力は低い。

 二、三十秒でケリがつく。


――ドーン。

 ゴーレム。

 君は割愛だ。


 ボスをサクサク倒す。

 あっという間に20体、始末して俺達はテレポート陣に乘って帰還した。


「ボスの方が安全?」

「三人で、倒すと?ボスって危ないって聞いてたんだけどね?感覚おかしくなりそう。」

 うん、申し訳ない。

 二人が困惑するのも無理ない。

 俺も、最長1分とか思いもしなかったし。

 手に入れた宝箱からは回復薬(小)が3本手に入った。

 一本ずつ、分けた。

 これで、回復薬(小)は4本。

 二人はプレゼントした回復薬(小)をどうしたのか知らないけど、使ってなければ二本目かな?


「回復薬は一本は持っておくと安全だよ。」

「うん、これは携帯しておこうかな。」

「そうね、美容液にするのも捨てがたいけど…。」

 雪村さんは、ザ・女子だな。

 まじであるある。

 この苦悩してる感じ。


「じゃ、栄に戻るよ。」

『はーい。』


ステータス

 鬼(青&黒) 性格:勇敢・勇猛 ランク:E

 力:F 370→390 耐久:E 450→490 器用:E 366→399 敏捷:E 390→410 魔力:I 8 幸運:F 330→390

 【スキル】…《挑発》、《罠解除》

 【パッシブ】…《格上級殺しキラー


 天使(黒) 性格;のんびり ランク:F

 力:H 216→219 耐久:G 238 器用:F 324→325 敏捷:F 37→371 魔力:I 36→74 幸運:G 223→283

 【スキル】…《マルチレーザー》、《プチヒール》

 【パッシブ】…《格上級殺しキラー


 ピノキオ 剣盾ver 性格;従順・嘘つき ランク;C

 力:F→E 386→400 耐久:E 466→477 器用:E 437→448 敏捷:F→E 396→408 魔力:F 344→349 幸運:H 102→162

 【スキル】…《ピノキオの投擲矢》、《嘘つきは力の源》

 【パッシブ】…《ガード貫通》


―――しゅぴーん―――


 栄に到着。

 部活動終了時刻、10分前。

 11時50分。

「早かったね。三人共、お疲れ様。今日も無事で何より。」

 賀茂川先生だ。

『お疲れ様です。』

 この人は部活動だけど、白衣を着ている。

 ぶっちゃけ、かなり目立つ。

 

 今日も無事に終わりそう――?


「先生、男子の一部が迷宮で喧嘩してます!」

「藤井さん、鈴村さん案内してもらえるかな。」

 一年の藤井加奈だ。

 死に戻り前は男子の宮前と組んでた筈。

 今は、鈴村女史といるらしい。

 一月もせず、だいたい幽霊部員になるのに今年は意欲的である。でも、喧嘩とか良くないっすわ。

 俺は、先生に付いていくことにした。


 栄F級迷宮

 一階層。

 ふむ。

 ガラの悪い奴に絡まれた女子生徒を守るように男子生徒が体を張っているように見える。

「あの、うちの生徒が何かしましたか?」

 賀茂川先生が生徒達と金髪のチャラい輩A、B、Cの間に入った。

「チッ!餓鬼共が俺等の獲物を横取りしたんだよ!」

 そうなんですか?と先生は生徒達に聴き取りを行う。

「そんなわけない!そいつらがナンパしてきたんです!」

 荒川さんとかいうギャルめな女子達が反論する。

「俺等は、嫌がってるのをみて、間に入っただけです。」

 宮前くん筆頭男子生徒達の言い分はこうだ。

 俺は名探偵コ〇ン。いや、工藤〇一、探偵……ではない。

 でも、輩が黒そう。

 

 もうそろそろで部活動終了時刻だったし。

 見てないから、何ともいえんけどな。

「横取りしたのなら謝りますが、未成年に手を出そうとしたのなら、犯罪ですよ?警察に介入してもらいましょうか?」

 先生は大事にしても良いらしい。

 強気に出る。

「いーや、もう。メンドクセェ。おめーら、狩りにいくぞ。」

 輩達は迷宮内部へ進んでいった。


「では、外へ出ましょうか。」


 制服を着てないからね。

 ま、ナンパだったんだろうな。

 

 事件と言っていいのか、分からないレベルの揉め事はあったが皆怪我無く帰還した。

 

「えーとですね、二年生、三年生はE級迷宮に潜っているので知らなかったと思います。本日、女子生徒に成人男性が絡まれました。介入出来たので、事なきを得ましたが、そちらは大丈夫でしたか?」

