第213話

 佳奈さんは相沢さんの申請が通ったことでEXの探索者となった。


「おぉ……これがEX探索者のカード」

「いや、文字がEXになってるだけだから」


 事務所でEXの探索者カードをみんなに見られている佳奈さんは、なんとなくはにかみながらも嬉しそうにしていた。

 堂林さんや天王寺さんなんかも集まって、EX昇格おめでとう会を行うのだとか。事務員の人たちもなるべく全員集めるから社長も来いと言われて断ることができなかった。まぁ……断るつもりなんて全くないんだが。


「それにしても……渋谷ダンジョンがついに攻略かぁ」

「それ、2週間ぐらいずっと言ってませんか?」

「だってさぁ……流石にちょっと衝撃じゃん」


 堂林さんの言いたいこともなんとなくわかるが、渋谷ダンジョンを攻略したのは既に10日ぐらい前のことだ。既にネットニュースでも渋谷ダンジョンの名前は見なくなったし、そこまで何日も騒ぐことでもない。渋谷ダンジョン深層の解説動画を投稿したらコメント欄ではかなりの反響もあったが、世間一般で言うと大した話ではないのだ。

 渋谷ダンジョンの深層を解説した動画だが、以前から資料を渡しておいた深層の中でも上の部分……具体的に言うと砂漠ぐらいまでしか投稿していない。流石に10日で動画を作れなんて言えないし、これに関してはメインの業務じゃないから空いた時間にでもやってくれればいいよと言ってある。それでも、単純に動画作成が趣味の事務員さんがいるから進んではいるらしい。曰く、解説の為に貰った動画を眺めていると自分もダンジョンを攻略している気持ちになれる、とか。


「司君、次はどのダンジョン攻略するの?」

「やばい人になっちゃった……どうしよう天王寺さん」

「あれは無視した方がいいと思うよ、うん」


 七海さんの発言に、天王寺さんと蘆谷さんがドン引きしている。正直俺もちょっとドン引きしたよ……ただでさえ、ハワイダンジョン渋谷ダンジョンと連続で攻略しているんだから、しばらくはお休みしたいな。


「しばらくは普通に稼ぐか配信するかですね……リクエストが多いから俺はダンジョン解説用の資料撮ってくるか、初心者講座ですかね」

「そうなんだ……じゃあ私は県外のダンジョンでも行こうかな」


 いいと思うよ。七海さんは同じダンジョンに潜って金を安定して稼ぐとかそんなことを考えず、ただひたすらにあたらしい場所に挑み続けるのが好きなんだろうから。俺も似たようなものだけど……ここまで酷くはない。

 あと、恐らくだけど……七海さんは神代さんを超えようとしているんだと思う。ダンジョンに潜り続けているのは深層での経験値を積むためだろう。実際、今の神代さんと七海さんは真正面から戦ったら多分、神代さんの方が強い。それは単純な魔法の威力とかではなく、実戦経験の差が出ると思うからだ。極限状態での魔力の安定出力は意外に難しい。神代さんはそこら辺に淀みがないから、多分その差で神代さんの方が強い。そして、それは七海さん自身がハワイダンジョンに行った経験から理解している。ダンジョン攻略するたびに新しい魔法を使っているのは、その成果なんだろうな。


「もうそろそろ8月ですし……マジで新しい人を迎えるのもいいと思いますけどね」

「え!? 2人以外に後輩ができるってこと!?」

「あの2人はバーチャル配信者だから正確には後輩じゃないと思いますけど……そうですね」


 調月さんと桐生さんはバーチャル配信者だから、俺たちダンジョン配信者とはまた違うと思うけどね。俺はあの2人とは社長としてかなりの頻度で顔を合わせているけど、ダンジョン配信してる5人はあんまり顔合わせてないんだよね。俺も顔合わせてるのはオンライン上だけど。


「まぁ……今から募集して、正式に入社ってことにするのは……4月まで待ちますか?」

「配信者は別に4月まで待たなくてもいいと思います」


 不知火さんがそういうならいいか……確かに、配信者を雇うのに新卒とかあんまり関係ないからな。事務員は普通に4月とかに雇うと新卒の大学生とかが来てくれるかもしれないけど。


「新卒で事務員を取りたいなら普通にそろそろ始めるといいと思います」

「うーん……そうだなぁ」


 正直、新卒に拘りがある訳じゃないんだよな。新卒は確かに若い戦力としていいかなと思うけど……実は俺の方が年下だからな。今はとにかく新卒ってよりは能力重視で取るのがいいと思う。高卒とかでも、この人はいけるって思ったらガンガン取っていくって感じでね。誰だって最初は仕事なんてできないんだから、そこは教えていけばいいんだよ。


「でも、early birdって若い人多いよね」

「そりゃあ……ダンジョン配信に興味がある人じゃないとまず応募してこないと思いますよ?」


 確かに給料がよさそうだからって理由で応募してきた人はいたし、そのまま合格した人もいるよ? 面白い理由だと、ダンジョン配信を主体とした企業が他にないが、EX探索者がそのまま社長をやっているなら潰れないだろうと思ったとか。


「あ、そう言えばコラボ依頼が来てて、ちょっと面白そうだったから受けたいんだよね。社長に言っておこうと思って」

「そういうの普通はマネージャーに言いませんか? なんで社長に直に報告するの?」


 意味わからなくない?


「いや、こういうのって社長に言っておくとスムーズなのかなって」

「多分、マネージャーに言った方がスムーズに進むと思いますよ」


 そういうのはマネージャーが纏めて処理する話なんで。そこから統括って役割になっている不知火さんに話が言って、すべてを纏めた書類が俺の所に来るだけだから。


「そういえば、社長にも宣伝して欲しいとの話が来ていましたよ」

「俺に?」


 俺に直接企業案件の話が来るとは珍しいな。基本的に配信者として売れている堂林さんや天王寺さん、バーチャル配信者の2人に来るのは理解できるけど、探索者として売れている俺、七海さん、佳奈さん、蘆屋さんに企業系の話が来ることは殆どない。


「相手はどこの企業?」

「探索者協会です」


 は?


「協会ぃ?」

「うわ、すっごい嫌そうな顔……司君って探索者協会のことすごい嫌いだよね」

「いや、俺も探索者協会は嫌いだぞ」

「わ、私もあまり好ましいとは思ってないですね……」

「え? みんなそんなイメージ悪いんだ」


 協会からなんで俺に宣伝の話が来るんだよ。そんなのキラキラしたBランクぐらいの配信者にでもやらせておけばいいじゃん。


「断る!」

「まぁ……多分向こうも断られると思ってるでしょうけどね」


 だろうな!

 別に探索者協会のこと絶対に許さないとかそんな過激なことは考えてないけど、基本的には国の組織だからあんまり好きじゃないってだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る