第2話

 朝倉たち四人は、ガネーシャを訪れた。昼時ということもあり、店内は混雑していたが、ちょうどテーブル席がひとつ空いていたため、そこに収まることが出来た。

 注文は朝倉がキーマ、設楽がバターチキン、中嶋と豊洲が日替わりを選択した。ドリンクはみんな揃いも揃ってアイスチャイ。この店のアイスチャイは絶品なのだ。

 料理が出てくるまでの間は、仕事の愚痴を言い合ったり、くだらない冗談などで時間を潰していた。仕事中はほとんど口を開くことが無いため、ここぞとばかりに皆で話をするのだ。朝倉たちはエンジニアである。普段は機械の部品や設計図などと睨めっこをしていることが多い。そのため無口で気難しい人間なのかと思われがちだが、実際はそんなことはなく、気さくでお喋り好きな連中なのだ。ただ仕事に関しては職人気質であり、納得できるまでとことん突き詰めていくような集団でもあった。


「そういえば、昨日海外のサイトで見つけたんですけど……」

「なんだ、エロサイトの話か。おれは金髪ねーちゃんは苦手だぞ」


 豊洲の言葉に設楽がちゃちゃを入れていく。


「違いますよ。まじめな話ですって。ミルコ社製のOSでセキュリティホールが見つかったみたいなんですよ」

「えっ、そうなの。ミルコっていったら、うちで使っているやつあるよな」

「ブルドックだっけ?」

「いや、違うだろ。あれはフランス製だ。ミルコ社は……マスティフ。そうだろ、マスティフだろ」

「正解です、さすがは班長。2950《ニーキューゴーマル》シリーズで使用されているOSはすべてミルコ社製です」


 豊洲は嬉しそうに中嶋にいう。


「どの程度のセキュリティホールなのかまでは書いていなかったんですが、もしもミルコ社製のOSにセキュリティホールがあったとして、それがすべてのOSに関わってくるようだと、かなり危険だと思います」

「どういうことだ」

「大きな声では言えませんが、ミルコ社製のOSであるQlcop《クロコップ》シリーズって、警視庁が採用しているんですよ。それに自衛隊のやつにも使用されているって話です。もしも、そのセキュリティホールで外部からの侵入や改ざんが可能だったりしたら……」

「故意による暴走ってわけか」

「はい。悪意のある暴走っていってもいいかもしれません」

「そうなると、うちも大忙しってわけだな」


 設楽が笑いながらいう。


「それって、笑い事じゃすまないかもしれないよ。もし、相手が自衛隊機だったりしたら……」


 朝倉の言葉に皆が黙り込む。

 最悪のシナリオが全員の脳裏を過ぎったのだろう。

 自衛隊に配備されているのは、戦略型兵器である。警察や警備会社とは違い、唯一武器の使用が認められている軍事用だ。しかも自衛隊が使用しているのは、世界でもトップレベルのものである。その性能については、アメリカ南部戦線で国連平和維持軍として活動した時の記憶が皆には新しいだろう。あの戦争で自衛隊は圧倒的な性能の違いを世界に見せつけたのだ。もし、そんな自衛隊機が暴走したら……。

 朝倉たちの沈黙を破るかのようにカレーが運ばれてきた。

 銀色の皿に乗せられたサラダとカレールーの入った小さな器。そして、別の皿にはターメリックライスと焼きたてのナン。カレールーのスパイシーな匂いとナンの香ばしい匂いが食欲をかき立てた。


 四人は先ほどまでの真剣な話が無かったかのように、食事に集中した。

 食事中は誰も余計な口を利くことはない。

 それは仕事中と一緒だった。

 最初におかわりをしたのは、大方の予想通り豊洲だった。これだけの巨体を維持するにはそれだけの燃料が必要なのだ。豊洲はライスとナンのおかわりを頼んだ。他の三人はまだナンを半分も食べ終わってはいない。他の三人が初めてのおかわりをする時には、豊洲は二回目のおかわりをするというのが定番だった。豊洲は通常の人間の二倍のスピードで燃料を欲している。以前、設楽が笑いながら解説していた。


「さっきの話だけどさ、日本のミルコ社は何も声明とかは出してないわけ?」


 おかわりが来るまでは、会話が生まれる。


「ミルコ・ジャパンからは、まだ出していないみたいです」


 豊洲がスマートフォンを取り出して調べながらいう。ミルコ社のサイトのトップページやインフォメーションという欄にはセキュリティホールについての情報は一切触れられておらず、役員が代わったとか関係の無い情報だけが書かれていた。


「どこかのエンジニア系掲示板に情報が出ていないか、調べてみますよ」


 豊洲がそう言って太い指でスマートフォンの画面をタッチしている間に、おかわりのナンが持ってこられ、その作業は中断されることとなった。

 焼きたてのナン。あと何枚自分の胃袋に納められるか。そんな計算をしながら、カレールーをすくって行く。この計算をミスすると、どちらかがあまってしまうのだ。ルーが残るのも嫌だし、ナンが残るのも嫌だ。最後の一口を最後の一切れですくい取って美しく終わりたい。そう願いながら、四人は黙々と食事を進めるのであった。

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