「此方は特に。」

「ええ、武臣が居ますからね。」

 武臣部長&刑部副部長ペアが言う。


「…。」

「福部くんったら…。福部、斎藤組もそのような不埒な人には絡まれてません!」

 福部先輩は寡黙すぎる。

 斎藤女史も呆れながら報告する。

 でも福部&斎藤ペアも問題ないか。


「女子生徒が絡まれていたら、今日みたいに男子生徒諸君は守ってあげてください。もし、しつこく絡まれるようでしたら、大須通りF級迷宮にもいけますので。では、本日もお疲れ様でした。」

 

 女子だけで組むと、こういう事が起きるんだ。

 一般人同士での騒動トラブルは見た事があったけど、生徒の内でこんなトラブルが起きるのは初めてかも。

 まさか、こんなに早く体験することになるとは。人数が多くなると管理が難しくなるって本当だね。


「なあ、遥。今日は雪村さんの勉強をみてあげたら?」

「え?」

 急に何を言うのか、と困惑する気持ちは分かる。

「予定では明日から本格的に雪村さんも午後の迷宮探索に参加するだろ?それは今日中に課題が終わる前提の話じゃん?遥は頭良いから教えたらすぐ終わると思う。明日からは長く潜る事になるから大変だし。今日の勉強疲れが明日に響くかもしれないだろ?ちゃんとみてやってよ。」

「いーよ!ユキちゃんがそうしたいなら。」

「ウチは助かるけど、いいの?」

 チームメンバーだからね。と上手い事丸め込んだ。


 俺は別行動することにした。


 順調にみんなの意欲が高まっている時に、こういう事があるとなぁ。これで、意欲減退—―ひいては幽霊部員続出展開は困るんだよな。

 生徒のやる気問題もあるけど、平気で嘘を付いていた。

 それも実にソレっぽい嘘を。

 あいつ等はこの手の揉め事に慣れてる。

 俺のA級探索者時代の経験—―屑センサーは前世のギルドメンバー達で鍛えられてる。

 害悪探索者だ、ってな。

 


 俺は、自分の直感が正しいかどうか、確かめたいのもあって奴等を捜索することにした。

 幸いあの時介入していないので、俺を認知してはいない筈。

 俺は一階層、二階層と虱潰しに見ていく。

 ――三層。


「あいつ等、まじでうぜえ。」

「高校生のガキがよ。F級迷宮に潜ってるって事は一年だろ?」

「一階層じゃ無理だが、あいつ等が三階層に来たら襲わねえか?実力のねえガキが、イキって事故ったら――大怪我負ったり、死ぬ事なんてザラじゃん?さ!?」


 滅茶苦茶、不穏な事言ってるわ。てか…まじか。

 奴等が連れてる魔物の実力は……ウルフに、ゴブリン、ブラッドスパイダー……F級魔物からワームにゴーレム、オークといったE級も混ざっている。

 これはF級のボスは倒せるって感じだな。

 魔物もしっかり上限の5体ずつ――15体か。

 

 全員同時だと、逃げられる可能性が高い。

 

 —―なら?


「おい、まじかよ。今日はとことんツイてねえな?」

「正面からやりあうか?」

「馬鹿言え、戦闘のアイツ…色違いの天使だろ?」

「色違い一体ならいいけど、魔物宴モンスターパーティだ!大量の魔物に物量で押しきられちまうっつーの!」

 魔物宴モンスターパーティは、魔物が異常な数、湧いてしまう謎現象だ。規模は数十から数百だが、戦っている間にも魔物は近くで湧く。魔物にとって勝利の宴、探索者にとって地獄の宴。真向からやり合うのは相当の実力者か、自信家か。

 迷宮主を倒した迷宮だと怖いもんなし!敵なしだ!なんて油断する初心者が挑んだりする。

 

 どうやら、挑まないらしい。ちゃんと頭はあるみたいだ。

「四方に散れ!分散して戦え!二階層に繋がるゲートで合流だ!」

「死んでも恨むなよー。」

「こんな雑魚群れてなきゃ余裕だっつーの。じゃーな!」


 三方向に分かれた事を岩場の影から把握した。


「ピノキオ、鬼。あっちとそっち。一人ずつ、殺して来い。」


『マスター、マッカセテ!』

 ピノキオは三段階攻撃力強化済み。

『マカセロ。』

 鬼も目標を見失わないよう速やかに移動を始めた。



「な、なんだ?!」

 吃驚して、思わず叫んだ。

 遠くからだったが、金髪の男は気づいたようだ。

 逃げる進路を此方に変えて走ってくる。

 擦り付ける気なんだろうな。

「たすけてくれー!」

 俺の手持ち魔物はスケルトン一体。

 何とも心許ない。

「こっちもスケルトンしかいないんで、助けれませんよ?!」

「共闘!共闘しましょう!!!見殺しにしないでくれ!」

 一緒に戦えば勝てる…わけないだろうに。

 そもそもお前が、魔物宴は逃げ一択。みたいな話してたんじゃねーか。それなのに共闘とか、良心に上手いこと訴えてくるな。

 こりゃ、初心者ならコロっと騙されるだろうな。

 とんだ、下衆野郎だ。


「う、うう。分かりました!自分でもお役に立てるなら!?」

「助かります!」

 にやっと笑ったな。

 …なんて、イキったDQNの戯言かもなんて思ったんだけどさ――――確信犯だ。

 やだねー。

 まじでやり慣れてんのな。

 俺は、少し後退りながら後退する進路に潜む魔物を倒す。

 

