第212話

 どうしてこうなった。


「いやー、やっぱり佳奈さんはいい人だね!」

「七海ちゃんも、とってもいい子だと思うよ?」

「そうかなー?」


 昨夜、渋谷ダンジョンを100階層まで攻略した帰りに疲れ果てていた七海さんとをなんとか俺の家に連れてきたのだが……そこで食べられかけた。まだ食べられてないからセーフ!

 え? でもこういうのって逆じゃないの? 普通は男が酔いつぶれた女性とかを連れ込んで好き勝手にするんだよね? なんで俺は2人に好き勝手にされそうだったんだろうか。


「あ、司君……おはよう」

「おは、よう……」


 ダンジョンに潜っている時と違い、普段の宮本佳奈という人間はかなりおっとりとした性格をしている。圧倒的な美少女って感じの七海さんに対して、佳奈さんは柔らかい雰囲気のある美女って感じで、古くから大和撫子なんて言っていた日本人なら誰もが好きになっちゃうタイプだと思う。

 ダンジョンに潜っていると性格が変わるというか……多分、仕事している時は真剣な表情になっちゃうのと同じで、あれが佳奈さんの仕事モードなんだと思う。

 私生活では柔らかいお姉さんな訳だけど、朝に起きたら自分の家でそんなお姉さんがエプロンをつけて料理していたらどう思うだろうか。俺は結構グッときた。


「どうかした?」

「……いえ」

「んふ……ちょっと緊張してるの」


 こら、七海さん。


「司君、昨日の約束覚えてる? 佳奈さんと話したでしょ?」

「……覚えてる、よ?」


 夢であって欲しかったけど。


「もう一回言った方がいいんじゃないかな……多分、佳奈さんの性格と顔、司君のタイプだと思うからさ」

「……そう、なの?」

「なんで七海さんが俺のタイプの女性を把握しているかはともかくとして、覚えているので言わなくて結構」


 あんなこと忘れないよ。


「私、宮本佳奈は貴方のことが好きです。愛人でもいいから私を傍に置いてください」

「言わないでっ!」

「あははははは!」


 くそ……なんか七海さんが入れ知恵してるなと思ったんだが、まさかそのまま直球で告白してくるとは思わなかったんだよ!

 そもそも七海さんはそれでいいのかとも思ったんだけど、多分そういう細かいことを気にする人じゃないんだと思う……別に俺にハーレムを作ってほしいとは思っていないと思うが、別に複数人と付き合ってもいいじゃんみたいな軽い感じがあるんだよな。これが最近の若い子の価値観か。


「そもそも重婚は日本では無理だよ」

「関係ないじゃん。だって佳奈さんも司君も私も普通に自分で稼いでるし、収入なんて当たり前に1000万円超えてるから配偶者控除だって存在しないし」

「現実的!」


 なんでそんな嫌に現実的な話ばかり出してくるんだよ! もうちょっとこう……なんかあるでしょ!


「結婚したいって気持ちは、わからないでもないよ? 私だってもう25だし……」

「そうかなぁ」


 最近の若者だから七海さんは結婚そのものにあまり価値を感じていないらしい。いや、俺も同い年なんだけどね……知ってた?


「内縁の妻って囲っている人なんて今でもいっぱいいるでしょ。あんまり表に出さないだけで」

「そうかもしれないけどさぁ……」


 七海さんってこんな感じの子だっけ? いや、前から結構世間から浮いている感はあったけども、EXになってから色々と現実的になってきたからなのかな。昔より地に足のついた感想が出てくるというか……多分、1年前なら重婚できないって話に対して配偶者控除を持ち出してきたりしなかったよ!


「……私としては、大好きな司君と一緒に生活できればそれでいいんだけどなぁ。佳奈さんだって好きな人なんだから」

「まぁ……」

「そもそも、誰が決めたかもわからない一般的な倫理観なんて、ダンジョンに潜って命かけてる私たちからしたら今更な話じゃないの?」


 そう、かもしれない。

 あれ? なんで俺が押され気味なんだ?


「いいでしょ? 私は3人で暮らしても楽しいだろうなって思うし、自分と血が繋がっていなくても司君と佳奈さんの子供だったら愛せる自信があるよ」

「でも、七海さんって子供甘やかしそうだし」

「それは……私もそう思うかな」

「えぇ!? なんで急にそういう話になってるの!?」


 いやぁ……だってねぇ?


「そんなことより、私は司君が6歳も上の私みたいな女を……受け入れてくれるのかが心配なの」

「え? 大丈夫だって。司君の好みのタイプだから」

「七海さんシャラップ。佳奈さんもそんなこと言わなくていいから……」


 なんでそういうことポンポンと言うの? というかその情報はどこから持ってきたの?


「そもそも司君は佳奈さんのこと好きだと思うよ。好みのタイプとかそういうの関係ないよ。そもそも、好きじゃなかったら司君は佳奈さんのこと名前で呼んだりしないよ」

「……」


 否定できない。昨夜、名前で呼んでほしいと言われて俺はそれを断り切れなかった。その根底にある理由は……多分、佳奈さんのことを女性として見てしまっているから。

 彼女がいるのに他の女性を見てしまうという行為自体に自己嫌悪がついてくるというのに、何故か七海さんが後押しているという非現実感。なんというか……頭がおかしくなりそうだ。


「ね、罪悪感を持ってるのかもしれないけど……別にいいんだよ? 私は君のことが好きで、君も私のことが好きならそれで。それとも……司君は佳奈さんのことを好きになったら私のことはもう好きじゃなくなっちゃう?」


 これは……悪魔の囁きだ。頷けばきっと俺には幸福なバラ色生活が待っているかもしれないが、同時に色々な箍が外れてしまう。例外というものは、1度でも作ってしまえば綻びとなってあらゆるものを破壊してしまう。でも……それでも、抗うなんてありえないと思うぐらいに、佳奈さんは魅力的だった。


「…………バレ、ないように、するなら」

「おー! 完全に内縁の妻だね」


 やかましいわ…………言葉通り内縁の妻ってことになっちゃうんだけど、別に外に出るなとかそんなことにはならないから。

 正直、こんな話をしている時点で今まで通りの関係でいることなんて不可能だ。いっそのこと、と割り切ってしまってハーレム状態にでもなった方が楽なのかもしれない。人にバレたくはないが……隠し通せるだろうか。恐らくは無理だろうと思う。


 まぁ……覚悟を決めるかぁ。

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