「こっちです!」

「助かるよ!ありがとう!」


 何とか逃げるための道を切り拓いて、切り拓いて……俺達は闇雲に逃げたせいで、魔物の数は更に多くなってしまった。 

 金髪男も嵌める筈だったろうに。

 焦りの表情が見える。

「ここで、身を潜めましょう。」

「いや、こんな所にいちゃ、殺されるのも時間の問題だ!」

 ぐっ。

 俺は鳩尾に強い衝撃を受けた。

 普通にDQNドキュンの拳は痛い。苦しい。

 俺は膝をついて、腹を押さえた。

 

「お前は、囮だ!その隙に、逃げさせてもらうぜッ?!?!グギャアア!!!」

 俺を囮にして、逃げようとするDQNが右脚を押さえて、絶叫した。余りにも強すぎる衝撃を堪えつつ、金髪男は周りの状況を把握しようと努めている。

「お、俺の、オークは?!」

 ―――デスペナルティ。

 自身の使役する魔物がやられた場合、発生する四肢への強烈な痛み&感覚麻痺。

「ギャアアアア!!!?」

 今度は左腕。

 食いちぎられるような痛みが走っている筈だ。

 迷宮では、死を二度味わって死ぬことになる。と言われている。

 第一に、魔物が倒された時の痛み。全滅する時の痛みの総量は死と同等と言われている。

 第二に、魔物に自身が食い散らかされる時—―命を落とす。

 

 半端ないでしょう?

 まともな職に就いている父さん達が、探索者をしない理由の一つである。

 

 色違い天使が屠ったのか、通常の魔物に屠られたのか、正直分からん。オークは間違いなく色違い天使—―つまり、俺の魔物が倒したんだろうけどね。


「ぐひ、ま、まって、まっでぐれ!!」

 痛みに、四肢の自由が利かなくなっていく恐怖。

 分かるよ。俺も嵌められたから。

 A級まで登り詰めても恐怖で逃げ出したくなったし、恐慌状態になりかねん。いや、俺、最期、気が狂ったんだったわ。


「最初に、囮にしようとしましたよね……。」

 俺は自分でも内心驚いてしまうくらい、冷たく言い放った。


「まっで、イギャアアアア!!!」

 金髪男は地面に倒れ伏した。

 支えになっていた、左足も感覚を捥がれたのだろう。

 


 男は食われた。使役している魔物とは精神が繋がっている。

 そのため、指揮官—―探索者自身の心の乱れは指揮系統に直結する。魔物が順当に死んでいったのは、本来のステータスを発揮できなくなったせいもあるだろう。

 俺の天使がヤってなければ、ね?


 魔物達は金髪男を貪っている。

 俺も近くにいるが、完全に無視だ。

 天使にも、スケルトンにもだ。

 

『モドッタヨー!』 

『…カエッタ。』

 ピノキオと、鬼が戻ってきた。

 手には、戦利品—―血塗れのカードホルダーを持っている。


 辺りの敵を一掃した。


 俺は。ぐちゃぐちゃに食い荒らされた、男のカードホルダーを手に取る。これは、一種のドッグタグである。

 

『ニンゲン、ナキサケンデタ!!』

『ウム。ジツにモロい。』

 ピノキオと鬼は嬉しそうに語る。

 情操教育に悪いな。

「こいつらは、悪党だったんだ。本当はこんな事良くないんだぞ……。命令した俺が言うのも何だけど。」


『ソウナノ?アクトウは、イイノ?』

『フム。』

「俺が殺せって言った奴は、悪党だ。襲ってくる魔物と同じ……いや、人の皮を被ってる分、魔物より悪辣か…。」

 

 俺は、やり終えた。

 気分は決して良いモノではない。

 初めての探索者殺しだしね。

 前世でも、少なくとも俺が率いるチームに探索者殺しなんてさせてないし、隠れてもしてない。

 初めて手を汚してしまったけど、吐くほどの嫌悪感には苛まれないみたいだ。

 人の生き死にには、前世の記憶があるから、だいぶ鈍感になっているしね。

 俺は、やれる。

 ゴミ屑を粛清することが出来る。

 復讐出来る。

 それが、分かった。

 本番でヒヨっちまうんじゃねえか、なんて一抹の不安もあったけど杞憂だな。

 

 三人分のカードホルダードッグタグを手に、俺は栄F級迷宮から帰還した。


 

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